第5章 7
「オーナー……?」
「蘇芳さんて呼べや。やっとお前に触ってやってもいい気になったんだからよ」
ぎゅう、と強く抱き締められて一瞬気が遠くなる。シャワーよりもオーナーの体は温かかった。
「蘇芳さん」
広い胸に顔を埋めて、ゆっくり息を吸い込む。彼の香りと煙草の香りが混ざり合って、俺の鼻腔に深く浸透していく。
「ガラでもねえ話をするぞ。お前はよ、大事なもんを奪われちまったんだよ。……あんまりうまく言えねえな。ああ、あれだ。お前の中にあった綺麗なものを、好きでもねえ男に踏み荒らされて、荒らされたまんまで生きてるんだ」
「俺の中の……綺麗なもの……?」
「自分の目には見えにくいものさ。そいつは厄介なことに、一度奪われたら元には戻らねえ。割れたガラスが戻らねえようにさ。分かるか?」
抽象的なその言葉の意味を、俺は理解しようとした。でも難しくて、すぐには飲み込めなかった。すると、オーナーがぽんと俺の背中を叩いた。
「ガキの過去に同情してやるほど、俺は聖人じゃねえんでな、ここからは現実的な話をしようや。セックスがしたいとお前は言ったが、一番したいことは何だ。言えよ。その男をぶん殴りに行くなら付き合うぞ」
「そんなこと考えたこともなかった」
「随分甘ちゃんだな。男ならやられたらやり返すもんだろうが」
「俺は、弱いから、強くなりたいんです。だから……、自分より強い人に、弱い俺を壊してもらいたい」
「俺にそうして欲しいのか」
「……はい」
「ふん、俺に白羽の矢を立てたってことかい」
まだ濡れている俺の髪を、オーナーは大きな手で掴んだ。顔を上向かされて、彼の鋭く光る目に見つめられる。
「お前がさっきまで着てたスーツ、見たよ。ぐちゃぐちゃでひでえ有様だった。あれは、お前が体の中のもんを全部吐いてまで出した答えなんだよな。なあ、このでっけえ街で俺を選ぶとは、お前は男を見る目があるぞ」
大人の男の薄くて硬い唇が、俺の耳朶を食んだ。つきん、と小さな痛みが走って、初めてオーナーと会った時のように、バスローブの下が熱くなる。
「お前、俺をどうしたい? 俺とどうなりたいんだ? 俺を抱きたいか? 俺の中に突っ込みたいのか」
「俺、が、蘇芳さんを、抱くの?」
そんなシチュエーションを、まったく考えたことがない。思考回路が停止した俺に、オーナーはもう一度囁いた。
「きょとんとしてんじゃねえよ。お前は男だろう。ちゃんと考えろ。お前のこれは、何のためについてる」
オーナーのスラックスの膝が、バスローブの上から俺の股間を擦る。ほんの少し触れられただけで、呼吸が乱れた。
「言っておくが、俺はゲイじゃねえぞ」
「知っています。俺は、男だけど……っ、蘇芳さんに抱かれたいです」
「やっぱりそっちかよ、くそったれ。わざわざつらい方を選ぶなんて、お前は本当にバカだ」
オーナーが腕を解く。俺の目の深いところを覗き込みながら、彼は言った。
「星夜。俺はお前に、ヤクザじゃねえと言ったことがある。覚えてるか」
「はい。オーナーと初めて会った時だから、よく覚えています」
「あれは半分は嘘だ」
「え……?」
「俺の親父は、そこそこ名のある組の組長だった。俺の体には、ヤクザの血が流れてる」
オーナーは深く呼吸した。そしてボタンを引き千切るようにしてシャツを脱ぎ捨て、彼は後ろを向いた。




