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兄と弟が決断をする話

「え?」

 あいつを殺した――女騎士。

 雷槌と呪文を唱え、眼の前で教会ごと潰した、あの?

 


「騎士団員は女王におのが剣と魂を捧げます。高潔な精神の手前、私欲での殺戮まして復讐などは恥ずべき行為です。自分が勇者さまを手にかけていたことを知ると、彼女は自ら剣を折りました。女王に返すこともなく」



 シズール女王国の騎士団員が戦死を除いての幕引き、引退をする時は剣を返還するそうだ。誇りと責務の任から解かれ、晴れて名誉ある者として名が石碑に記されるらしい。のちは女王の庇護を受け、国に尽くした分の恩賞が与えられるそうな。

 つまり彼女の姉はその名誉も褒美も蹴ったということだ。



「姉に代わってルキフェル様には謝罪を。たとえ父を出兵で失っていたとしても彼にも、もちろんあなたにも罪はありませんでした。ほんとうに申し訳ありません」

 白い木綿のハンカチーフで涙を拭う彼女はきれいだった。

 スラムで暮らしていた俺が久しくみていない光景だ。

 アイリスに謝られるも、美しい庭にいるせいで、あいつもおれもまぼろしのような気がする。本当は夢をみているだけで、俺はまだスラムであくせく働いているような、そんな気が。



 派手に破壊された教会、だが弟の死体はでてこなかった。

 そのせいで俺にはいまだ、エリオットの死が、現実味がないのかもしれない。

「俺はたしかにあいつの親族だが、……俺だってあの時は逃げたんだ。ほんとは兄を名乗る資格だってない。そんな俺にかけられる言葉は残念ながらないさ。悪いな」

「ッん、いいえ。ごめんなさい、泣いたりして」

「いいや美しい姉妹愛だよ。そうだよな。お姉さんのことは正直まだ受け止めきれない。けどいつかは消化してみるよ。ただあいつがどう思うかはわからない」

「ええ。エリオット様には大きくなってから改めて打ち明けようと思います」

「分かった」



 ようするにエリオットが今生きてるのは女神の力で蘇生したということか。それも魔王討伐の使命が為に、おそらく生かされているのだろう。



 庭の隣のガラス面に俺の顔が映っていた。十代後半のすっかりやさぐれた青年の顔が。

 フードを外しても目元が前髪で隠れがちな髪型、その髪色はまごうことなき漆黒だ。眉間にしわ寄せ、三白眼の眼孔がこちらをみている。ボロキレみたいな服に真っ赤な目と相まって不気味な男はこの屋敷には不釣り合いだ。

「にーに、おはなしおわったぁー?」

 エリオは俺の膝上に頭と汚い手をおいてくあっとあくびをしている。仕方なくナプキンを渡してやるとあろうことか鼻をかみやがった。そいつを返却されて困惑していると黙って老執事が回収しに来てくれた。ありがたいことに布巾をもう一枚渡してくれる。頭を下げると礼にはおよびませんと一言だけしゃべった。



 エリオットのやはりちいさな手を拭いてやりながら思った。

「話は分かったが……。エリオは本来なら七歳のはずだ。でも外見は三歳ぐらいだろ、どうしても年齢が合わない」

「なんでも愛の力が足りないそうです。栄養不足でお体が小さいのと一緒だと説明していましたよ。しかしですね、知能は高い……高い、はずらしく、勇者としての知識を持ち、屋敷内でも一通りの勇者教育は施したつもりです。とはいえお子様に無理強いはできませんので普段は自由にさせてますのよ」

 お嬢様が苦笑いするのもうなづける。というか高い知能なんてかけらもみられないぞ。頭でっかちなのは見た目のままだが。



 佇まいを直したお嬢様は改めていう。

「あなたを真にお兄様であると認めてこの依頼を要請します」

「真の、ではないんだな」と、軽く笑う。

「ええ、そこはこちらでも調べましたから。それはもう手を焼くほどに……ごほん。受けていただけますね?」

「エリオ、お前は勇者ごっこやりたいか?」

「えぇ~~、そで楽しいのぉ?」

 うぐっ幼児のくせに目を細めて穿った見方を!?

