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眩い星夜  作者: コギン
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第7章 2

「マネージャーさんに聞いたわ。本当にルネスの一番星になったわね」

「……実感はまだないけど。名付け親がよかったんだよ」

「あら嬉しい。あなたのことを好きになってよかった」

 ルカはそう言って、ゆるく巻いた髪を掻き上げた。細い左手首のブレスレットがちゃりりと鳴る。きっと彼女が身につけているものの中で最もチープだろう。まだ名無しの見習いホストだった頃、リストカットの痕を隠してほしくて、俺が彼女に渡したものだ。

「だめだよ、そういうこと言うの。俺はみんなの弟分みたいなもんなんだから」

「星夜。私ね、分かっているの。あなたに私と同じようには好きになってもらえないって」

 ルカの手が、不意に俺の手を取った。電流が走ったように指先が震えてしまう。

「こうやって触られるの、嫌いでしょう。人の肌ってね、心を裏切らないの。嘘をつけないものなのよ」

「違うよ。今のは、ちょっとびっくりしただけ」

「じゃあ私のことを抱き締められる?」

 ルカの声のトーンが、少し堅くなった。俺は、彼女が慎重に言葉を選んでいることを感じ取った。

「――何言ってんの。ホストの役得だろ、それは」

「無理してるから、笑っちゃう」

「無理なんか――」

「星夜は女嫌いね。私を接客してる時、ソファの隣で、いつもあなたの体が拒否してた」

 ルカに触れられたままの手が、冷たく汗ばんでいた。図星を刺されていることを悟られたくなくて、ぎこちなく指を解く俺を、ルカは微笑みながら見つめている。

「星夜は私の仕事を知っているでしょう?」

 俺は黙って頷いた。ソープ嬢のルカは男に体を売って稼いでいる。その金を投資に回して莫大な財産を築いていることを、ルネスのホストはみんな知っている。

「人と毎日肌を合わせていると分かる。苦手な相手とセックスをしても、溶け合わない。たとえお金を払ってくれる客だって関係ないわ、嫌なものは嫌なの」

「……ルカさん」

「男の人が好き?」

 ルカが直球を投げてきた。ホストらしく受け流せばいいのに、そうできなかった。ルカの綺麗な黒い目が、嘘もごまかしも求めていないことに気付いてしまったから。

「お……女嫌いのゲイがホストをやってるなんて、最低だよね」

 俺は自嘲した。秘密を打ち明ける時は、いつも、胸の奥が苦しくなる。

「俺みたいな中途半端な奴、詐欺だって罵倒したいならしてもいいよ」

「いいえ、詐欺だなんて思わないわ。絶対に」

 そう言って、ルカは左手首のブレスレットを、そっと撫でた。

「このブレス、嬉しかった。これを星夜にもらった時、一瞬であなたのことを好きになったわ」

 俺が今まで見た中で、最も美しい笑顔を彼女は浮かべている。その澄んだ瞳が、ふっと遠くを見た気がした。

「私は昔、親友だと思っていた人に騙されて、お金も家族も、何もかも奪われたの。たった一人で放り出されて、自分がみじめで仕方なくて死のうとした。あの時の痛みを、あなたが癒してくれたわ」

「違う。俺がその傷を見たくなかっただけだ。痛々しくて、少し前の自分を見てるみたいで、嫌だっただけなんだ」

「――いいえ。あなたは自分で気付いていないけど、人を救っているのよ。ありがとう、星夜。このブレスは私のお守りよ。これからも大切にするわね」

 ルカはもう一度微笑んだ。とても晴れやかで、さっきよりも力強い笑顔だ。

「私、今の仕事を辞めるの。銀座にクラブを出すわ。今度会う時はオーナーママね」

 夜の街の女たちが憧れる夢を、ルカは何でもないことのように口にする。びっくりして、俺はおめでとうもろくに言えなかった。

「そしてね、いつか東京中に自分の店を持つの」

「この街にも……看板出す?」

「ええ。『クラブ・シェスタ』の二号店は、新宿だって決めてるのよ。私の店の名前。お昼寝という意味」

 ルカのそばにタクシーが停まる。俺をナンバー1ホストに育て上げておいて、彼女は恩も見返りも求めない。ルカの上等なドレスと不釣り合いな、ターコイズとシルバーのブレスレットが夜に煌めく。まるでそれが彼女の唯一の宝物であるかのように。

「開店準備で忙しくなるけど、また寄らせてもらうわね。――誕生日おめでとう。あなたは星よりもずっと眩しいわ。それじゃ」

「ルカさん!」

 彼女が乗り込んだタクシーのウィンドウを、俺は拳で叩いた。何でもいい。ルカがしてくれたことに何かひとつでも報いなければいけないと、俺の胸の奥で熱いものがせっついている。運転手が迷惑そうにウィンドウを下げた。

「ルカさんの店に遊びに行くから。ボトル、俺の名前で入れさせてよ。絶対」

「ええ。待っているわね。――星夜、一番星になってもあなたはずっと、優しいあなたのままでいて」

 タクシーが靖国通りを去っていく。

 俺はルカの想いに応えることはできない。今夜彼女は、失恋したのだ。不誠実なホストの客でいてくれる彼女へ、俺は何よりも深い感謝の気持ちを抱いた。



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