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眩い星夜  作者: コギン
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第14章 3

 八坂が捕まえたタクシーは、あっという間に渋谷を目指して走り去っていった。

 ルネス・サザンクロス店のタフな店長を見送って、新宿駅東口のコンコースへ向かう。忙しなく人が行き交う改札口の傍らに、橘がいるのを見付けた。

「橘さん。待った?」

「いや、今着いたところ。お前と外で待ち合わせるのは、何だか変な気分だな」

「よく分かんないこと言ってる。一杯やってきたの?」

「まさか。マンションに帰って、そのままドライブがてら夕食に誘おうと思ってた」

「いいね。湾岸線とか、ちょっと走ってみてよ」

 自宅も職場も新宿にあるせいで、俺はめったに電車を使わない。混み合う山手線のホームから乗車して、ドアの近くに身を寄せる。橘のマンションは恵比寿にあると聞いた。数駅先の、新宿より大人びたイメージの街だ。

「恵比寿って、あまり行ったことないな。ビジネスマンが多い感じ?」

「中心はオフィス街だけど、暮らすにも便利な街だよ。しばらく部屋の掃除をしてないから、帰るのがちょっと怖いな」

 部屋は住んでいる人間の個性や価値観が自然と反映される。元ホストのわりに贅沢な暮らしに興味がなかった俺は、必要最小限の家具しか置かず、部屋全体がシンプルで飾り気がない。橘の部屋はどうだろうかと、あれこれ想像している間に、電車は目的地に着いた。

「適当に座ってて。すぐに荷物を纏めるから、待ってろ」

 恵比寿の街を眼下に望む、三十階建ての高層マンション。一人暮らしをするには広過ぎる3LDKの間取り。リビングに並ぶ高級家具を見ただけで、ランクの違う橘のこれまでの生活が窺える。

「何か飲むか? コーヒーくらいなら出せる」

「……ううん、いらない。他の部屋も見ていい?」

「ああ、どこでも遠慮なくどうぞ。散らかってるのは気にしないでくれ」

「全然散らかってないよ。俺の部屋よりずっと綺麗だ」

 俺はリビングの奥の部屋を覗いてみた。パソコンとファイルを置いたデスクと、ベッドがある。

「そっちは残業部屋兼、寝室だ。あまり使わなかったけど」

 生活感がない部屋の中で、デスクの上だけがやけに乱雑で荒れている。仕事人間の典型のようだ。

 橘はウォークインクローゼットからスーツケースを出し、手早く衣類を詰め始めた。数本のジーンズや、これから着られる春物のトップス、スキーウェアもごちゃ混ぜに放り込んでいる。

 スーツケースを満杯にした後、橘はデスクの引き出しを開けた。銀行の通帳や身分証が彼の手許から見えた。

「そんな大事な物をよくほったらかしておけたね」

「ここ数ヶ月は使う必要もなかったから」

「カードとか、無事なの? 俺が最初に橘さんを見付けた時、財布もスマホも盗まれてただろ」

「信販系の口座は別にしてある。スキミングされてもたいしたダメージじゃない」

「そう、それならいいけど」

 デスクの上のパソコンが薄く埃をかぶっている。橘はその電源を入れ、傍らで点滅している電話の留守録ボタンを押した。

「チェックだけしていいか? 何か入っているかもしれない」

「うん。どうぞ」

 橘に家族がいることを、俺は今まで気にしたこともなかった。彼にも父親がいて、母親がいるのだ。

『もしもし、航己(ひろみ)? いないの? スマホにも繋がらないし、あなたどこにいるの? あちらの家から再三連絡がきているんだけど。あなたいったいどういうつもり? 私たちに迷惑をかけるのもいい加減にしなさい!』

 電話の録音メッセージが流れ出した。最初に聞こえたのは高音で捲し立てる女の声だ。橘のことを下の名前で呼んでいる。



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