1-9話:帰還
◇登場人物紹介
メイズ…戦闘に特化したβ(ベータ)型の紳士。常に敬語で礼儀正しい立ち振舞をする。その実力は計り知れない。
朝霧がまだ島を包んでいた頃、ジェンは家から出て港を望む高台に立っていた。
夜明けが空の端を染め、風は穏やかに潮の匂いを運んでくる。木々のざわめきと波音だけが、静寂の中に響いていた。
「……そろそろ、か」
ジェンの呟きは、霧の中に溶けるように消える。
視線の先、薄明の水平線にいくつもの影が浮かび上がる。霧をかき分け、ゆっくりと接近してくるのは、運搬用ドローンが5機、移動用ドローンが三機。朝の光を受けて、銀の輪郭がかすかにきらめいた。
「アルテット、エレメイ、キリル……」
震える声が名前を呼ぶ。
その瞬間、心に巣くっていた「もしも」の不安が、確かな安堵へと変わっていく。言葉にできない感情が、静かに胸の奥でほどけていった。
やがて、見張り台の鐘が鳴り響く。島のドールズたちがざわめき、動き始める。
メイズが最初に動き、テルルがその後に続く。デューラは整備室から駆け出し、ウィルが長いコートを靡かせながら足早に向かう。
見張り台から降りてきたオルダは、鈍足なレミナの手を引いて走り出した。
誰もが理解していた。 これは“日常のなかの奇跡”だ。
失われたものの数よりも、生きて帰ってきたこと。それだけが、今はすべてだった。
そしてついに、彼らが姿を現す。
移動用ドローンがふわりと着地し、まず現れたのはアルテットだった。
α型の女性ドールズ。気が強そうだが、面倒見がいい、まさにみんなの姉といったポジションだ。金色の髪が朝陽を受けて淡く輝く。
「……ただいま」
短く、確かな声。
その無表情の奥に、わずかに滲む疲労と安堵。脚には細かな傷、乾いた泥のついた靴。遠征の日々が、沈黙のうちに彼女の体に刻まれていた。
「おかえり、アルテット」
ジェンの声が、朝の空気をやさしく揺らす。
その眼差しは、言葉以上にまっすぐだった。アルテットの眉が微かに動き、風がふっと二人の間をすり抜ける。
次の瞬間――
「ジェーン!! 見て見て! 本いっぱい拾ったんだよ! オルゴールもあった! あとね、ね……!」
十代後半くらいの人懐こい笑顔の少年が飛びつくように抱きつき、無邪気な声で喋り続ける。
彼の名はキリル。珍しい非戦闘型のドールズであり、人間を癒やすために造られたη型だ。くりっとした瞳と柔らかくて軽く癖のある薄茶色の髪がまるで大型犬のようだ。
彼の身体からは、旅の埃と機械油の匂いが微かに漂う。
「おい、落ち着けよ。ジェンが困るだろ」
後ろから歩いてきたのはβ型のドールズ、エレメイ。二十代半ばのグレーの髪の男前だ。
肩をわずかに引きずり、アルテットと同じ軍服の左袖が破れていた。外装には細かなひびも入っている。
ジェンからキリルを引き剥がしつつ、皆に軽く頭を下げた。
「無事に戻れたのは、運が良かった」
「無事が一番です」
メイズが寄り、すぐさま修理用ドローンを呼び出し、レミナとともにスキャン作業に取りかかる。
テルルは少し離れた場所からアルテットを見つめていた。視線が合うと、にこりと微笑む。
「よかった。無事で」
「……当然だろ。戦場じゃないんだ」
アルテットは鼻を鳴らし、照れ隠すように視線を逸らす。その声には、確かに再会の喜びがにじんでいた。
運搬ドローンから降ろされた荷物の中には、整備用オイル、希少金属、回収された文献、そして古びたオルゴール――どれもこの島では手に入らない貴重なものばかりだった。
「ジェン。手紙、届いてたか?」
「……うん、ありがとう」
ジェンは穏やかに目を細めた。
言葉よりも、その眼差しが感謝を伝えていた。
アルテットの口元が、ほんの僅かに緩んだ気がした。
「礼なんていい。それより……飯だ。食わせてくれるだろ?」
「……ああ。今日は、みんなで食べよう。君たちの、帰還祝いだ」
その一言に、静けさが歓声に変わる。
笑い声、茶化す声、ドローンの駆動音。どこにでもあるような賑わいが、港を満たしていく。
けれどジェンは知っている。 この「ただいま」と言える奇跡は、決して当たり前ではないことを。
戦場ではなかった。ただの帰還。
だが、その「ただ」が持つ重みを、誰よりも彼は知っていた。
ジェンはもう一度、空を仰ぐ。
朝霧はすでに晴れ、透明な空に陽が昇りはじめていた。
「……おかえり」
誰にともなく、あるいはこの場にいるすべての者へ。 ジェンは静かに、そう呟いた。
島の初期住人がこれで全員揃いました!
人数が多くなってきましたが、各ドールズの個性を丁寧に書いていきたいと思います。




