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第5話

 土曜日の朝。口枷君からこんな電話が来た。


「もしもし、柚木森です」


『グッモーニン柚木森さーん。朝っぱらから悪いけど、話しておきたい事があってね。今いい?』


「いいけど、ひょっとして裏世界とかの事?」


『そー! 今柚木森さんち向かってるんだけど、先に要点だけ話しちゃおうと思ってね』


「うん、うん、……は!?」


『あれ、まずかった?』


「まずいよ」


『まずいもなにも、柚木森さん今一人暮らしでしょ? あ、(しるべ)さんだっけ。今のお母さん、帰ってきてないんでしょ?』


「うん、そうだけど、別に家にこられるのが嫌な訳ではー……なくもないけれど、前日に行ってくれればもっと部屋とか片付けるのに」


『ごめんごめん、ちゃんとお土産あるからさ、今回ばかりは大目に見てよー、ねっ?』


「ねっ? では済まないけど、お土産?」


『食いつくね? ま、楽しみにしてて。ちなみに柚月と恐山君は後から来るのだ』


「来るのだじゃねぇのよ」


『いやん怖い! でもこれから僕達が活動するにあたって必要な事なんだ。長居はしないからさ』


「うん……で、要点って何?」


『うん、まず、僕達戦士は天使の存在あっての僕達で、裏世界に行ったとしても、天使ことヴィンテージアクセサリーがないと戦う事ができないんだ』


「肌身離さず──それは昨日から心得てるよ」


『頼もしいね。そして、裏世界へ行く方法だけれど、これはどうしようもなく不条理で、行こうと思って行ける場所じゃない。戦士は気づいたら(いざな)われるんだ。神隠しの様に』


「じゃあ、何で私はあの時行けたんだろう。あの時私は戦士ですらなかったし」


『それは僕達の時もそうだったんだけど、僕達も気づいたら裏世界にいて、ヴィンテージアクセサリーを見つけて、そこから対話して武器を手に入れたんだ』


「選ばれし戦士達って事?」


『そう考えるしかないね。あと裏世界から帰る方法は、そのゾーンの異形を倒したら、天使の力を借りて異形の提出。からの帰りの扉を開く事。昨日は二人が提出にいってくれたから、僕と柚木森さんは何もせず扉を使って帰れたんだ』


「その、異形の提出って、何の為に──」


『──おっと、もう着きそうだ。一旦切るよ』


「ん」


 私はスマホを置いてベッドから起き上がり、急いで顔を洗ったり身支度をしたり等した。私服になるのもなんだか変な意識だと思ったので、ブレザーに着替えた。


────ピンポーン。


 ん、口枷君だ。


「はい」


「おっ柚木森さん、家では眼鏡なんだね」


「視力悪いからね。さ、あがって」


「お邪魔しまーす」


 その後箱に入った色んな種類のフルーツゼリーをもらった。お土産のこういうのは、好き。口枷君ぽいのも。そして私は唯一片付いてる自分の部屋に招き入れた。その時は意識していなかったが、男の子を部屋に招くのは初めてだった。それが口枷だというのも、悪くない。


「わー柚木森さんの部屋畳なんだね! ハオい!」


 ハオい。畳が好きって事だろうか。


「ごめん、麦茶でいい?」


「えっいいよ、僕ちゃんと水筒持ってきたから」


「偉」


「えへっ。柚木森さん部屋に冷蔵庫あるんだーいいなぁ」


「これね、小さくて収まりいいの。前のお父さんがくれたんだ。なんでかは知らないけど」


「へー」


 あ、こういう話は気を使わせてしまうか。


「柚木森さん、本人から聞いたけど、恐山君と和解できたの?」


「うん、なんか指示されてるらしい」


「……その指示しているやつがさ、恐山君の所有するヴィンテージアクセサリーの天使──ガブリエルってやつ。今日それも話せたら話すと思う」


「そうなんだ……。何でだろう。不思議だね」


「…………これ言っちゃってもいいやつだから言うけど、恐山君はね、柚木森さんの事……ひそかに好きだったんだよね」


「…………」


「ガブリエルがそれに嫉妬して、恐山君を裏世界に閉じ込めるから、それをしないのを条件に、仕掛けしてたんだ。ガブリエル、かなり嫉妬深いから、恐山君も苦労してるみたい。けど、決して同情しろとかではなくて、そういうのが背景にあったってだけ」


「昨日は靴に仕掛けがされてないけど、恐山君は帰れたんだよね?」


「帰れたらしいよ。恐山君、今は柚木森さんの事なんとも思ってないらしいけど、一応気をつけてね。彼、最近ガブリエルにも他にも振り回されてるから、ストレスのはけ口なさそうで」


「……正直、恐山君が心配かな」


「どうして?」


「……あの人の事情は全く知らないけど、私でストレスのはけ口になるのなら、私一人が形だけでもまたああいう風に靴とか仕掛けられていたら、私は別に、恐山君の掃き溜めでも良いと、思ってる」


