第15章 2
「ゲホッ! ゴホッ」
「お前が想像してるヤクザがどんな風だか知らねえが、お前の都合よく動く連中じゃねえよ」
オーナーはそう言って俺に釘を刺した。ヤクザと関わっても良いことはひとつもない、と。口の中の煙草の苦みが、後味の悪い俺の思い出を呼び覚ます。
「俺の周りで、歌舞伎町から不自然にいなくなった人が二人います。ルネスの先輩だったアキラさんと、俺の指名客だった翔子さん。オーナーも覚えてますよね」
アキラはオーナーを裏切り、ヤクザがバックについているライバル店に移籍したホストだ。翔子はヤクザの事務所の金を持ち出して、俺の目の前で攫われていった。
歌舞伎町からいなくなった二人が今どこで何をしているか、噂すらも流れてこない。完全に途絶えた情報が何を意味しているのか、俺は最悪の予想をしている。
「行方不明って、便利な言葉だ。本当はきっと二人とも死んでる。ヤクザが関わって無事でいられるわけない。……俺も、二人と同じようには、できませんか」
「お前をヤクザに売る理由が無い」
珍しく甘くない酒をグラスに注いで、オーナーはそれを一気に呷った。
「死にたいのか、お前」
「分からない……です。死ぬくらいの思いをすれば、楽になれるのかな、って」
これまで苦しいと思うことはあっても、死を望んだことはなかった。空虚な暮らしを続けている今は、何をしていても味気なくて、自分のことがまるで他人事のように思える。
「お前が本当は何から逃げようとしてんのか、俺は分かってるつもりだ。回りくどい泣き言はやめろ」
オーナーは俺よりもよっぽど正しく俺のことを見抜いていた。もう取り繕う必要もなくなって、俺は恰好悪く本音を曝け出した。
「何も考えたくない。無になって、時間も何もかも止まってくれたらいいって思います。誰かがそうしてくれるなら俺は喜んで――」
「てめえの手は汚さずに? 他力本願にも程がある。生きてりゃ嫌でも未来ってやつはくるんだよ。明日、明後日、明々後日とな。過去の落とし前は未来でつけるんだ」
そう言って、オーナーは立ち上がった。書斎代わりの洒落たライティングデスクから、彼は大きめの封筒を手にして戻ってきた。
「お前にヤクザの現実ってやつを教えてやる」
オーナーは俺に、封筒を投げて寄越した。封がされていなかったせいで、中に入っていた書類が飛び出す。
「これは――」
「俺が雇った探偵からの報告書だ。翔子の消息が分かった」
「彼女のことを調べていたんですか!?」
思わず大きな声を出した俺へと、オーナーは苛ついたように吐き捨てた。
「翔子の拉致の現場に居合わせたのは、俺も同じだからな。こいつは落とし前だよ。翔子はヤクザの面子を潰した。大きな代償を払わされて、まだ生きている」
「生き……てる」
信じられない気持ちで、俺は報告書をめくった。指先が震えて仕方なかった。
探偵の調査によると、翔子は攫われてから、ヤクザの経営する店で働かされていたようだ。彼女が以前勤めていたキャバクラよりもずっと過酷な仕事で、監禁状態で売春をさせられていた。莫大な借金を負わされた挙句、逃亡できないように薬物中毒にされた彼女は、地方の風俗街へ売却されたと調査結果が出ている。
「無事だとはとても思えない。……こんなことになっていたなんて」
俺の体から血の気が引いていく。指名客だった翔子の末路に、俺は戦慄した。
「ヤクザの金を盗もうとした女だぞ。本人も覚悟はしていただろうよ」
「それは、ホストだった俺が彼女を追い詰めたからです。俺が翔子さんを、こんな目に遭わせたんだ」
「そうだよなあ、よく分かってるじゃねえか」
オーナーはいきなり俺の胸倉を掴んだ。やつれた翔子の写真ごと、俺の手元から滑り落ちた報告書が床に散らばる。




