第2章 3
「無理に言葉にしなくていい。君の考えは、先生にはちゃんと伝わっているから」
言葉にならない安堵感で、俺は泣き出しそうだった。きっと秋川も俺と同じ、ゲイなのだ。仲間がいれば、俺はもう秘密を抱えて生きなくていい。
「先生、先生……っ」
俺は夢中で彼を抱き締め返した。十七年生きてきて、こんなにも人を信じたことはなかった。
「泣かせるつもりはなかったんだ。ごめん。……君はとても……かわいいね」
秋川は俺の耳元で囁いた。くすぐったいような、ぞくぞくとした感覚が背筋を駆け抜けて行く。呼吸が乱れたことを見透かしたように、秋川は大きな手で、俺の太腿の裏側を撫で始めた。
「え……何……?」
彼の掌が、ゆっくりと太腿と尻朶の境目を往復する。スラックス越しにいやらしく撫で回されて、俺は急に怖くなった。
「ちょ、ちょっと、俺、こういうのは――」
「静かに」
くすりと笑っただけで、秋川はやめてくれない。恐怖心に嫌悪感が混ざり合い、俺は混乱した。得体の知れないどろどろしたものに絡み付かれて、底なし沼に引き摺り込まれていくようだった。
「……やめてください、先生……っ」
抵抗する俺を、秋川は体格差で簡単にいなした。ベルトを弛められ、スラックスのファスナーを下ろされて、下着をまさぐられた瞬間に、俺の恐怖は頂点に達した。体じゅうが凍り付いたように動けなかった。
「気持ちよくしてあげる。君みたいなおとなしい子でも、自分で触ることはあるんだろう?」
「嫌だ、嫌……っ!」
俺が声を荒らげると、秋川は下着ごと俺の股間を握り締めた。鋭く走った痛みの陰で、ぐつぐつと熱いものが下腹部から込み上げてくる。うろたえた俺の耳元で、秋川の声が呪文のように響いた。
「勃ってきたね」
秋川の指が俺を弄ぶ。加速度的に高ぶっていく体が、怖くて仕方なかった。
「……うう……、だめ……、先生、やめて……」
自己嫌悪の真反対に、どうしようもない性欲があることを俺は思い知った。中学生の頃の、あれほど切実だった初恋とは似ても似つかない。恥かしいことをされて反応する自分に絶望してしまう。
「――力を抜いて、先生に全部まかせて。かわいい、君はとてもかわいいね」
囁くたびに、秋川の息遣いは荒くなった。一度溢れてしまった涙は、後から後から俺の頬を伝って、床に染みを作った。
自分が何をされているのか、頭の中がぐちゃぐちゃで分からない。俺の意思や感情はそっちのけにして、秋川にいたぶられるまま体だけが暴走していく。覚えたての自慰よりもずっと強烈で、強制的な射精感に襲われたその時、教室のドアが開いた。
「何をしているんですか!」
甲高い声がした。セミの声よりも大きなそれが、俺と秋川の時間を止めた。
ドアの前で、副担任の女教師が青褪めている。廊下にはスマホを握り締めた同じクラスの友達もいた。
「と、撮るな!」
「離れなさい! 秋川先生、あなたいったい……!」
「違う、違います! ただの冗談だ。違うんです!」
悲鳴のように叫んで、秋川は机を蹴倒しながら立ち上がった。違う、違う、と絶叫する彼は壊れたおもちゃのようだった。その声を聞き付けた他の教師や、生徒たちが教室に集まってくる。
秋川は仲間ではなかった。俺は机に体を預けたまま、今まで守ってきた世界が急速に壊れていくのを感じていた。