「駄目だよ」


 口枷君はいつの間にか隣に来ており、顔を近づけ、真っ直ぐな瞳で二回言った。


「駄目、だからね」


「…………」


 私は視線を下げて何も答えなかった。


「柚木森さん、覚えておいてね。恐山君といると彼の独特の世界に呑まれてしまいそうになるけど、柚木森さんが彼の理解者になる必要なんてないんだよ。そういうのは、柚月と僕がやるから」


 口枷君は自分の手を……無意識だろうか、私の手の上に重ねた。


「つまり、つまりね、僕は柚木森さんを傷つけたくないんだよ。誰にも、傷つけさせたくないんだよ」


「私、そこまで守られる様な人間じゃないよ」


「じゃあ何、傷つけられたい?」


 ほんの僅かムッとなる口枷君に、素直になれない。


「私ね、黙ってたけど、誰かに傷つけられると、ゾクゾクするんだよね。自分で自分を傷つけるのは怖いし、でも相手が私で発散してくれたら、その人は優位に立った気持ちになるでしょ? それでさ、痛感するんだよね。ああ、私ってグロテスクな育ち方して、なんてこうも歪めるんだろうって────」


 その瞬間口枷君は私を押し倒した。

 そう、これを待っていたんだ、私は。


 また痛感する。自分の救えない気持ち悪さに。


 昨日あれほど口枷君とのお友達計画を心の中で旗立てておきながら、見事成功しておきながら、結局口枷君を刺激したくなってしまっていた。暑さにやられて実行してさえいる。この感情は、友情ではない。


────これは、どうしようもない歪んだ恋情だ。


 どうしよっか、これから。


 どうなるのかな、これから。


 私は口枷君を見つめる。


 口枷君は怒っている様に見える。


「僕は、柚木森さんが好きだよ。でもね、柚木森さんのどうしようもない所は、今の僕じゃ補えないんだ。そもそもそれが僕を誘う口実だったとしても、答えられないんだ。分かるだろう? 僕って臆病なんだ」


「…………好きって言った?」


「言ったよ」


「それ、消費期限あるのかな」


「今答えてくれるなら、ない」


 なんだ、口枷君も意地悪じゃないか。私は口枷君の頭を優しく持って、顔へ近づける。口枷君もそれを許してくれた。だからそのまま、唇を重ねる事にした。


 少しの間、夏の暑さが心地よかった。


 唇がゆっくり離れると、口枷君はのぼせた顔色で、私から離れる。


「柚木森さんは素直じゃない。酷い。最悪の始め方だ。昨日まであんなに友達面で接して、いきなりこんな形で答えてくる」


「ありがとね」


「そう思うなら言葉にしてよ」


 私は少し唇を噛んで、すぐに口枷君の顔を見る。赤くなってないといいのだが。


「……口枷君、異形が全部浄化されたら、今度は私からプロポーズしてもいいかな」


「……約束だからね」


 こうして私と口枷君は、本日から彼氏彼女の関係になった。私達は多分、間違えているのかすら、よく分かっていない。でもそんな事、どうでもよかった。



◆◆◆◆◆



「って事で僕達付き合う事になったから、ヨロシク」


「「脳ミソ腐ってるの??」」


 恐山君と皆鴨君が家に無事到着し、想像通り理解されず事は進んだ。


「ごめんね」


「どうする恐山、口枷に相次いで相当やばいやつが仲間に加わってしまったぞ」


「まあ戦力ではあるし、心を殺すしかないな。あるいは二人を」


「おいおい……」


「そうだな、おい口枷、ちょっとこっちこい」


「えー何。早く会議始め痛い痛い痛い痛い痛い!」


 口枷君は皆鴨に腕で首をしめられている。恐山君はそんな口枷君の足をくすぐっていた。


「だははははははは!!」


 口枷君、愛されてんなあ。そろそろ止めるか。


「てい、てい。皆の衆、そろそろ切り替えよう」


 二人の頭をチョップし、口枷君を隣に解放する。


「…………(別に二人の関係はいいが複雑になる皆鴨柚月の図)」


「…………(柚木森にも口枷に対しても複雑になる恐山ヒュータの図)」


 何だか二人の時が頭を押さえ不穏に止まったが、まあいいだろう。


「さて、皆の衆に集まってもらったのは他でもないよ。これから異形狩りについて話し合おうじゃないか!」


 啖呵を切る口枷君。


「俺勉強しながら聞いていい? ちょっとわからなかった所復習したいんだよね」


「あ、俺も」


 早速脱線する皆鴨恐山ツインズ。


「まあ、いいけどさ、いいけど耳は傾けててね。……柚木森さん。昨日はラファエルが説明してくれて、あの後この二人が異形を提出にいったじゃない? そこには管理人の羊坂ヨルヲって人がいるんだけど、どつやら僕達以外の人間が、ヨルヲさんに異形提出していたらしいんだよね」


