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眩い星夜  作者: コギン
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第7章 1

 アキラの突然の退店後も、ルネスは通常営業を続けている。

 取り巻きを含め、アキラを追って退店したホストは十人。その全員が指名客を連れて、同じ歌舞伎町にあるルネスのライバル店に移籍した。最近急速に売り上げを伸ばしているホストクラブで、売掛金を回収するために客を性風俗店で働かせるなど、悪質な経営に手を染めていると評判だ。その店のバックにはヤクザがついているという噂もある。

「よりによってライバル店を選ぶなんて、完全にルネスへのあてつけだね」

 溜息交じりに剣人は言った。バックヤードのソファを占領しながら、剣人の隣で矢坂がスマホをタップする。

「これ見てみ、向こうの公式SNS。あいつらが退店した翌日にはもう移籍が発表されとる。えらい話が早いな」

「引き抜きだろうね。先に向こうから打診されてたんじゃない? 仮にそうでなくても取り巻きと指名客を引き連れて無断で出て行ったアキラさんは、オーナーを裏切ったことになる。……ルネスと蘇芳グループに泥を塗った。もう少し頭の回る人だと思っていたけど、ライバル店もろとも終わりだね」

 剣人の言葉は正しかった。移籍から一ヶ月も経たないうちにライバル店は閉店し、アキラは歌舞伎町から姿を消した。オーナーが蘇芳グループの力で潰したとホストクラブ界隈を震え上がらせたが、ルネスではまるで箝口令でも敷かれたかのように、誰もアキラの話をしなくなった。

 アキラが今どこでどうしているのかは分からない。歌舞伎町の夜の風景は、一人のホストが消えたところで何ひとつ変わらなかった。




「星夜、お誕生日おめでとー!」

「ありがとうございます。お祝いのシャンパン、いただきます」

 生まれて初めて飲んだ酒はドンペリのゴールド。たいしてうまいと思わなかったのは、二十歳になったくせに、俺の舌がまだガキのままだからだ。ゲストに悪ノリされて煙草も吸ってみたが、苦くて口の中が不快になるし、全然似合わないと笑われてしまった。

 どんな店に勤めているホストでも、誕生日はとても大きなイベントだ。ホールの真ん中に作ったディスプレイに、次々と空のボトルが並んでいく。ドンペリだけでオーダーが百本を超えた頃、マネージャーからこう耳打ちをされた。

「まだ発表前だけど、先月の剣人さんのバースデーイベントの売上額を超えたよ」

 長く剣人が守ってきたナンバー1の座。俺はついにそこへ登りつめたらしい。

「星夜は今後、ルネスの顔になるんだ。いいかい? ルネスは歌舞伎町の頂点のホストクラブ。そのトップに立つということは、ホストの世界でトップに立つのと同じ意味だ。自分の価値を自覚しなきゃいけないよ」

「は、はあ、がんばって、みます」

「頼むよ、ほんとに。みんな期待してるからね」

 マネージャーが、俺に脅迫まがいのプレッシャーを与えてくる。

 頂点に立った実感はまったく湧かない。ホストという仕事に誇りやプライドも持っていない。そんな無責任な俺に、剣人のような真のトップが務まるとは思えない。

「ハッピーバースデイ、星夜。プレゼントを受け取って」

 遅い時間に来店したルカが、銀座のテーラーで仕立てたスーツをくれた。イベントの衣装替えのために彼女が用意してくれたもので、あまりの着心地のよさに、服の価値を知らない俺でも感動してしまう。

「ありがとう、ルカさん。かっこいい大人になれた?」

「素敵よ。よく似合ってる。私の見立ても捨てたものじゃないわね」

 腕時計やアクセサリー、ゲストたちのプレゼントの山を見下ろすように、ルカがオーダーしたシャンパンタワーが燦然と輝く。金色の光のタワーはゲストたちの羨望を集めて、高級ボトルの新たなオーダー合戦が始まった。

「今日はゆっくり話せなくてごめん。こんなに忙しくなるとは思わなくて」

「みんな星夜のお祝いがしたくて集まったのよ。どうだった? 初めてお酒の味は」

「あれをみんな本気でうまいと思って飲んでるの――?」

「ふふ。星夜は正直ね。苦いお酒もいつか慣れるわ。それじゃあ、私は早めに退散するわね。しっかりお稼ぎなさい」

 スペシャルヘルプの矢坂が、他のゲストの相手をして時間を作ってくれている間に、ルカの見送りをする。店のエントランスも俺に贈られた祝花でいっぱいだ。二人で話しながら、少し歩いて、酔客が行き交う大きな通りへ出た。



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