第9章 2
週に一度の店の定休日がやってきた。歌舞伎町はいかがわしいネオンに彩られた人工的な不夜城だ。夜空の本物の星の輝きは、この街には少しも届かない。
「こんばんは、ルカさん」
クラブ・シェスタ。区役所通りに建つビルの七階にある、オーナーの行きつけの店。
この街は種々雑多な物の坩堝だ。お堅い役所の近くにブティックホテルが建ち、薬局と風俗店と高級クラブの入ったビルが、それぞれ軒を連ねている。俺がシェスタのドアを開けると、ドレス姿の女主人が出迎えてくれた。
「星夜、いらっしゃいませ」
俺がホストをしていた頃、女王と呼ばれていたルカは、自分の体を元手に店を持つまでになった、この街の成功者の一人だ。
「ごぶさたね」
「しばらく忙しくしてたから。うちのオーナー、来てる?」
「いつものボックスよ。一人酒だけど、あなたなら邪魔しても叱られないわ」
暖かい色合いの間接照明と趣味のいい調度品。歩けば程よく沈む絨毯。常連客になるにはステイタスが必要なこの店で、俺の雇い主はカルアミルクを飲むのが好きだ。甘党には見えない強面の偉丈夫は、今夜も三揃えのスーツで男くささを芬々とさせている。
「よう、星夜」
仮の名前で呼ばれる人間が、この街には数え切れないくらいいる。俺も本名が暮らしに必要なくなってから久しい。
「おはようございます。先月の帳簿のチェックをお願いします」
「おう。こっちへ座れ」
タブレットを渡して、俺はオーナーの隣に腰を下ろした。
ホストの仕事もバーの経営も、歌舞伎町で生きていく術を何もかも教えてくれた男が俺の肩を抱く。オーナーと出会えたことはこの街にやって来て幸運だったことのひとつだ。
「赤字額は及第点だな。ゼロが増えてりゃ、もっといい」
「努力します」
「お前には物足りねえ仕事だろう。……サザンビルに新しいホストクラブを出すんだが、そこのテコ入れに行っちゃくれねえか?」
「とっくに俺は引退してますよ。最近は大学生だってホストをバイトに選ぶから、人材には困らないんじゃないですか」
「口達者になりやがって」
オーナーの太く厚い掌が、俺の肩を撫でている。そう言えば橘に抱かれてから時間が空いていた。そろそろ次のセックスがしたくて、肌が敏感になる頃だ。
「セクハラですよ、オーナー」
「肩を抱いただけで勃ってる奴の言うことじゃねえな」
「――バレたか。誰にでもこうはならないけど、いい男に触られると反応するんで」
「相変わらず欲望が剥き出しだな、お前は」
からかうように笑い飛ばしてオーナーは手を離した。中途半端に人の体に火を点けておいて、容赦なく放り出す、彼はサディストだ。




