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2−1話:尋問

 朝の光はまだ淡く、島全体に立ち込める霧の中へ静かに溶けていた。


 中央ラボ十階の一室には沈黙だけが残され、六体のドールズが一体の少女を囲んで立っている。


 エレメイ、キリル、アルテット、リュード、メイズ、そしてジェン。

 彼らは少女を監視したまま、夜を越えていた。


「全員が落ち着くまで時間をあけよう」


 そう言ったのはジェンだった。

 昨日少女が突如現れ、仲間の精神に深い波紋を残していった直後のこと。

 焦って問い詰めるより、冷静な判断を取り戻すほうが先だ──そう決断を下したのだ。


(……それに、テルルの状態が限界だった)


 ジェンは仲間たちの顔を一瞥しながら、思考を静かに整える。


 少女は静かに腰を下ろし、周囲の視線を四方から受け止めていた。

 六体のドールズは壁際に立ち、言葉も交わさず、まるでその場の空気を固定するかのように少女を見下ろしている。

 誰もが武器を手にしていた。もっとも、少女の表情や仕草に敵意は見えず、過剰な警戒とも思われたが──それでも、用心に越したことはない。

 彼らにとっては「想定外」は、いつだって地獄の入り口だった。


 ウィルとオルダは島の外周を巡回中。

 レミナとデューラは、昨夜の混乱でメルキュリアを大量に漏出したテルルを看病しており、この場にはいなかった。

 テルルは今、中央ラボの医務室のベッドで静かに眠っている。


 ジェンは少女の前に立ち、一歩を踏み出す。


「……まず、君の名前を教えてくれ」


 少女は一度だけ瞬きをし、真っすぐジェンを見据える。


「私はイズモ・ミコトです。あるいは、ミコト・イズモ。かつて、イズモ製作所という研究施設で造られました」


「……聞いたことのねぇ研究施設だな」


 リュードが唸るように呟く。

 その声には、慎重と不信が入り混じっていた。

 彼女の言葉の真偽を見定めようと、目を細める。


 ジェンは僅かに肩を竦めた。


「名乗ってくれただけで十分だ。出自までは……訊いていない」


 だが少女は言葉を止めない。

 むしろ、静かに刃を研ぐように、淡々と告げた。


「知らなくて当然です。小規模な研究所でしたから。世間的な知名度などありません。──ミネルヴァ・テクノロジーズ社ほどには、ね」


 ミコトと名乗る少女はリュードを見つめ、透き通った声で続ける。


「2244年製造のβ型。レクイエムシリーズ。

あなたは三十二体中でも特別な存在。高密度ミラサイトを搭載した個体。“見られた者は死ぬ”と戦場で恐れられた……リュード・ミネルヴァ――ですよね?」


 空気が崩れた。

 まるで透明な板が音もなくひび割れ、空間そのものが軋み始めたかのようだった。


「てめぇ……なんでそれを……!」


 リュードの声が跳ねた。怒気、驚愕、そして微かに滲む恐怖。

 それは、絶対に知られてはならぬ“過去”を突かれた者の叫びだった。


 ドールズにとって製造年や型式、そして製造元とシリーズ名はただのデータではない。魂の素性だ。

 互いに干渉しない──それがこの島での生存条件。過去は、殺し合いの記録に他ならないのだから。

 “名前と型式以外は名乗らない”──島に辿りついたとき全員で固く結んだ掟は、第三者の少女によって奇しくも破られることになってしまった。


「……あなたひとりではありません。私は、他の方々の記録も持っています」


 少女の視線が、アルテットに移る。


「アルテット・イーサー。イーサーロボティクス社、2241年製、α型ノエシスシリーズ。

隣のエレメイ・イーサーとは戦術連携を前提にしたツインユニットですね」


 アルテットは僅かに口を開いたもののその後何も言えず、エレメイは目を見開いた。


「俺たちのデータまで……!」


 少女は初めて表情を変えた。皆の困惑する様子を楽しむように笑みを浮かべ、その次にメイズへ眼差しを向ける。


「扉際にいるのは……メイズ・サイベリオンですね。サイベリオン社製、セラフシリーズの最終機──2247年製のラストナンバー。

幾つもの都市を崩壊させた、当時の戦闘能力において最高水準の個体と記録されています。……サイベリオン社の個体は、どれも気性が荒くて厄介でした。事実、私の姉妹が何体かあなたの相棒であったノックス・サイベリオンに壊されています」


 メイズは小さく眉を上げたが、何も言わなかった。その沈黙こそが、肯定の証明だった。


「君の型式は……?」


 ジェンが尋ねた。明らかに様子のおかしい仲間たちを見回しつつ、冷静さを装いながら。


「私はθ型です。任務は諜報、潜入、暗殺。私の設計目的は、“知らねばならないことを知る”ことにあります」


 その瞬間、部屋にいた全員の背筋が、氷の指先で撫でられたように総毛立った。

 “情報を握る者”──それは、戦場において最も危険な存在。


「逆に、私の情報にないのは……あなた、リーダー格の方。そして──そこの、“犬のような”方」


「え、犬って俺!? 俺のことなの!?」

と騒ぐキリルを完全に無視し、ミコトは再びジェンに視線を戻した。


「あなたは、おそらくアルタイルメカニカ社製でしょう。あの社の空気を纏っている。この私ですら、あるいは姉妹たちをもってしても、アルタイルメカニカへの侵入は成し得なかった。“空白の巨塔”──記録にすら残らない領域」


──この少女は、“謎”ではない。


この場にいた誰もが、直感していた。

この少女は、“爆弾”だ。

リアクションと誤字報告ありがとうございます。

とても助かります。


そして、1点昨日投稿の時にそろそろ一章が終わりそうですと言いましたが、昨日で一章が終了でした…。

このエピソードから二章へ突入です!

今後もどうぞ読んで貰えると嬉しいです!

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