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眩い星夜  作者: コギン
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第5章 3

 ゲストの香水の匂いと、彼女たちにキャストが囁く疑似的な愛の言葉。ルネスのシャンデリアの下で過ごす日々が、一ヶ月、また一ヶ月と過ぎて行く。

 俺の給料は増えるばかりで、ATMに入金しに行くのが毎回怖くて仕方ない。後ろから誰かにつけられて、強盗にでも遭うんじゃないかと冷や汗が出てくる。

 仕事に忙殺されているうちに、新宿へやって来て半年が過ぎた。ジャック・オ・ランタンが溢れるこの季節、歌舞伎町で働くホストたちは、そろそろ冬物のスーツを着始める。

「今日も遊びに来てくれてありがとう。ルカさん」

「ルネスのハロウィンは最高ね。イベントのたびに、星夜を独り占めできなくなってる気がする。とってもいいことね」

 カボチャとゴーストの装飾が揺れるさくら通り。ゲストとキャストの頭上に広がる、眠らない街の夜空。今夜は星はおろか月もなく、雲が垂れ込めて真っ暗だ。

「雨が降るって予報出てたよ。どうぞ、店の傘持って行って」

「ありがとう。それじゃまた。寒くなってきたから、風邪ひかないでね」

「うん。ルカさんも。――おやすみなさい」

 タクシーの車中から手を振るルカに、俺も手を振り返した。

 ハロウィンのように特別なイベント日は、普段よりも指名が立て込んでいるせいで、ルカが店で過ごした時間は一時間もなかった。フルーツ盛りをつまみに気に入りのシャンパンを三本空け、コニャックのボトルを一本キープして、常に現金払いの彼女は五百万円近く支払っていった。

「こんなに短い時間で、何でこんな大金を払ってくの……?」

 ぽたりと空から落ちてきた雨粒が、不意に俺を冷静にさせる。ルカだけじゃない、他のゲストたちもそうだ。

 今日の予約表には指名客の名前がずらっと並んでいる。入り込む隙間もないほど切り売りされた、星夜という新人ホストと過ごすためだけの時間。いったい俺のどこに、何十万も何百万も金を注ぎ込む価値があるのだろう。

「ご注文ありがとうございまーす、マッハフーズでーす」

 溌剌とした声が聞こえて、俺は我に返った。ネオンサインの下でもよく目立つビビットピンクのブルゾン。近所のラウンジの店先で、注文の受け渡しをしているマッハフーズの配達員がいる。

「俺も、あのブルゾンを着てたのに」

 以前俺がいた場所に、違う誰かがいる。この街では空いた席はすぐに埋まって、人は次々と入れ替わり、時間はすぐ過去になる。路地から路地、店から店を自転車のペダルを漕いで駆け回っていた頃と、女たちが支払う金で暮している今と、正しい俺はどちらだろうか。

「星夜、何やってんの。6番テーブルにご指名、玲美様。急いでね」

 ホール主任が呼んでいる。物思いに耽る暇もないほど今夜は忙しい。長いハロウィンの一日は俺をまだ解放してはくれない。

 営業時間が終了してから、矢坂に連れられて、彼の贔屓のゲストと解禁されたばかりのアフターに同行した。雨脚が強くなっても、終電が近くなっても、お祭りの夜の人出は絶えない。

「今日は星夜くんを大人の世界に連れて行ってあげるね」

 タクシーの中で、ゲストがそんなことを言った。ホストクラブより大人の世界を俺は知らない。

「どこへ行くんですか?」

「二丁目のゲイバーやて」

 はっと俺が息を詰めたのを、二人は気付かなかったようだ。ゲイでも何でもない人と二丁目に行くシチュエーションは、考えたことがなかった。

「……矢坂さんも二丁目とか、行ったことあるんですか」

「うーん、アフターでたまにな。あの手の店は、トークがプロやから女の子にも人気あんねんで。俺らにはライバルみたいなもんや」

「行きつけのお店のママがね、矢坂くんの写真見せたらすっごいタイプなんだって。飲み代いらないから絶対会わせてって言われてるんだあ」

「ちょい待ってアユミちゃん。それ俺、ダシに使われてるやん。むしろ人質やん?」

 賑やかな二人の会話が、俺の耳を素通りしていく。歌舞伎町から二丁目まではほんの五分もかからない。心の準備をする前に、二丁目の中心の仲通りに到着してしまった。

「星夜は俺らの後ろにおり。ナンパされてもついて行ったらあかんで」

「男にもモテそうだもんね。危ないからあたしが手を繋いどいてあげよっか?」

「あっ、いや、大丈夫、です」

「星夜くん緊張してるの? かーわいい」

 ゲストの目当てのゲイバーまで歩く間、びくびくと俺は怯えていた。二人にゲイだと勘付かれたらどうしよう、と、そればかり考えていた。

「ごっつ綺麗な人がおるで。見てみ、星夜」

 通りの人だかりの真ん中で、男なのか女なのか性別の曖昧な、豪華な衣装とメイクで飾ったドラァグクイーンがパフォーマンスしている。歓声を上げて盛り上がっている男男、女女、男女の様々なカップルたち。傘に隠れながらキスをし合っていたのは、髯と顔じゅうタトゥーのカップルだった。

「お熱うてええなあ。アユミちゃん、俺らもマネしてチューしよか」

「ホストのそういう言葉には乗りませーん。――星夜くーん、早くおいでよ。お店こっち」

「あ……」

 先に通りの向こうへ渡った二人を、俺は追った。通りすがりの人にぶつかって水溜まりに足を取られる。ふらついてしまった俺のことを、誰かが転ばないように支えてくれた。



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