2-6話:眠れる獅子
廊下を駆けるリュードとメイズ。その前方から、血相を変えたデューラが走ってきた。
「お、呼びに行く手間が省けたな」
リュードはすれ違いざま、デューラの肩をがっちりと掴んで止める。
「ちょうどいいタイミングだ。久々の実戦だぞ──お前も楽しめよ」
ニヤリと笑うリュード。その顔に、デューラは即座に反応した。
「テルル、目覚めた!オレ、ジェンに報告しないと!」
ジタバタと暴れて逃げようとするが、リュードの腕は岩のように動かない。
「そいつは朗報だな。でもよ、今はこっちのが優先だ」
「やだっ!オレ、戦いたくないっ!」
「何言ってんだドールズのくせに。戦うために生まれたんだろーが」
「でも……今は、選べるんだ!オレたちはもう、ただの兵器じゃない!生きてるんだ!」
一瞬、リュードの目が細められる。が、次の瞬間──
「……まあ、そりゃそうだ。けどな、戦わなきゃ──レミナも、テルルも、お前の相棒のオルダだって守れねぇぞ?」
その言葉に、デューラの瞳が揺れた。
「……それは、イヤだ……」
小さく、しかし確かに呟いたその直後──デューラの全身から、熱気のような気配が立ち上る。
殺意。敵意。戦意。
ぶわっと吹き出すように、目に見えるほどの“気”が放たれた。
「──やる!!オレ、戦う!!」
「ようし、それでこそ俺の知ってるデューラだ」
リュードが笑い、手を離す。
その隣では、メイズが一歩下がって静かに頷く。
「戦闘は久方ぶりですが──皆様の足を引っ張らぬよう、全力を尽くします」
「期待してるよ。β型最強さん」
三人は、戦場へと向かって駆け出した。
北部B-7区域、森に面した崩落した資材搬入口跡。警報信号の末端、その地は異様な静寂に沈んでいた。
折れた鉄骨。苔むしたコンテナ。割れたコンクリートを侵す植物。腐鉄と甘ったるいメルキュリア──ドールズの血の匂いが、湿った空気を重く染める。
「……ここだな。気配が濃い」
リュードが槍を構えた。槍先に集束する光が、脈打つように揺れる。
そのとき──森の奥で影が蠢いた。
現れたのはζ型が二体。
人型を保ちながらも、肉は裂け、関節は逆に折れ、長すぎる指が地を這う。その全身からメルキュリアがしたたる。
まるで狂った設計図から無理矢理起こされた、悪夢そのもの。
「……出たな、怪物ども」
リュードが姿勢を低く構える。
「メイズ、正面を引きつけろ。俺とバカで叩く」
「了解」
メイズはナイフを軽く弾くように空中へ投げ──それを一度忘れさせるような動きで敵の軌道を読み切り、滑るように突進した。
「……平和を揺るがす方には、壊れていただきます」
静かに呟いた次の瞬間、空気が裂けた。
右手のナイフが一閃、左手の補助刃が喉元から肩までを無慈悲に断ち切る。血飛沫すら計算されたかのように一滴も浴びず、ζ型が崩れ落ちた。
「リュード、左です──」
「わかっている!」
リュードが槍を旋回させ、薙ぎ払う。だが、その手応えは重く、深くまでは届かない。
「しぶといな……!」
だが次の瞬間──
「終わらせます」
それは、光だった。
風の中を滑ってきたのは──忘れかけていた“投げたナイフ”。
まるで意志を持つかのように敵の関節部に突き刺さる。その動きが一瞬止まった刹那、そこに──
「砕けろッ!!」
デューラが戦鎚を振り下ろす。質量強化が加わった一撃は、地面ごとζ型を押し潰し、コンクリートの床が四方八方へと割れた。
──静寂。
森が、再び音を飲み込んだ。
「……終了、っと」
リュードが槍を肩に担ぎ、周囲を確認する。
「メイズ、大丈夫か?」
「ええ。問題ありません。多少、手応えが物足りないだけです」
「贅沢言うな……」
「オレも無傷!なあリュード、オレちゃんと戦えたよな!」
「ああ。お前のハンマー、やっぱヤバいな。威力だけで言えば俺たちの中で最強クラスだ」
「ひゃっはー!」
デューラが褒められて嬉しそうにハンマーを担ぎ上げる。その背後──
施設方向から、低く重い警報音が響いた。
──“緊急レベルS・反応確認。非認可個体を検出”──
「……レベルSだと!?」
リュードが険しい顔で槍を握り直す。
「……俺らと同じζ型以外の個体か?」
その瞬間、メイズの目がわずかに細まる。冷気が空気を走り抜けた。
「……いえ、“格”が違います」
森の奥。音もなく、存在そのものが空間を歪めながら、黒い影が現れる。
赤い瞳が、まるでこの世の光そのものを拒むようにぎらついた。
「……あれは──何だ……?」
リュードが小さく息を呑んだ。
圧倒的な“質”の違い。
まるで存在が空間の法則そのものを塗り替えるかのような、異形の重圧。
それは、眠れる獅子──“ノックス”。
戦時中、メイズと共に三都市を沈めた伝説のβ型。その破壊力は、規格外であり、設計すら禁じられた“例外”。
静かに姿を現したその存在に──
「……ノックス殿。図書館の地下に眠っていたはずの貴方が、なぜここに……?」
いつも冷静なメイズの声が、かすかに揺れた。
「おい……まさか、あの“ノックス”か……?」
リュードの問いに、メイズは視線を外さず答える。
「はい。私と同列に記録された個体……ですが、実際には私の読みも、技量も、すべてにおいて凌駕していた方です」
ナイフを逆手に握り直す手が、わずかに震えていた。 それは恐怖ではなく、敬意と、皮肉な再会への覚悟だった。
ノックスはかなりの強敵になりそうな予感ですね。
3体の行方は如何に…




