表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眩い星夜  作者: コギン
38/77

第9章 5

「今、頭の中で俺を抱いたね」

 びくっ、と彼の肩が震える。抱擁はなおもきつく、俺の声がしゃがれるほど強くなる。

「あんたの想像では、俺はどんな風?」

 橘の震えは止まらなかった。背中を抱き返してやると、彼の体は感電したように跳ねた。

「質問してるんだよ、橘さん。俺は汚い? 醜い?」

「……っ、そんなこと、答えられない」

「何故? 俺を頭の中で抱いたあんたが、勃起してる理由を教えてよ」

「星夜――」

 何度も俺の名前を呼んだ橘の声が、だんだんと掠れ、最後には泣き声になった。彼のことを追い詰めるつもりはなかったのに、結果的に苦しませてしまったことを、俺は少しだけ後悔した。

「意地の悪いことをしたね。許して」

「違う……。混乱……してるんだ」

 橘の腕が解けていく。戸惑っているのなら打ち明けてみたらいい。俺は彼の背中をさすってやった。

「大丈夫? ゆっくり息しなよ」

「星夜、俺に優しく、しないでくれ。こんなこと、いけない。動物みたいだ。拾って助けてくれたお前を、いやらしい目で見るなんて、俺は何てことを……っ」

 橘はひどく苦しんでいる。生身の人間が持っていて当たり前の欲求を、彼は否定したがっている。ずっと昔の俺のように。

「橘さん。あんたがつらくても、俺を抱いたことは、なかったことにはならないよ」

「……そうだ。酒に溺れて、お前をいいようにした。何ひとつ覚えていないのに、お前が医者に抱かれてきたって聞いて、わけが分からなくなったんだ。俺はそいつと同じことをしたのか? あの夜に――お前はどうして抵抗しなかった。どうして逃げもせずに、お前は俺をここへ置いてくれるんだ」

 涙の止まらない彼の目は真っ赤で、頬にも同じ色が差していた。スタンドの切れかけて点滅している電球よりも、俺たちの関係は心許なく揺れ動いている。

 何もかも、いっそあの雨の夜のセックスも嘘だよと言ってやれば、橘はきっと楽になれる。そうしないのは俺の都合だ。橘が忘れていようと、抱かれた記憶も感触も、俺の中には確かに残っている。俺は自分にだけは嘘をつきたくない、これはただの我がままだ。

「ごめん、星夜」

 橘は俺を押しのけ、ベッドの端に顔を伏せた。震える指がシーツを掴んでいる。

「お前を二度と傷付けないから。……ごめんな。抱いたりして、ごめんな」

「謝るなよ。何で? 橘さん、何でそんなに、自分が悪いみたいに言うの」

「好きでもない奴に抱かれても、つらいだけだろう?」

 涙で掠れた橘の言葉が、俺の心臓に容赦なく突き刺さる。左胸を縦に裂かれて、体の内側を覗き込まれたようで、怖かった。橘に自分の中身を暴かれ、ひた隠しにしてきたものを力づくで引き摺り出されてしまう。

「うるせぇんだよ!」

 全身に怒りを纏って俺は叫んだ。

 真実の姿を知られたくなくて、俺は橘に馬乗りになり、スウェットの丸い襟首を掴んで睨みつけた。

「知ったような口利くな! こっちは好きで抱かれてんだ! 男なしじゃとっくに気が狂ってんだよ!」

「星夜……っ」

「俺がどれだけ男を知ってると思ってんだ! 今までどうやって生きてきたか教えてやろうか! 今日の男は金もくれたよ。売ってきたよ! 欲しいって言うから売ってやったんだ! 聖人ぶって謝ってるあんたより、そいつの方がよっぽど正直でいい奴だよ!」

 橘に激しい感情をぶつけながら、俺は頭の中で、まったく別のことを懇願した。

 ――汚いと言ってくれ!

 ――お前は穢れていると言ってくれ!

 ――両親や高校の担任のように、ルカの店のマネージャーのように、どうか俺を罵倒してくれ!

 そうすれば強くいられる。突っ張っていられる。抗いたい相手さえいれば、弱い真実の自分を隠して、一人で生きていられるのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