第5章 2
正式なホストになって一ヶ月後。先月の売上ランキングで五位に入った俺は、自動的にルネスのナンバー5となった。スチール写真の中の『月城星夜』は上目遣いをして、在籍ホスト中最年少らしい弟キャラの顔を作っている。
「――エントランスに自分の写真があるのって、ちょっと嫌だな」
「何言ってんの。すごいよ星夜、新人で一ヶ月でナンバー5ってルネスの新記録だよ? もっと喜んで」
「いや、普通に恥ずかしいでしょ。自分の顔がこんなにでかでかと」
「ナンバー1の剣人様の四分の一の大きさじゃん! 気合入れなきゃ!」
「気合入れてるのは翔子さんの方じゃない? 今日も俺の分まで飲んでくれてありがと」
「次は今日よりもっと飲んであげる。星夜かわいいんだもん、大好き」
勢いよく腕に抱きつかれて、一瞬ぐらりと眩暈がした。歌舞伎町でキャバクラ嬢をしている翔子は、つい最近俺の指名客になったゲストの一人だ。
「ねえ、このままアフター付き合ってよ。焼肉のすっごくおいしいお店知ってるの」
「アフターはまだ、解禁されてないんだ。先輩たちの教育が厳しくて」
「いいじゃん、黙ってたら分かんないよ。ねえ行こ? ねえ星夜ったらあ」
おしゃべりでノリがいいキャバクラ嬢の長所が、酔っ払うとしつこくて少々強引な短所に変わる。ホストをやっているのはあくまで仕事だから、閉店後まで女と一緒にいたくない。どうやってアフターの誘いを断ろうか考えていると、後ろからキメ顔の矢坂が現れた。
「――あかんなあ、翔子ちゃん。星夜は箱入りやねん、アフターはもうちょっとかんべんしてやってな」
「きゃああああっ、矢坂さんっ、かっこいい」
翔子はミーハーなところがある。芸能界のアイドルのように、ナンバー持ちのキャストなら、彼女は基本的に誰に対してもファン目線だ。俺にやきもちでも焼かせようとしているのかもしれないが、翔子の作戦は生憎ゲイには効かない。
「翔子ちゃん、タクシー来たからもう帰り。また遊びにおいで」
「はあい、翔子帰りまあす。二人ともおやすみ、また今度ね」
「おやすみなさい。次回もお待ちしてます」
翔子を乗せたタクシーを見送ってから、俺はふっと肩で息をした。接客した直後は解放感と疲労感がダブルでやってくる。疲れの方が何倍もひどいから、よくこれでホストをやっているなと自分でも思う。
「すいません。アフターうまく断われなくて」
「ああいうノリの子なら対処しやすいけどな、時々マジになるゲストもおるし。星夜に色恋営業なんかまだ無理やろなあ」
「……無理です。それは、絶対。俺はまだガキなんで」
俺がゲイだと周囲は誰も知らない。都合が悪いことは年齢のせいにできても、それもいつか限界がくる。
「恋愛は小学生でもするやろし、二十歳過ぎたらその言い訳使えへんで? 俺としては星夜と酒飲めるの楽しみやけど」
「それまでこの仕事を続けられる気がしないんですけど」
本音で呟いた俺に、矢坂は苦笑を返してきた。
「とりあえず一ヶ月はがんばったやん。また一ヶ月がんばろ。な?」
ぽん、と俺の肩を叩いた矢坂が、びっくりしたように目を丸くした。
「えらい薄うなっとる。アフターは俺と肉食いに行こ。食べて運動しい。星夜はもうちょい筋肉つけて太ってもええで」
収入が上がって金額を考えずに食事ができるようになっても、親元にいた頃と同じように食欲は乏しいままだった。仕事が終われば寮に帰って眠り、たまにある休日もベッドで丸まって過ごしている。
ジムに通ったりエステでボディケアをしたり、自己投資をしている先輩たちとは正反対だ。いつも俺はくたくたに疲れていて、睡眠だけが何も考えないでいられる時間で、出勤時刻になると体が重たかった。