1−8話:帰りはもうすぐ
◇登場人物紹介
ジェン…主人公。暴走した個体を壊す役割を担うγ(ガンマ)型の少年。温厚で優しい性格。
テルル…人間の護衛のために製造されたε(イプシロン)型の少女。ジェンといつも一緒。純粋無垢な性格。
結局、オルダが感じ取った低周波の違和感は、ただの気象由来のノイズであると結論づけられた。
最初に異変を報告したオルダ自身も、「少し敏感になり過ぎていたな」と少しだけ肩をすくめて苦笑し、ウィルも解析データを指して「大丈夫そう」と断言した。
それを聞いた皆は、どこか張り詰めていた空気をふっと緩め、小さなため息とともに、穏やかな日常へと帰っていった。
依然として、空の向こうでは時折くぐもった爆発音が聞こえることもあったが、島の平穏を脅かすものにはならなかった。
リュードの沈着な判断と、ウィルの冷静な指示があれば、島の安全は揺るがない。
そう皆が信じていたし、事実、ここしばらくは何事も起こらなかった。
朝にはウィルが新鮮なトマトやレタスを手に現れ、キッチンのカゴにそれを置いていく。
ジェンは静かな午後になると図書館へ足を運び、テルルに絵本や古い小説を読み聞かせる。
ページをめくる音と、ジェンの穏やかな声が、部屋いっぱいに柔らかな時間を作っていた。
そして、その様子をメイズが優しく見守る。
また、レミナとオルダ、デューラを交えてトランプに興じる日も多くなった。
誰が一番ずる賢いかを競うように、お互いの手札を読み合いながら笑いあい、時には負け惜しみや冗談を飛ばすその光景は、まるでここが“終末後の世界”だということを忘れさせるほどだった。
そうして、戦争という言葉さえも夢の向こうに霞んでゆくように、彼らの時間は静かに、柔らかく流れていた。
――ただ、テルルには一つだけ気にかかっていることがあった。
昨夜から、ジェンの様子がどこか落ち着かない。
彼は普段と変わらないように振る舞っているが、ふとした時に空を見上げたり、誰もいない方向に視線を投げたりするのを、テルルは見逃していなかった。
そして今朝、まだ空が淡くしか光を帯びていない時間。
テルルは、眠気に包まれたまま台所へ向かう。扉の奥からは、微かに包丁の音と、何かが焼ける香ばしい香りが漂ってきていた。
「ジェン、何してるの?」
声をかけた瞬間、ジェンの肩がびくりと震えるのがわかった。 けれど彼はすぐに、いつもの柔らかな笑顔で振り返った。
「おはよう、テルル。ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、最近はよく眠れてたんだけど……音がして、起きちゃっただけ」
テルルはコップを取り、水を注ぎ、一息に飲み干す。
朝一番の冷たい水が、喉から胸にかけて染み渡っていく。それは彼女の毎朝の決まりごとだった。
「ねえ、何してたの?」
再び尋ねると、ジェンは恥ずかしそうに視線を逸らして答える。
「今日はね、アルテットたちが戻ってくる日だから……ご馳走の準備をしてたんだ」
彼の前の調理台には、捌かれた白身魚がきれいに並べられていた。
昨日、ウィルが北の入り江で釣り上げてきたものだ。 塩とハーブで下味をつけられたそれは、皮がパリッと焼ける音とともにフライパンの上で踊っている。
その隣の鍋では、レタス、トマト、にんじん、そして少量の生姜が煮込まれ、軽やかな香りを放っていた。
魚の焼ける匂いと野菜のスープの湯気が混ざり合い、朝の空間に満ちていく。
「朝からこんなに本格的なの作って……すごいね」
「せっかく皆が無事で、安心して暮らせてるんだし……たまには、ちゃんとした食事を作りたいなって思って」
フライ返しで魚を丁寧に裏返すジェンの動きは、緊張と喜びが混ざり合ったような不器用なやさしさに満ちていた。
その背中を見つめながら、テルルの胸の中にあった違和感は、少しずつ溶けてゆく。
それはたぶん、不安ではなく、何かを“迎える準備”に似たもの――そんな気がした。
「ジェンって、実はすごくマメだよね。そういうとこ、ちゃんと見てるよ」
「え……そうかな? からかってない?」
「からかってないよ。本当。……私、こういう朝、好きかも」
ジェンは照れたように笑い、テルルも小さく笑みを返す。
ほんの短いそのやりとりに、確かな日常が宿っていた。
外では、夜の名残が少しずつ白んでいく。 もうすぐ朝日が差し込み、三人が帰ってくる。
温かい匂いに包まれたキッチンで、ふたりは静かにその時を待っていた。
ふと思ったのですが、この作品のタイトルって長いですよね。
略を考えたいのですが……殺スロとかでいいのでしょうか。
なろうって長いタイトルで内容が一目で分かるのがいいですが、略称がないと大変ですよね。
とりあえず、作者は殺スロと呼ぶことにします。




