2-7話:医務室襲撃
「……ッ!! 今の警報、何!?」
重く冷たい警報音が、静寂を切り裂いた。医務室の空気が一瞬で凍りつき、レミナの声が跳ねるように響いた。
テルルはベッドの上で肩を震わせ、不安そうにレミナを見つめた。
すぐにレミナはディスプレイに駆け寄り、端末を操作して、警備チャンネルを開く。
だが映像はノイズ混じりで、揺れ続ける画面の奥から聞こえてきたのは、ウィルの焦った声だった。
『ζ型が北部ラインを突破、B-7区域に侵入!数は──五十体以上! 全て戦闘特化型、しかも連携して動いてる!迎撃にオルダとあたってるが、手応えが違う……動きがまとまりすぎてる。誰かが統率してる……!』
途切れるようなノイズとともに、通信は唐突に途絶えた。
「な、なんでそんなのが来てんのよ……!」
レミナの声が震える。医務室の中を右往左往し、視線をテルルに何度も投げる。息が荒く、思考が追いついていない。
「とりあえず助けを呼ばないと…」
レミナは全体へ救援要請を発信した。しかし返事は一向に返ってこない。
「今多分、皆が倒しに行ったんだと思う」
テルルの言葉にレミナは「そうだよね」と不安ながらも頷く。
それから、しばらくが経った。 警報は止むことなく、空調の低いうなり音と混じって耳を刺し続けていた。
レミナは落ち着かずに動き回り、何度もディスプレイと扉を見比べては、ため息と呟きを繰り返していた。
「私は戦えないし……テルルもこんな状況なのに…」
「……ふらつくけど、大丈夫」
テルルは落ち着いた声でそう答えると、身体に繋がっていたチューブを手早く引き抜いた。苦しげに息をつきながらも、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
「と、とりあえず……ここは安全なはず。分厚い扉に、窓もない。外からはそう簡単に──」
レミナは自分に言い聞かせるように呟きながら、扉のロックに手をかけた。
ガチャン。
重い音が金属を噛み合わせ、室内に響いた。
「大丈夫……ジェンがきっと来てくれる」
テルルが呟く。その声は祈りというより、確信に近い静けさがあった。
「デューラ……どこ行っちゃったのよ。端末で呼べばいいのに……どうして直接行こうとするかな……」
レミナは扉にもたれかかり、小さく嘆くように呟いた。
時間だけが静かに過ぎていく。 頼りのジェンも、誰一人として現れない。ただ警報だけが、無慈悲に響いていた。
そのとき──
「……開けて」
低く、くぐもった声が、扉の向こうから聞こえた。
一瞬の沈黙。
「ジェン!? 今、開ける!」
レミナが反射的にロックを外そうと手を伸ばしかけた、その瞬間。
「違う! その声、ジェンじゃないッ!!」
テルルの鋭い叫びが、室内を突き刺した。
「えっ──」
ガシャァン!!
鈍く破裂するような音と共に、分厚い扉が勢いよく押し開けられる。侵入してきたのは、かろうじて人の形を保った“異形”──ζ型だった。
肌は裂け、骨格は歪み、眼窩には赤い光がぎらついている。関節は不自然に折れ曲がり、しかし迷いのない足取りで踏み込んでくる。
全体から滲み出る異常性は、見る者の本能を凍りつかせるには十分だった。
「きゃっ──!?」
レミナは反射的に後ずさり、足をもつれさせて床に倒れ込む。逃げようとするも、四肢が恐怖に縛られ動けない。
ζ型がレミナに向かって無言のまま歩み寄る。無機質な足音が、金属床を鳴らしていた。
「……ダメ。あいつは、私がやる」
その声に、空気が変わる。
テルルが前へと一歩、踏み出していた。
彼女の手には、壁際に立てかけてあった折りたたまれた大鎌──《ヴァルターゲ》が握られていた。
コンパクトな携行形態から──
ガシャッ──ガシャンッ!!
機構が次々と展開し、鎌の形が姿を現す。けれどここは狭い医務室。テルルはフルサイズの展開はせず、柄を中ほどで止める。
全長一メートルの"室内戦モード"へ変形完了。
「ヴァルターゲ、展開完了。……行くよ」
足元はまだ不安定。だが、動きに迷いはなかった。彼女の視線は、ζ型だけを見据えている。
駆け出したその瞬間── 空気を裂く鋭い音とともに、大鎌が弧を描いた。
ギィン!
刃はζ型の左腕をかすめたが、手応えは浅い。敵はすぐに反撃に転じてくる。恐ろしく速い。
「くっ──!」
テルルは身を翻して回避。かろうじて一撃を外し、壁際に跳ねるように着地する。その瞬間、左腕に鈍い衝撃と灼けつくような痛み。
服の裂け目から、銀の雫がひとすじ伝い落ちた。
呼吸が荒い。だが、意志の光はその瞳から消えなかった。
「レミナ、下がってて!」
「テルル、無理しないでよ──!」
「無理してでも、やらなきゃいけないの!!」
叫びとともに、ヴァルターゲを再び構える。
あのとき──自分を責めた、あの瞬間。
エイデンを救えなかった、あの夜をもう二度と繰り返さないために。
「もう、誰も……私の前で死なせないから──!」
かつての弱さを断ち切るように、テルルの視線はただ真っ直ぐ、敵だけを見据えていた。
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