第12章 1
歌舞伎町一帯に店舗を増やす蘇芳グループの新年会は、オーナーの定宿のホテルで開かれるのが通例だ。東京に初雪が降った一月の半ば、ホストクラブやキャバクラ各店の店長たちが、オーナーのご機嫌伺いとそれぞれの情報交換に集まった。
「星夜、あけましておめでとう。今年もよろしゅう」
賑やかなバンケットルームを出てロビーで寛いでいると、すぐにそれと分かる関西弁で声をかけられた。ホスト時代の先輩の矢坂に会うのは久しぶりだ。
「矢坂さん、おめでとうございます。元気だった?」
「胃だけぶっ壊れてもうてる。年明けからドック行きや」
「年々きつくなってるんでしょ。職業病だからね」
世代交代の激しいホスト業界で、オーナーから店をまかされるのは一握りの実力者だけだ。登りつめることができなかったホストたちはやがて業界を去っていく。
「サザンビルの新店、盛況だって聞いたよ。さすが矢坂店長」
「それがなあ、系列どうしの食い合いがあってなあ。星夜がヘルプで入ってくれたらなあ、すぐに幹部会で表彰されんねんけどな」
「矢坂さんはすぐ俺をヘルプで使いたがるね」
蘇芳グループにおいて、幹部の序列は売上高次第だ。オーナーへの貢献度は全て数字に換算される。幹部会での発言権も、報酬も、数字以外のものさしは存在しない。
「赤字なら作ってあげられるよ。今の俺の本業だし」
「しょうもな。昔と違うてスカウトし甲斐のない奴や。オーナーの右腕は気楽なもんやな」
「よしてよ、それ。真に受ける馬鹿もいるから。やっかまれるの面倒なんだ」
新年会に集まった幹部の誰もが、オーナーに少しでも近付きたくて実績を作ってきた連中だ。相応に競争意識もプライドも高い。俺のような節税対策の小さなバーのマスターは、本来この場所にくる資格がない。
「俺はあの人に適当に遊ばせてもらってるだけ。今日も用があるって呼び出されただけだし」
「知ってんやで、俺は。うちの店の店長ポストを、オーナーが俺より先に星夜に打診したこと」
「あっ、そう言えばそんな話オーナーとしたな。去年の秋に」
「ほれ見い、そういうんが特別やって言うてんのや。俺に打診してきたんは十二月に入ってからやぞ」
「ご愁傷様です。そこはほら、矢坂さんへのオーナーの信頼ってやつでしょ」
「よう言うわ。気が合うんやろうな、オーナーは星夜のことを昔からかわいがってはるよ」
「矢坂さんだって付き合い長いくせに」
「まあそうやけど。――あ、見てみ、ホールの入り口。今のルネスのナンバー1や」
矢坂が目配せをした方に、蘇芳グループのホストクラブの頂点に立つ人間がいる。今も昔も、ルネスは別格の店だ。
「ふうん。中背、目力のあるイケメン、王様系の俺様に服従しろってタイプかな」
談笑している現ナンバー1ホストを、離れたところから見た目だけで品評してみる。すると、矢坂がはしゃぎ気味に言った。
「アタリ! すごいな、属性までピッタリや」
「見た目である程度は判断できるから。……同じナンバー1でも、優雅な王子様系の剣人さんとは違うな」
「お前と剣人と三人でルネスのナンバー張っとった時は、大変やったなあ。アキラ先輩が急にあないなことになるし」
「アキラさん、今どうしてるんだろ。矢坂さん知ってます?」
「知らへん。オーナーにも聞かれへん。怖い」
当時ルネスに在籍していたホストたちを、許可もなく大勢引き連れて移籍したアキラは、それからすぐ歌舞伎町で姿を見なくなった。蘇芳グループに損害を与えたホストがどうなったのか、誰も知らないし、誰も聞かない。
「オーナーにもルネスにも泥塗った人のことは、聞くだけヤブヘビやで」
「でも、消息は知りたいです。他にもこの街から消えた人がいる」
「星夜、そんなん気にしてたらキリないで? 世の中には俺らが知らん方がええこともあるよ。久しぶりに顔合わしたんやから、楽しい話をしよや。剣人んとこにまた子供ができたで。三人目は女の子や」




