1−12話:激情
◇登場人物紹介
メイズ…戦闘に特化したβ(ベータ)型の紳士。常に敬語で礼儀正しい立ち振舞をする。その実力は計り知れない。
リュード…戦闘に特化したβ(ベータ)型の青年。戦闘を好んでいるため、人間からの侵略には彼が対応することが多い。
アルテット…β型やζ型に指示を出す司令塔を担うα(アルファ)型の女性。男勝りな性格で、頼れるみんなの姉貴ポジ。
夕風が草むらを渡って吹き抜ける。少女の黒髪がふわりと揺れ、テルルの袖もまた、その風に震えた。
誰の言葉もないその場には、自然の音だけが漂い、沈黙がひとつの支配者のように全てを包んでいた。
それは、時をも断ち切る長い影のように、静かで、重い。
やがて、ジェンがその沈黙の中に一歩を踏み出した。少女の側へ寄り、その瞳をまっすぐに見つめる。
その目には怯えも怒りもなかった。ただ、確かめたいという意志だけが宿っていた。
「君は……命令で動いていたんだよね?」
少女は瞬きひとつせず、応えなかった。だが、ジェンは静かに続ける。
「でも、もう縛るものはなくなった。君も、僕たちと同じ……自由になったんじゃないかな。ここに来たのは、ハイネ博士の命令だよね?」
その言葉に、少女の睫毛がわずかに揺れた。
そして、ひと呼吸の間をおいて、彼女はゆっくりと、ほんの僅かに首を縦に動かした。
その瞬間、リュードが声を上げた。
「待てよ! 終戦から何年経ってると思ってんだ! 今さら他のドールズが来るなんておかしいだろ。人間の命令で偵察に来てるだけじゃ――」
彼の言葉を、静かにメイズが制した。
「そうとも限りません。機能を停止していた個体がある拍子に再起動することは稀ですが、可能性はゼロではない。とくにミラサイトを搭載した私たちは、常識の枠では測れない存在なのですから」
その声には、何かを見透かすような深みがあった。メイズの言葉に、リュードは押し黙る。
ジェンはそのやり取りを横目に見ながら、再び少女に向き直る。そして、より穏やかに語りかけた。
「なら……君は、もう敵じゃないよね?」
風がまた吹いた。草がざわめき、空に流れる雲が、影を地上に落とす。
その中で、少女の唇が微かに動いた。囁くような、風に溶けてしまいそうな声が、そこからこぼれる。
「……はい」
そのたった一言が、すべての沈黙を破った。
テルルの瞳が見開かれた。手から滑り落ちた鎌が、鈍く響く音を立てて地面に転がる。
「うあああああああっ……!」
叫びとともに、テルルの目元から銀色の液体があふれ出す。ドールズの血液――“メルキュリア”。
涙のように頬を伝い、彼女の心の奥に積もった痛みと苦悩を洗い流すように、止めどなく流れ続けた。
そのまま、彼女は膝をついて崩れ落ちた。声にならない嗚咽が、空気を震わせる。
ジェンが思わず駆け寄ろうとしたその時、そっと肩に手が添えられた。振り向けば、アルテットが静かに首を振っていた。
「……今は、ひとりで泣かせてやれ」
その声には、どこか遠い記憶をなぞるような哀しみと、静かな覚悟が滲んでいた。
アルテットの視線が、泣き崩れたテルルから少女へと移る。
少女の顔に浮かぶのは、戦いの中で幾度となく「命令」に従い、自分を失いかけた者の、それゆえの複雑な感情だった。
「とはいえ……あの子の処遇は決めなきゃなんねぇな。敵意はねえが、尋問は避けられねぇ。拷問なんざドールズには無意味だが、形式だけは踏む必要がある」
それは、少女に向けられた言葉であり、同時に過去の自分たちに言い聞かせるような告白でもあった。
空はゆっくりと夜の色を帯びはじめ、地平線には茜色の名残がわずかに残っていた。
草原の影が長く伸び、世界が夜に包まれていく。
仮面の少女の瞳が揺れていた。それが風のせいなのか、心の震えなのか――今は、誰にも分からない。
――夜が来る。すべての痛みと記憶をいったん沈めるように、深く、静かな夜が。
けれど、その闇の向こうにどんな“朝”が待っているのか――それを知る者は、まだ、ひとりもいなかった。
そろそろ1章が終わりそうです。
これからも頑張りますので、読んで貰えると嬉しいです。




