お互いを知ろうとする話
――シズール女王国、街道にて。
午前の日差しを受けて俺達は南下している。
年の離れた兄弟が歩くのをみて「ほほえましいわね」と店先の人々が話していた。
こいつはそんな人々に「あい!」とわざわざ返事をしていて、自己肯定感が半端ないことを俺に教えてくれた。
そんなエリオだが、早くもバテた。
「にいに、あちはやいー! あんよいたいたい」
おんぶとねだるように腕を広げて立ち止まっている。
エリオは俺が相手をしないとじれて地団駄を踏んだ。非常に悔しそうに口を結んで、斜めにこちらを見上げて。
「はあ? お前が急げば…………って、足が短いんだったか」
失念していた事柄に、ため息をついた。
そうだ、こいつはチビもチビなのだ。
仕方なく街道の切り株に腰を据えた。
エリオはぜぇはぁと息を整えている。革袋の水を飲ませてやるとちびちびと口をつけた。視線はなぜか俺の胸元に熱心に注がれていたが、その理由はあえて問わなかった。
水分補給を終えると、座った切り株に興味が湧いたようだ。
「おっきなきぃ!」
「すでに小さいだろ」
「えー。えりお、ちゅかめないよ?」
エリオは実際に切り株を抱えようとしてひっくり返った。わざわざ持ち上げようとする辺り、知育おもちゃでもやったほうがいいのかと不安になる。
「たしかに年輪は大きいよな」
切り株を叩いてエリオははしゃぐ。叩く音が気に入ったのか、太鼓のように遊びだした。
「ねーねー、なんでこのおっきなきないないないしたった?」
言われてみれば街道沿いの木が伐採されてんのも珍しい。俺は周囲を観察してあごに手をおいた。
「その木ね、虫害にやられちゃったのよ!」
街道を歩いていた老婦人がそんな俺達に声をかけてきた。
「綺麗な花も咲かせる果樹だったんだけどね」
「くだもにょ! むひゃひゃ」
食いしん坊なエリオがとびついた。
「そうよぼく。おいしいりんごが成ったの。それなのにねえ、残念だったわ」
「ふーん」
おばあさんはエリオの頭を撫でてから去っていった。
「エリオ、そろそろ」
「えー。まだあちいたいたい」
「うそつけ。さっきはしゃいでたろ」
「ギクッ!?」
エリオは後ろめたそうに背中をそらした。わかりやすいリアクションに辟易とする。
どうしよう。俺はほんとうにこいつのことが読めない。赤子時代に会ったっきりで兄弟という立ち位置に直ったのは昨日ぶりなのだ。そんな相手とどうコミュニケーションをとれと……と思案してひらめく。
エリオと目線を合わせるべく、中腰になった。
「俺はお前のことをよく知らない。だから、親睦ってのを深めるために自己紹介しよう。いいな?」
「じじょーさよー?」
「それは、汚濁物質が自然的方法で浄化されることだ」
「じこぶっけん!」
「おいおい、その物件は何らかの理由で前住居者が死んだのか?」
なるほど、たしかに余計な知識はあるらしい。俺でも説明が難しかったぞ。
「いいか、自分が何者かってことを相手に伝えるんだよ。手本を見せてやるから聞いてろ」
こほん、と咳払いをした。
「俺は、あ――ルキフェル。十六歳。……一応、お前の兄貴だ」
「あーるきふぇる……あにき? えりおはおとき」
「ならせめて弟分だろ。おと「あ」は余計だから抜け!」
自分を指しておかしな呼称をしたエリオを訂正する。
「えりおもおときなのー! きだけきはずるい!!」
「ええい紛らわしい! とりあえずお前もやってみろ」
胴体に突撃をかましてくる弟を離して、ぷらんと元の位置に戻した。
「わかられたし! それじゃあいくよお?」
(こいつつくづく語彙がおかしい……)
腕の短い敬礼をして、音頭を取ったエリオは独特の紹介を始めた。
――くるりん、ぱぁっ! にぱ、ばっちん!
「は?」
後ろを向いて一回転、前に戻ってきたタイミングで手足を大きく広げてジャンプ、最後にとびきりの笑顔を作りながらフィニッシュと、予想外のアピールをしてきたのだ。
「じゃじゃーん、エリオゥだよ!」
ダメ押しにへったくそなウィンクを飛ばして。
なぜだか、星が飛ぶような演出がみえたきがした。
(こいつ愛想だけは一丁前だわ)
「おまえ詐欺師に向いてんじゃねーの?」
「フンガ――!! えりおはえりおなのだし!」
思ったことを口にすると、がうがういいながら怒りで体をよじ登るエリオ。
「おまえはけだものか!」
引き剥がそうと必死で頭を押さえつけるも、ズボンを噛み締めているせいでなかなかに難儀したのだった。
言葉の通じる獣って案外厄介なんだな……なんかつかれた……。なまじ意思の疎通ができるせいで余計な問題が生じる。
「せめてまともにしゃべってくれ。自分の名前ぐらいは」
指を折り曲げて回数を確認しながらおなまえの練習を始めた。というか出会った最初はえりおとおぼつかない発音ながら言えてたよな? わざとか。
「えーおえーおえんりお、……ぇぢゔぉ!」
「かすりもしねぇなッ!? なんで遠ざかった……」
そんなふざけた幼児は頭を抱えるおれの髪をもてあそんでいた。なにが楽しいのやらニマニマして。
ところがまだエリオの紹介は続いていたようだ。
「えりおさんちゃい! すきなものはおっぱいです!!」と指を四本突き出して自慢げに語る。
「うそつけ! お前もう七歳だろ!」
「め、めがみさまがそういっれらもんぅぅぅ」
天を仰いでことさら哀れっぽく泣き出す。しまいにはにいにがいじめると派手に言いふらし、通行人の視線まで集めやがった。そういえば屋敷内でも女神様と思しき存在と一人話してたんだったか。
「わ、……わるかったよ」
いたたまれなくなり謝罪した。
「にいにへたくそだね?」
「うるせー、つか泣き止んでんじゃねーか!」
「……――ふぅ、こーかんど、あっぷっぷへのみちはとおい」
しみじみとほざいたエリオに今度は爆笑してしまった。妙に芝居がかった演技で腰に手を当てて独白したせいだ。
なんだかんだほんとうにこいつへの好感度が上がっている気がした。
……と、俺は愕然とする。
(いやいやいや、とんでもない!)
「にいにがちょろくてしんぱいなった」
諸悪の根源は憐憫の目をこちらに向けてくる。
「ふざけんなクソチビ!! どこがチョロイんだ!」
げひげひと品のない笑い声をあげる幼児を指差し、俺は怒鳴った。
なお、エリオの奇怪な笑い声のせいで、こいつはげっぷが止まらずおかしくなったと思われ、通行人に病院へ案内されるのを必死で断った、俺の苦労が――あったとか、なかったとか。