第3章 5
「――あれ? 矢坂、その子また連れてるの? この間体験入店に来た子だよね」
「よう覚えてるやん。ほれ、ナンバー1の剣人さんに挨拶しい」
ついさっき打倒とか言っていたくせに、矢坂は現在ルネスで一番稼いでいるその人のことを、さん付けで呼んだ。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「よろしく」
ナンバー1の花咲剣人。長身。イケメンというか美麗。優雅な雰囲気がまるで王子様、ゲストに夢を見させる天才ホスト。
「今夜は特別なゲストがいらっしゃるから、悪目立ちしないようにね」
「はいっ」
「うわー、かわいいね、初々しいってこういうの? 何か昔の矢坂を思い出してどきどきするな」
「いらんこと言わんといて。昔て、俺ら同期やん」
「――ぺちゃくちゃしゃべくってうるせえな。ナンバー持ちが馴れ合ってんじゃねえよ」
攻撃的なことを言いながら、片耳ピアスのホストが割って入ってきた。
ナンバー2の黒鐡アキラ。剣人よりさらに長身。ワイルド系のイケメン。ゲストに対する以外は言葉遣いが荒く態度も乱暴、押しが強くてバリバリ稼ぐタイプ。
「おい矢坂、女王のテーブルにガキのヘルプをつける気かよ」
アキラはそう言って俺を睨んだ。彼はまるで親衛隊のようなホストたちを従えている。
「俺はキラッキラのダイヤの原石やて思てるんですけどねえ。この子は俺の管轄なんで、アキラ先輩と取り巻きのみなさんはどうぞおかまいなく」
「ふん、たいした原石には見えねぇが。お前は口が減らねぇな、相変わらず」
「すんません。関西人やから大目に見たってください」
ナンバー3の矢坂涼。細マッチョ。気さくさが顔に出ているイケメン。剣人とアキラの間でバランスを保っている、話し上手で聞き上手。
体験入店で名前と顔をはっきり覚えたキャストはこの三人だけだ。ホストの世界に疎い俺でも、容姿が整っているのが当たり前らしいルネスの中で、三人のことをとりわけいい男だと思う。花を背負って歩いているような、芸能人やタレントを見るような感覚に近い。
でも何故か、ホストクラブの男たちには興味が湧かなかった。容姿も魅力も磨き上げて、彼らはそれぞれのスタイルでゲストの女たちに楽しませている。ストレスの溜まる仕事を選んだすごい人たちだとは思っても、ホストの世界はゲイの世界とあまりにも違っていて、彼らのことを深く好きにはなれそうにない。
「――女王様のご到着です」
エントランスにいたキャストたちが、表通りに停まった黒い車をいっせいに見た。案内係のスタッフが開けた後部座席のドアから、赤いハイヒールがゆっくりと地面を踏む。
「いらっしゃいませ、ルカ様」
「お待ちしておりました」
ルネスのナンバー持ちを出迎えさせる特別なゲストが、けばけばしい表通りのネオンサインを、髪に散りばめた宝石のような光の粒へと変えていく。女王の御成りだ。キャストたちに混じった俺も、彼女に不思議なオーラを感じて緊張してくる。
「こんばんは。今日も楽しませてね」
綺麗な女だと思った。ただ単純に。勝手に抱いていた女王の冷たいイメージとは違う、若くて小柄なかわいらしい感じの美人だ。
「――嘘やろ、同伴出勤かい」
小声で矢坂が呟く。車からもう一人誰か降りてきた。後ろに撫でつけた黒い髪、いかつい体躯、鋭い目をした只者ではない空気を纏った男が、女王と腕を組んでこっちへ歩いてくる。
「おいガキ、頭下げとけよ」
「は、はい」
「あれがルネスのオーナーの蘇芳さんや。君、すごいな。レアキャラに会えたで」
「……レアキャラって言うより……」
「ボスキャラだね。俺たちが束になっても敵わないラスボス」
「怖い人やけど悪い人やない。蘇芳グループて知らへん? 新宿で手広う商売をやってはる実業家や」
「蘇芳――」
そのグループの名前がついたビルが歌舞伎町にはたくさんある。頭を下げて地面を見つめていても、俺は首の後ろに蘇芳オーナーの圧をじんじん感じた。
怒られてもいないのに背筋が凍えてしまいそう。日本一の歓楽街で事業に成功すると、普通のビジネスマンではなくなってしまうのだろうか。この人が醸し出している雰囲気はまるで――
「ヤクザじゃねえぞ」
「へっ?」
俺は反射的に顔を上げた。心の中で今まさに思っていたことを、そのままオーナーに言われた。俺の目の前で女王がくすくす楽しそうに笑っている。
「かわいい子。意地悪しちゃだめよ、蘇芳さん」
「こいつ、絶対俺をヤクザだと思ってやがっただろう。んん?」
「あ、いえっ、そんなこと思ってませんっ」
「とりあえず謝っとき!」
「すいませんっ!」
「漫才なら寄席でやれ。見ないツラだな。矢坂、お前の新しい弟分か? 名はなんてんだ」
「あの……俺は」
「そうなんですー、まだお試し期間中の名無しです。素直なええ子ですよ」
「スカウト部長のお前の目を信用しちゃいるが――どれ」
オーナーの大きな手に顎の先を掬い取られて、じっと目を覗き込まれる。息が詰まるほど彼の視線は鋭くて、鷹の標的にされた兎のように動けない。