プロローグ:終焉と残響
長く、果てしなく続いた戦争は、ついに幕を下ろした。
だが、それは誰かの勝利によってもたらされたものではなかった。
それは人類の叡智の勝利でも、信じた理想の成就でもなかった。
ただ、静かに、緩慢に、不可避の衰弱の果てに。
まるで朽ちゆく灯が最後の火花を散らすように。
世界は、音もなく、崩れ落ちた。
大地は深く裂け、かつて青く澄んでいた大気は、もう吸うことすら危うい毒で満たされた。
活気と喧騒に包まれていた大都市の街並みは、もはや見る影もなく、無数の瓦礫の山と化していた。
鉄とコンクリートの骸が、まるで過去の繁栄を否定するかのように累々と積み重なり、そこには生者の声が二度と戻ることはなかった。
人々は愛する者を亡くし、帰るべき家を失い、生きる意味さえ見いだせなくなっていた。
飢えと寒さに耐えながら、死者を埋葬する力すら尽きて、ただ灰色の空の下で立ち尽くしていた。
その結末として、世界の人口は戦前のわずか十分の一以下にまで減少していた。
数えきれない命が、あまりにあっけなく消えていった。
そして、争いの果てに、誰ひとりとして「勝者」とは呼ばれなかった。
あらゆる国家、連合、同盟が、ついに戦いを続ける意味を見失っていた。
兵士たちは疲弊し、戦場は空虚になり、物資は尽き、支配地は廃墟と化した。
もはやどんな理想も戦略も、「生き延びる」ことには勝てなかった。
こうして和平は、交渉の末に成ったものではない。
それは戦力の枯渇と、悲願にも似た終戦への希求が導いた、黙契の終焉だった。
――炎は、ようやく消えた。
やがて、残された人々は、土を耕し、水を分かち合い、瓦礫の中から新たな暮らしを築こうと動き始めた。
もう憎しみに意味を見いだす者はいなかった。
人類は、争うことに疲れ果てていた。
敵味方の境界は曖昧になり、生き残った者たちは、かつての敵とも肩を並べ、ただ「今日を生きる」ために手を取り合った。
それは、赦しというよりも、疲労の果ての妥協であり、再出発だった。
だが、そんな世界の片隅に――誰にも気づかれぬまま、静かに忘れ去られた存在があった。
それが、〈殺戮人形〉と呼ばれた、自立型AIを搭載した戦闘用ヒューマノイドたちである。
彼らは戦争というシステムが生み出した、人工の兵士。
彼らは人間よりも正確に、冷徹に、そして無慈悲に任務を遂行した。
それぞれ異なる設計思想、異なる製造元、異なる目的を背負った彼らは、時に軍隊一個師団に匹敵する戦力を持ち、わずか数体で都市を一つ灰燼に帰すほどの力を誇った。
人々はその存在に恐怖した。
ドールズとは、まさに「戦争そのもの」を象徴する存在だったのだ。
だが、戦争が終わった今――彼らの存在に、もはや居場所はなかった。
争いが終結したその日、彼らの創造主の一人であり、天才技術者として知られた〈ハイネ博士〉が、最後の命令を送信した。
「島に集え」
命令はドールズの中枢に行き渡り、彼らは従った。
向かう先は――ノクティリカ島。
地図の端に小さく記されたその島は、かつて国家機密に属する軍事研究施設が置かれ、科学者や軍人が出入りしていた。
だが今、その施設は朽ち、赤錆に覆われ、誰の姿もない。
塔は風に軋み、かつて煌々と照らされた管制室も、ただ闇と埃に満ちている。
動物すらあまり寄り付かぬその静寂の地に、ドールズたちは一人、また一人と集まり始めていた。
戦う理由を失い、命令もなく、ただ静かに、残された時間を過ごすために。
彼らは、兵器としてではなく、もはや「余生を生きる」存在となった。
――だが、人類はまたしても、過去の亡霊を呼び起こす。
戦後の世界は、深刻なエネルギー不足に苦しんでいた。
破壊されたインフラ、枯渇した資源。
再建に必要な動力は、かつての比ではなかった。
そんな中で再び注目されたのが――ミラサイトである。
それは、数十年前、地球に降り注いだ謎の隕石に含まれていた未知の鉱石。
高密度でありながら超安定性を持ち、わずか一キログラムで大国が二十年、ほぼ自給自足で運用できると言われる夢のようなエネルギー源。
だが、それは限られた技術者によって秘密裏に運用され、多くの人間にはその価値すら知られていなかった。
そして――ドールズたちの機体には、戦時中、極限の戦闘効率を求めた結果、そのミラサイトが搭載されていたのだ。
彼らの胸部に埋め込まれたミラサイトは、いまや世界が渇望する唯一の資源だった。
情報が漏れたのは、戦後から数年を経たある日。
その時点で、各国、再建都市、民間開発企業は、一斉に動き出した。
ノクティリカに潜むドールズたちを、再び引きずり出すために――。
眠れる兵器たちに、再び“起動”の時が迫っていた。
お初にお目にかかります。
湯川ユリッタと申します。
よろしくお願いします。