「え……私達以外にも、戦士がいるって事?」


「そういう事だと思う……って目撃した二人が言えよな」


 ムスッと二人を見つめる口枷君。それに皆鴨君と恐山君が一切手を止めず視線も崩さず話し始める。


「そうそう、二人いたんだけど、確かあの制服はヴェル女の出だったな。あんなお嬢様も異形と戦ったりするんだな」


「私立ホワイトヴェール女学院。乳白色の品のある制服の女子高。柚月と俺は家がヴェル女の登校のルートに近いからたまに見る。確かあそこは文科系に長けてる学校だったはず。異形提出の際見かけた二人はどっちも派手髪だった」


「うーん、四大天使意外にも天使がいたんだねぇ」


 と、口枷君がほんのり言うと、皆鴨君がペンを止める。


「いや、それがあいつら、天使の存在の認知どころか、ヴィンテージアクセサリーすら持ってなかったんだ」


「え? どっかにしまってたとかじゃなくて?」


「ヒュータがさりげなく聞いたんだよ。そしたら何それ、みたいな。クスクスしながら帰ってったよ」


「じゃあ、何で異形を倒したんだろうね」


「さあ…………」


「「「「……………………」」」」


 ゾッッッ!! 一同手を止める。いや、まさかね。


「ま、まあ戦士が増えるのはこちら的には良い事じゃないかな。異形が減れば減る程私達の解放にも近づくし……。……えーヴェル女なんだ、女の子の友達欲しいなー」


 私は生まれてこの方女友達に恵まれてこなかった。だから相手の出身校も極まって、お嬢様、なんて愛らしい響き心地よかった。それだけではないが、やはり同じ異形と立ち向かう同士として、同性というだけで、積もる話もあるだろう。


「いや俺はあいつら好かんな。何か小馬鹿にしている感覚があった。特に金髪の方。黄緑の方はなんかすごかったけど」


「うん」


 皆鴨君と恐山君は物思いにふけってうつむく。なんだ、どうせ胸が大きいスタイル抜群とかだろう。あーやだやだこういう単純な男子は。


「次裏世界に行った時会えるかな。ね、柚木森さん。僕達その金髪ちゃんと黄緑ちゃんに会ったら話しかけない?」


「いいね、話しかけよう。友達になりたいな」


「「絶対仲良くなれるー!」」


「お気楽だな、まあそこはお二人で勝手にやってくれ。……ん? ヒュータどうした? 分からない問題でもあったか?」


 いつの間にかスマホをいじっている恐山君。恐山君のスマホは白で、何もはさんでいなかった。淡白で恐山君らしいと思えばそうなのかな。今日の服も白いし。


「……いや、最近見ているサイトがあって、丁度この時間に更新されるんだよ。知ってる? 電波サイトってやつ」


「「「で、電波サイトぉ……!?」」」


「恐山君って意外とアングラ趣味だよね……」


「なんかこいつ昔からその節があるとは思っていたが、まさか知らぬうちにこうもインターネットの深淵にいるとは……」


「怖い」


 恐山君は特に表情一つ変えず、画面を見せてきた。


「電波サイト『天使の濡れ場』?」


 嫌な名前だなぁ……。


「うん、天使の目撃情報や、架空の都市伝説、架空のゲームから架空の未来予想、架空エトセトラを取り扱っているなかなかコアなファンに隠れた人気を博す、電波サイトというにはいささか出来が良すぎるサイト」


「今日は何が更新されたの?」


「運営主の天使教黙示録さんの日記かな」


 名前が既に電波。


「実はこれが最近の生き甲斐になってたりもする」


「否定はしないけど、あんまりそういうのに呑まれ過ぎない様にね、恐山君、純粋っぽそうだから」


「そうだねー、恐山君は純粋だねー。少女漫画とかも大好きだからねー」


「えっ、そうなの?」


「そうそう、ヒュータは昔から少年漫画より少女漫画集めてた。堂々と少女雑誌買う恐山はある意味かっこいいぜ」


 ふぅん……恐山君にそんなピュアな一面が。その乙女らしさで今までの不可解な行動(主に保健室のあれこれ)に合点がいった訳ではないが、恐怖に気持ちがやわらいだりなどはしなかったが、まあ、恐山君って顔だけじゃなく内面も繊細で綺麗な人なんだな、と思う。少年漫画好きが繊細で綺麗じゃないとかそういう事では決してない。


 ただの勘。ただのギャップ。ただの憶測。


 でも恐山君って、やっぱり何考えてるのか分からないなあ。


────と、この時私達はまだ知らなかった。


 恐山君のハマっている電波サイトをキッカケに大きな事態に動く事、そして、私達が今現在裏世界にいるという事も。全く、気づいていなかった。

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