2-5話:戦闘
森の奥深く。陽の差さぬ湿った暗がりを、ミコトたちは黙々と進んでいた。
木々の隙間から忍び込む風が落ち葉を揺らし、鳥の羽ばたきが、ときおり静寂をかすかに破る。
先頭を行くのはミコト。
後に続くアルテット、エレメイ、キリル──目的は、ミコトの“仲間”の救出だ。
ジェンはテルルとレミナの護衛のため中央ラボに残り、 メイズ・リュード・デューラは、島を巡回中のウィルとオルダとの合流へ向かっている。
それぞれが、自分の持ち場で責務を果たしていた。
沈黙の行軍。 アルテットは視線を横に滑らせ、ミコトの様子を観察していた。
──何か不穏な動きがあれば、ためらいなく引き金を引く覚悟で。
キリルの顔は緊張で強張り、無意識に拳を握りしめている。 エレメイは表情を動かさず、鋭い目で周囲をなめるように監視していた。
「……目的地まで、あと三百メートルです」
ミコトの声は低く、けれどどこか焦りを孕んでいた。
「そこに──お前の仲間がいるのか?」
アルテットが素早く端末を確認する。
「はい。製造元は異なりますが、ノクティリカ島への移動中に出会い、行動を共にした個体です。 名前は……フウマ。β型の男性ドールズです」
その言葉に、キリルが小声で「男かよぉ……」と嘆いた。
「ま、でも俺が大好きなのはアルテット姐さんだけっすよ!」
呆れ顔のエレメイがキリルを鋭く睨み、ミコトとアルテットは無反応で完全無視。
そんな空気の中、ミコトは話を続けた。
「“セルヴィータ状態”という言葉をご存知ですか?」
「初めて聞いた」
エレメイが短く答える。
「ドールズがメルキュリアを過剰に漏出し続けた結果、閾値を超えると突入する暴走状態です。 もちろんこれには個体差があり、セルヴィータ状態にならない個体もいるのですが……命令も干渉もすべて遮断され、メルキュリアを求めて彷徨うゾンビのようになります。α型の制御信号が効かなくなり、Δ型への守護本能も失われるそうです」
「それ、どれくらいの時間続くの?」と、キリルが声を潜めて訊く。
「兆候から完全な暴走までは約三十分。その後、補給がなければ出力が尽き、やがて機能停止……再起不能になります」
ミコトの言葉が一瞬、途切れた。
「ただ──補給すれば再起動は可能です。でも、記憶を保持できるかは不明。“初期化”のリスクが非常に高い」
空気が重くなる。
皆の足が、わずかに鈍った。
「私は……セルヴィータ突入前に、記憶保全用の特殊コードを埋め込みました。ですが初の試みで、成功する保証はありません。……五分五分です」
一拍の間。
そして、ミコトは初めて感情をにじませる。
「……彼の記憶は、私にとって──とても大事なものです。できれば……失いたくない」
そのとき。
アルテットの端末が鋭い警告音を鳴らした。
『接近反応。数体。熱源、異常』
「ドローン出す!」
キリルが反射的に操作し、索敵ドローンが飛び立つ。
画面に映る──倒木、砕けた岩、焦げた地面。その先に現れたのは、七体のζ型。
「……七体」
ミコトがぽつりと呟く。
だが、姿は通常のζ型とは異様だった。
無表情だが、目だけが異様な光で空虚にうごめいていた。
身体は関節ごとにねじれ、紐で吊られた人形のように、くねりながら地を這い、木々を這い上がってくる。
骨が擦れるような不快な音が、森を蝕んでいく。
「……何かこいつら、動きがいつものと違うな」
アルテットが低く呟く。
七対四。 キリルが非戦闘個体と考えれば、実質は七対三。囲まれたこの状況は圧倒的に不利である。
だが──アルテットとエレメイは、一歩も退かなかった。
「構えろ。撃ち抜くぞ」
アルテットの銃声が森を裂く。一体の膝を正確に撃ち抜き、動きを止めた。 続けてエレメイの鎖鎌が宙を切り、ζ型の胴体を両断する。
二人の動きは、すでに戦場での“型”になっていた。
背後では、キリルが震える指でドローンを支援モードに切り替える。 照準支援。照明投射。熱源マーキング。
自分の持ち場で、必死に食らいついていた。
そして──ミコトも一歩、前に出る。
「……私は隠密行動が本職ですが、援護に回ります」
手裏剣が一閃し、ζ型の目に突き刺さる。 続けて投げられたクナイが関節の隙間を的確に貫き、深々とめり込む。
「……お前、忍者か?」
ぼそりとつぶやいたアルテットに、ミコトは振り返って言った。
「はい。私の設計モチーフは“忍者”だそうです」
どこか誇らしげに。
「……なんか、お前が一番“人間らしく”見えたよ。さっきまで警戒しすぎたな。悪かった」
「マジで!? 忍者!? 俺もなれるかな!?」
キリルが突然テンションを上げて跳ねる。緊張が、わずかに緩んだ。
「……あなたって非戦闘型ですよね。η型? いえ、正直そこまで興味はなかったんですが」
ミコトがチラリとキリルに目を向ける。
「なんでそんなピンポイントで刺すの!? 傷つくから! 俺、存在価値あるからね!?」
*
──ζ型との交戦は、およそ三十分で終了した。
アルテットがキリルを庇って右腕を損傷し、メルキュリアを少量漏出するも、即座に自らの工具で応急処置を施す。
「この程度なら、まだマシだな」
アルテットが平然と言う隣で、キリルが泣き叫ぶ。
「アルテットのキレイな腕がぁぁぁ!!俺のせいで! 俺のせいでぇえええ!!!」
「うるせえ」
エレメイがキリルの頭を軽く小突く。
「……急ぎましょう。フウマが心配です」
ミコトの言葉に、三人は静かに頷いた。 森の奥へ。 その先にある“再会”が、救済か絶望か──まだ誰にも分からなかった。
ランキング載るととても嬉しいです!
ここからもっともっとおもしろくなるように頑張ります!




