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眩い星夜  作者: コギン
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第16章 3

「お前、星夜か」

 アキラの頭の中で、ホストだった頃の記憶が繋がったらしい。俺が頷くと、彼は泣き出す寸前の子供のように、ぐしゃぐしゃに顔を歪めた。

「思い出したぞ、汚ぇホモ野郎。二丁目で病気くらってとっくに死んだと思ってたぜ」

 忘れていてほしかったのに、都合の悪いことほど人間は忘れないようにできている。俺が怯んだ一瞬に、アキラは昏い色の両目を凄ませた。

「見せモンじゃねぇぞ。何の用だ」

「すみません。あの……大丈夫ですか? うちの店、すぐそこなんですけど、救急箱ありますよ」

「店だと?」

「小さいバーです。寄って行きませんか」

 返事をする気はないのか、アキラはまた歩き出した。彼の左足の膝から下が、異常な角

 度で曲がっている。足を引き摺っているのは、さっき受けた暴力のせいではないようだっ

 た。

「その左足、どうしたんですか。事故か何か?」

「お前には関係ない」

「――ルネスにいた頃は普通に歩けてた。うちのオーナーですよね、それ。蘇芳グループの人間に追い込みをかけられたんじゃないですか?」

 すぼめた肩を、アキラはびくっと震わせた。歌舞伎町の顔役であるオーナーを裏切った代償は、相応に重たかったはずだ。制裁としてアキラは左足を潰されたのだろう。

「アキラさんがルネスを出て行ってから、ずっと気になってたんです。歌舞伎町から姿を消して、……いったい今までどこで……」

「うるせぇ。俺はてめぇの顔なんか見たくなかった。うせろ」

 そう毒づくアキラに、俺は溜息も出なかった。

 ルネスに在籍していた頃のままだ。時間が経っても、アキラは俺のことを毛嫌いしている。それでもまだ、あの頃のアキラはホストとして輝いていた。取り巻きたちに囲まれて、ルネスを二分する大きな派閥を作っていたほどだったのに。

「アキラさん。今、そこのビルで働いてるみたいですけど」

 俺は斜め向かいに建つビルを見上げた。テナントの全てがファッションヘルスやピンサロで占められている風俗ビル。たちの悪い営業で有名な、歌舞伎町でも底辺のビルだ。

「ボッタクリとか恐喝とか、ろくな噂を聞きませんよ」

「お前に言われなくても分かってる。毎晩毎晩、酔ったジジイを脅して金を取ってるよ。あいつら、ちょっと凄んでやりゃあビビるからな。おもしれぇ」

「アキラさん……」

 彼の凋落が見るに耐えない。オーナーを裏切った代償が重た過ぎる。

「――おい、何だその目は」

 カラスたちが慌しく羽ばたき、電線の上へと逃げていく。アキラは苛ついた様子で、ゴミ袋を集積所に投げ入れた。そのあおりで空のボトルがごとりと地面に転がった。

「最初に見た時からお前はいけ好かねぇ。お前、俺のことを笑ってやがんだろ」

「ひど過ぎて笑えないよ。他の街へ行った方がいいんじゃないですか。歌舞伎町、いや、いっそ東京から離れたらもっと普通の店で働ける」

 くっくっ、とアキラは喉で笑った。どこか狂気じみた、壊れた笑い方だった。

「俺はこの街で這い上がってみせる。あの男の根城で生き抜いてやるさ」

「あの男って……オーナーのことを言ってるんですか?」

「うるせぇよ。いつかあいつを這いつくばらせて、俺の方が上だと認めさせてやる」

「本気でそんなことを考えてるんですか。アキラさんじゃオーナーには敵わない」

「ハッ、この忠犬が。お前は昔からそうだった。男にケツを振るしか能がねぇのか」

 奇妙な感覚だった。罵られているのは俺の方なのに、アキラの方が何倍も荒んでいる気がする。彼が自暴自棄になっているとしか思えなくて、とても虚しい。

「俺のことなんか今はどうでもいいだろ。早くこの街から逃げた方がいい。アキラさん、食うだけならどこでもやっていける。もっと現実を見ろよ。落ちぶれたあんたの今の姿、矢坂さんや剣人さんが見たらどう思うか――」

「うるせぇって言ってんだよ!」

 アキラは激昂した。転がっていたボトルを掴み上げ、彼はそれをアスファルトに叩き付けた。やかましい破砕音とともに、ガラスの破片が辺りに飛び散る。

「何故だ……?」

 鋭利な凶器に変わったボトルを、アキラは俺へと向けた。



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