「じゃあ、お前帰りたいか?」

「……おうち? エリオ、おうちいきたいっ!!」

 目を輝かせていきたいっいぎたいっいぢたーいと騒ぎ出す。おれの膝をきれいにした手で叩いている。痛くはないがやっぱり動きがうるさいな。



 どうします、とちらっと目をむけるお嬢様にも苦笑しながら仕方なく答えた。

「お受けしましょう」

「まあ! ありがとうございますわ!!」

 感極まって握手を求めるアイリスお嬢様。瞬間的に騎士の厳しい視線がとんできた。

「べ、べつに……。母の安否も気がかりだったからちょうどいいだけだ!」

「にいにのまんま……」

 気恥ずかしくてふいと顔をそむけた先にあったのは丸いクリームパン、じゃなかったエリオだ。感慨深いのか、母という言葉に反応したエリオは足元をじいっとみつめてから拳を突き上げた。

「むぎゅ。えりお、あいたいっ!」

「そうか」

 頭をなでてやるとうひょほいと奇声をあげる幼児がいた。

 使命と帰還の達成へ、こうして俺達は故郷を目指す旅に出ることになるのだった。



   ◇◇◇



 夕方、アイリスに案内されて今夜は屋敷内で過ごすことになった。エリオの部屋として提供されていた子ども部屋は元は客室だった。そのためベッドは二つある。白いシーツをわざわざ乱して布団の川を泳いでいた幼児は腕の中で口を動かしていた。



(よくすってんなぁ)

 なんかなつかしい気持ちになる。

「お? ふふ、こんなんじゃ腹くちくなんねーだろ」

「ちゅぱっ。ほよ? なりゅよ? んぐ」

 男の胸を一生懸命しゃぶっちまってかわい………………くねーな、こんなでけぇ赤ん坊はいないのだ。

(そもそも……めっちゃ吸うな!?)

「いってぇぇぇわ、そろそろ離せ! 胸がもげる!」

 ぐいぐいくる衝撃に突起がとれるんじゃねーか、という心配が押し寄せてきた。普通しゃぶる力って衰えるんじゃないのか!?

「やべえ、眼がマジだ!! こいつおっぱいできまってやがる!」

 幼児舐めてたわ。



 一通り満足して俺をポイしたエリオはしばらく妙なおもちゃ同士を戦わせて遊んでいた。が、それもやはり飽きて今度はこちらに突撃してくる。

 胸をしまって横になっていた俺はベッドにダイブされる不快感に目を開けた。

「もっと俺をいたわってくれ」

「ぬひぬひひ」とエリオは変な声をあげて笑う。

 一歩間違えばホラーだなと思いながら目をこする。

「どうしたついに壊れたか」

「ふひひ」

 相手をしてやっても変な鳴き声をあげている。

「そんな声出してもかわいくないぞ」

「ぶぎゃー」

「はいはいかわいいなへんてこで」

 よしよしと頭をなでる。にいちゃんはねむいんだ、おとなしくしてくれ。

「でれええへへ」

 こいつふくざつな顔芸なんてどこでおぼえたんだ?



 幼児ってかこいつほんと変。

 今はぷっぷっぷとリズムカルに屁をしては隠そうと布団をばたばたしている。匂いがこっちにとんできて完全に逆効果な行動をエリオはしている。ばかなのか? そうだ、ばかだったわ。

 腹の調子が悪いのはミルクの飲みすぎじゃね? と思ったが出るものもなかったことを思い出す。

 うう、眠い……。きょうは、なんだかつかれた。



「にいにがおやさい」

「は?」

「にいにが……おやしい?」

「おしい。俺は安くないぞ」

「おやさしーい?」と指をくわえて答えをいう。

 とたんに、感極まった様子で泣き出した。

「われさいごかとおもわれた」

「は? おっぱいが? ちげーか」

「もうはなれなち! 許されたよろこび! ぱんぱかぱーん」

 抱きついてくるわ、自分で擬音を使うわ、迷惑な幼児を腕の中に抱きしめて拘束してやるとまたにひにひ笑い出す。なにがおかしいんだかわからん。

 なにかと振り向いて気配やらいるのを確認してはうれしそうにしていた。変なものもいっぱいもってきたし。部屋中のおもちゃも渡してなくなると寂しそうに「にーににあげるものがない」と言っていた。あの雑草の山も貢いでるつもりだったのか、お前。



 さっきはいつまで乳を与えればと羞恥心がいたたまれなかったが、……ああだめだ、かんがえらんねー、ねむっ。

 エリオはまだもぞもぞと胸元を漁っている。

「みるみるよこちぇ」

「やだ。そろそろねろ」

「うぉー……」

 エリオは胸に到達できず、服の上からぺたぺたとさわってくる。

「エリオもぞもぞするー、お布団くるまる、まるまる。にいちゃ、ふへへ……へっ……ぐぅ」

 話している途中には鼻ちょうちんをだして眠りこけていた。さすがお子様だ、寝付きがいい。

 眠っている鼻をつまんだり解放したりで不快げにふがふがいっているエリオをみつめて言ってやった。



「ばーか、俺はいなくなんねーよ」

 弟をぽんぽんして俺も寝る。

 ひなたと乳臭い匂いをさせる幼児の頭髪に埋もれてみるとなんかほっとした。深い吐息をつく。

 こうしてエリオにほっぺを吸われときどきぺっと吐き出されしながら俺は怒涛の一日を終えたのだった。


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