第5章 6
オーナーがいい。小さな駄々っ子のようにそう思う。気に入ったおもちゃや菓子を、子供が両手に握り締めて離さないあの感覚に似ている。
「は……恥ずかしいことを、話します。聞いてください」
「おぅ?」
「俺は、オーナーに初めて会った時、……その、反応したんで、店のトイレで、その」
彼と出会った時の醜態を曝け出すのは恥ずかしい。顔じゅう熱くしてもどもどしている俺を、オーナーの方が察してくれた。
「――ああ、そいつはありがとよ。勃っちまうくらい俺の男ぶりがよかったってことだろ。お前が健康で何よりだ」
「はい……。い、嫌じゃないですか? 俺のこと、気持ち悪くない……?」
「おい。俺をオカズにしといて気持ち悪いって何だそりゃあ。失礼な奴だな、お前」
「すいません……っ」
「なあ星夜」
オーナーが声のトーンを下げた。心臓に響くような低いその声に、俺は耳を澄ませた。
「お前は何でそんなに剥き出しなんだ。普通はな、自分が恥かしいと思うところは隠すもんだぞ。剥き出しにするってことは、生きづれえってことだ。ゲイだってこともよ、うまく隠してる人間の方が多いだろうが」
「そう、ですね」
「わざわざ自分から俺にバラしやがって。器用に嘘ついて、楽に生きてく方がお前もいいんじゃねえのか」
「分からないです。そういうこと、誰にも教わらなかったから。ゲイは秘密にしてたけど、俺が本気だってことオーナーに分かってほしいから、さっきの話、しました」
「お前よう、不器用にも程があるぞ」
オーナーは今夜何度目かの溜息をついて、煙草に火を点けた。
「もうちょっと何とかならねえか。自分が傷付かねえように、ガキなりに頭を使えよ。お前みたいに真っ正直に生きてたら、周囲からポキッと折られて早死にするぞ」
「嘘は、うまくつけません。俺はどうすればいいですか」
「そういうことは、親とかツレとか、相談相手とやれや。俺はお前のことを何ひとつ知らねえんだぞ」
「オーナーは強そうな人だから、俺の話を驚かないで聞いてくれると思ったんです。だめならだめって最初から言ってくれるはずだって。オーナーはずるいことしたり、後で掌を返したり、しませんよね」
「何だ。まるで掌返されたことがあるって口ぶりだな」
「……高校の担任に……」
「そいつがお前の初めての男じゃねえのか?」
「違う!」
俺は叫んだ。頭で考えるより先に、体じゅうに嫌悪感が走る。オーナーは灰皿に煙草を置いて立ち上がった。
「落ち着け、星夜」
「違う……っ! あいつは違う!」
声が大きくなるのを抑えられない。バスローブの胸を掻きむしり、息を荒くした俺の前に、オーナーはまっすぐ向かい合った。
「聞かせろよ。お前はそいつのことをどう思ってたんだ?」
「真面目な、いい先生だって、思ってました。クラスのみんなから人気があって、俺も普通に慕ってた。補習で二人きりになった時、あいつは俺の体をいやらしく触ってきました。俺、逃げなきゃって思ったけど、怖くて動けなくて。そしたら、他の先生や生徒に見られたんです。動画に撮られたりして、学校で問題になった途端に、あいつは全部俺のせいにして……」
「掌を返して逃げたと?」
「――はい」
「なるほどな。お前のことが少し分かったよ」
オーナーはまた溜息をついた。少しの間沈黙してから、彼は慣れた手つきで自分のネクタイを引き抜き、床に放り投げた。
「そのままじっとしてろ。言い出しっぺのお前が逃げんなよ?」
苦笑混じりにそう言って、オーナーが腕を伸ばしてくる。逞しい彼の胸の中へと、俺はバスローブのまま迎えられた。




