2-4話:日常の終焉
ミコトはジェンが差し出した手をじっと見つめていた。
その掌はしなやかで優しく、しかし芯に確かな力を宿していた。 まるで、かつて手放したはずの何かを──再び掴み取れと差し出されているかのように。
やがて彼女はためらいがちに指先を動かし、その手にそっと触れた。
「……随分と甘いのですね、あなたは。こんなにすぐ結論を出されるとは、思ってもいませんでした」
その静かな声には、皮肉、不信、そして微かな戸惑いが交じっていた。
感謝の言葉など一つも口にしない。それが、ミコトなりの“正直”だった。
「私はこの手で、多くの命を奪ってきました。ドールズも、人間も……区別なく。それでも、そんな私を“仲間”として受け入れるのですか?」
ジェンは彼女の手を強く握り返すこともなく、ただ静かに頷いた。
「僕はγ型のジェン。ノクティリカ島の代表だ。僕の判断は、ここの総意でもある」
その声には、揺るぎない意志があった。
「君が諜報と潜入、暗殺に特化した個体なら、こうして姿を現す必要などなかったはずだ。 君には僕たちを欺く力がある。だが、君は自ら現れた。──僕は、それを信じたい」
ミコトは目を細め、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……了解しました。取引成立です。よろしくお願いします、ジェン。そして、島民の皆さま」
そう言って彼女は手を引き、深く一礼する。 まるで、初めて“信頼”というものに触れた者のように。
張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。だがその刹那、鋭い舌打ちが室内に響いた。 「納得はできねぇ……」
唸るように呟いたのは、リュードだった。 その瞳には、なお警戒と不信が宿っている。
「だが……お前の判断だ、ジェン。今は従う」
敵意は収めたが、その言葉には、なお棘が含まれていた。
「ありがとう、リュード」
背を向けたままジェンが応えると、ふたたびミコトに視線を向けた。
「まずは──君の仲間の所在を教えてくれ。状態や搬送手順も、なるべく正確に。 随行する者はこちらで選ぶ」
その時、静かな声が会話を割った。
「私が行こう」
名乗り出たのは、アルテットだった。 その鋭い眼差しが、真正面からミコトを見据えている。
「テルルの容体は、レミナが診ている。次に修復技術に通じているのは私だ。妥当な選択だろう。──それと」
アルテットは視線を横へ流し、キリルとエレメイに目で合図を送る。
「お前たちも随行しろ。現場での即応が必要になるかもしれない。ジェンも同行して欲しい。リーダーは現場に立つべきだ。他のメンバーは待機。無闇に人数を増やすべきではない」
キリルはこくりと頷いたが、わずかに肩が強張っているのがわかる。一方、エレメイは変わらぬ沈着さで頷き、すでに移動の準備を整え始めていた。
「さっそく向かおう。ミコト、案内を」
ジェンが声をかけると、ミコトは小さく息を吐いてから立ち上がる。すぐに端末へと歩み寄り、指先で軽やかに操作を始めた。
「座標は既に共有済みです。ドローンによる探索記録も併せてリンクしました。これで道中の状況も把握できるはずです」
その時、照明がわずかに明滅し──続いて警報灯が赤く点滅を始めた。鋭いアラート音が室内に鳴り響く。
「……通信、ウィルからだ!」
キリルが即座にコンソールへ駆け寄り、操作に入る。ディスプレイに映し出されたウィルの映像は、煙と閃光に包まれていた。
『 ζ型が北部ラインを突破、B-7区域に侵入!数は──百体以上! 全て戦闘特化型、しかも連携して動いてる!』
「っ……なんだと……」
リュードが低く唸るように呟き、誰もがその情報の異常さに動揺を隠せない。
『迎撃にオルダとあたってるが、手応えが違う……動きがまとまりすぎてる。誰かが統率してる……!』
その言葉の途中で、映像はぷつりと途切れ、画面はノイズに覆われる。
「ウィル……!」
ジェンがすぐに再接続を試みるも、通信は途絶えたまま沈黙を保ち続けていた。
「……ウィルとオルダの二人でも押しきれない相手、ってことか」
アルテットがぽつりと呟き、すぐに指示を飛ばす。
「迎撃部隊、各所に配置。リュード、メイズ──デューラと合流し、北部へ急行。ウィルたちを援護しろ」
「ああ、片っ端から叩き潰してくる」
リュードはすでに槍を手にしていた。瞳には鋭い光が宿っている。
「やれやれ……せっかくの集まりが台無しです」
メイズは肩をすくめながらも、懐からナイフを抜くその動きに一片の迷いもなかった。
アルテットはジェンに向き直り、短く告げる。
「ジェンは中央に残れ。テルルとレミナの安全はお前にしか任せられない」
ジェンは即座に頷いた。
「了解した。皆の無事を信じて待つ」
彼の言葉に、誰も異を唱えない。確固たる覚悟がそこにあった。
「……始まったな」
ジェンは深く呼吸を整え、全員の顔を順に見渡す。
「ζ型を統率している何者かがいる。これは陽動じゃない──本命だ。正体は不明だが、必ず“指導者”がいる。警戒してくれ」
いつか来ると感じていた平穏を揺るがす日。 だが、 彼らはただこの平穏な日々に甘んじていたわけではない。
それぞれの胸に刻まれた信念を灯火にして──彼らは静かに、だが確かに戦場へと歩み始めた。
戦闘シーンがちょこっと今後入ってくる予感です。
この先の展開にご期待ください!




