家庭の味と給食の味
しいなここみさまの華麗なる短編料理企画参加の一品です!たぶんデザート(最後の一品)
じゃがいもの皮をむく。
にんじんを切る。
一つ一つの工程に、心を込めて。
これまでの無数の笑顔を思い浮かべながら。
◇ ◇ ◇
「今日のご飯はカレーだよ」
友達との遊びから帰宅した子供たちに、そう声をかける。
途端に彼らは目を輝かせ、手を洗いに行く。
「「いただきます!」」
笑顔で手を合わせている彼らに、昔の記憶がよみがえった。
――調理員だったあのころの記憶だ。
◇ ◇ ◇
大鍋に大量のにんじんをいれる。
家の何倍もあるへらでかき混ぜる。
だんだん、カレーのいい匂いがした。
「「おいしかったです!」」
給食を置く棚の向こうから聞こえる、子供たちの声。
私の仕事のやりがいのひとつだ。
◇ ◇ ◇
「このように、給食は栄養に気を付けてつくられています」
栄養士がする予定だった授業を、今私がしている。
今日急遽これなくなったようで、ピンチヒッターを頼まれた。
「ちょうりいんさーん、しつもんです!」
小さな男の子が、元気よく手を挙げている。
「どうぞ」
「どうしてあんなにきゅうしょくのカレーはおいしいんですか?」
「それは――」
どうしよう、質問が来るなんて思ってなかった――困り果てた私に、救いの手が差し伸べられた。
「それは、栄養から色まで、すべて栄養士さんが君たちのために考えてくださっているからだよ。僕もカレーが一番好きだよ!」
唯一の男性調理員である川崎さんだ。
「それでは今日の授業はおわり!ありがとうございました~!」
授業が終わると、川崎さんへ感謝を伝えに行った。
「ありがとうございます、たすかりました……」
「全然大丈夫だよ、それよりも子供たちの様子を見に行こうか」
気遣いに感謝して、私たちは教室をめぐった。
「てをあわせてください!」
「「「「「「あわせましたぁ!」」」」」」
「いただきます!」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
これまで見る機会のなかった子供の食事風景はとても楽しそうで……
「いいなぁ」
思わず、そう呟いていた。
◇ ◇ ◇
その次の日から、食事の時間が少し楽しくなった。
すべて川崎さんの気遣いだろう、みんなで雑談をしたり、ミニゲームをしたり。
次第に私は川崎さんに惹かれていった。
いや、ずっと前から惹かれていたのかもしれない。
私を助けてくれた、あのときから。
なにかきっかけがあったわけでもなく、一緒に出掛ける仲になり。
その時は一緒にカレーを食べに行った。
彼の食べるカレーはすべて輝いて見えた。
そして、私は手作りのカレーで彼に求婚をした。
こういうのは男性からやるものなのかもしれないが、これでいい。
私がやりたいのだから。
彼はおいしく平らげて、私との関係を昇格してくれた。
子供も二人生まれ、今に至るのだ。
今もときどき、カレーの匂いをかぐと、あの日の給食室のざわめきや、子どもたちの笑顔、
――そして川崎さんの笑い声がふっとよみがえる。
カレーはただの料理じゃない。
私たちの時間、心、そして幸せが詰まった小さな魔法だ。
だから今日も、丁寧にじゃがいもの皮をむき、にんじんを切る。
そこには無数の笑顔が宿っているから。
私は自校で調理する方式の学校に通っていたので、調理員と児童の距離感に違和感がある方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはご容赦をm(__)m