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第4話

「はッ!!」


 私は目が覚めた、しかし視界は真っ暗。何か目に生暖かいものが被さっている感覚がある。私はそれをすぐに濡れタオルだと察知し、それを持って枕脇に落とす。


「びっしょびしょ……誰がこんな事を」


「おはよう、柚木森さん」


「っ…………!」


 そこにいたのは恐山君で、足組して頬杖をついていた。この子の元々の顔質なのかは知らないが、下から見上げる目は何やら私を見下している、あるいは観察している様に思える。


「柚木森さんずっと目を開いて怖かったから、暖かいタオルで隠して置いたよ。目はもう大丈夫そうだね」


「えっ、運んでくれたんだ、ありがとう……」


 ひ弱な私からしたら恐山君の存在そのものの方が恐怖に値するが、ここまで私を運んでくれたのだから、恐らく一回しか絞られていない濡れタオルの事を聞くのは何かしら恐怖事に繋がりそうで私にはできなかった。


「ん……ネックレスがない」


「ネックレス? ああ、これのこと?」


 恐山君はぷらん、とネックレスを見せつける。


「! それ、拾ってくれたの?」


「うん、返してほしい?」


「そりゃあ……返してよ」


 恐山君は「じゃあ」とまた息を吸う。


「い、言っとくけど、私もう三人に関わる気満々だから。今更またあの条件を出したって遅い────」


「俺に看病させて、柚木森さんの事」


 へ? 普通に嫌だ……。


「その間、俺に何を聞いてもいい。聞きにくい事でも、何でも」


「でも私元気だし」


「足」


「?」


「怪我してたから脱がせた」


「!」


 私は布団をめくる。


 ほんとだ、そういえば柵に登った時、何か刺さって痛かったんだよな。あと、赤くなってるところがあるけれど……そうだな、これくらいの世話自分でどうにかできるが、聞きたい事は山程あるから、受け入れよう。


「……じゃあ、お願い致します」


 それから恐山君は、乾いてるタオルで、私の顔を優しく拭いてくれた。


「質問、どうぞ」


「ええっと、まず三人は幼な────っ!」


 あっぶな。幼なじみなのか聞く所だった。だって恐山君は私が何故知ってるのか知らないし、ヴィンテージアクセサリーが喋る事すらおろかだよ。


「?」


「三人って仲良いの?」


「うん。俺と柚月が家近くて、異形狩り初めてから口枷と出会って、中学からずっと一緒」


「ソウナンダー……」


 知ってる情報だ。まあ、分かってて質問しちゃってた節あるし、あの記憶が嘘じゃないって確信も貰えたし、いいか。うわっ、冷えピタ貼ってくれるんだ。


「あ、恐山君って薙刀部だったよね。どれくらい強いの?」


「そんなには。二、三番手くらいかな」


「え、一番の腕だったんじゃないの?」


「一番だったのは最初だけ」


「……あの薙刀風ビニール傘の武器、留めるのが不恰好だったけど……あえて?」


「……傘、畳むの下手なんだ、俺。だから雨の日は憂鬱。女子とかあんまり話さない男子に傘置きで遭遇すると、傷つくし」


 恐山君でも、そういう部分があるんだなんて綻んだりはできないけど、それはちょっとかわいそう。不器用さんだったんだね。傘の畳み方今度教えてあげよう……。というかさっきから全然恐山君の事しか聞けてない。理由はあるけど。


「無粋だけど俺からも一個だけ質問良い?」


「勿論、どうぞ……」


 恐山君が濡れタオルを私の右足に巻き、優しく拭いてくれた。本来だったらこういうの心地良いんだろうけど、相手が相手なだけあって震える。


「いつから気づいてた? 俺が柚木森さんの靴に仕掛けをしていた事」


「ひゅ」


 ああ……、まあバレて当然だったよね、こんなに怯えてちゃ。


「口枷君と今日朝話してて、裏世界に来てから、なんか、フィーリング。勘的な感じです」


「たまに敬語になるから、俺も気づいてた。敬語ウザイからやめていいよ」


 ひぃ。


「言い訳じゃないけどさ……」


 と、いつの間にか両方の足拭き終わったのか、恐山君は、すぐ側に用意されていた救急箱から包帯を取り出す。それを手際よく、雑だけど巻いてくれた。


「言い訳じゃないけど、やってたのは俺だけど、指示したのは、そうさせたのは、俺じゃないっていうか……」


「え……」


「確かに柚木森さんは気に喰わない部分もあるけど」


 あるんかい。


「わざわざ手間をかける程俺はもう興味ない」


 それはそれで傷つくけど。


「けど、ごめん。謝って済む様な問題じゃない事くらい分かるけど」


「いいよ、別に」


「え?」


「許します。許しました。本人からそういう風に聞けて私はもう気にする理由がないからね。だからこの話は終わり」


 正直恐山君に対する恐怖は、他にもあるんだけど、この件に関しては許す事にした。なんか今だからかもしれないけど、怒る気になれないのだ。


「柚木森さんって、優しいんだね」


「そうかな」


「あ、親指血が出てる」


「え、どうしよ」


 特に痛みはなかったが、慌てて視線をあえて見なかった触られている方の足に向けると、ザクロ粒の様な赤い丸が、親指から出ていた。


「止血してもらっても……ひっ!?」


────恐山君はそれを舐めた。そう、私の足を掴み親指の血を舐めたのだ。そして恐山君は己の舌で圧迫し、止血もどきをした。


 そして、その強まる舌の体温と、極めつけにまたよく分からない下から目線で、私を見つめた。


 これは、そう。


「ぎ」


 雄叫び案件である。


「ぎゃああああああああああ!!」


 保健室中に響き渡る私の叫び声と同時に、両側のベッドのカーテンが勢いよく音を立てて開く。


「っ…………!! (ずっと起きてた)」


 汗を垂らした口枷君と。


「っ…………!? (今起きた)」


 目覚めの悪そうな皆鴨君。


「おっ……、おっ恐山ああぁあ!!」


 引き剥がされる恐山君。


「いや」


「いやいやここは保健室ですよ!? ここは公共の施設ですよ!? 何してた今まで何やってた恐山何でそんな事してたんだコラァッーーーー!!」


 ぶんぶん揺らされる恐山君よりも、その状況プラスぐったりする私を見て混乱している皆鴨君。


「え何!? また異形でた!? え!? 何で!? 何で柚木森さん死んでるの!? 死んだ!?」


「死んでない」


 私は声を絞り出す。……良かった、なんだ、二人共両脇にいたんじゃん……。恐山君がそれを隠していた(単に口下手なだけかもしれないが)っていうのがなんなら一番怖いんだけど。足の件もかなり怖かったけど。


「────恐山ァアァアアアアアァア!!!!」



◆◆◆◆◆



 話題は休憩して、私は恐山君からヴィンテージネックレスを無事返してもらい、無事恐山君のみ床に正座させる事に成功(口枷君のおかげ)し、一息ついていた頃だ。結局聞きたい肝心な事は何一つ聞けなかったや。


「じゃあつまり、三人のヴィンテージネックレスも喋るんだ?」


「そ、僕の天使のヴィンテージアクセサリーはウリエル君、じゃーん」


 口枷君のはまた違った天使が描かれたブローチ。


「俺はラファエルさん」


 皆鴨君のブローチも。


「ガブリエル……」


 恐山君のブローチも。


「え、えっと、私のネックレスは何て言う子なんだろう、女の子の声がしたけど……」


『……ミカエル』


 喋った! 人前だと自信がないのかな?


「やっぱり四大天使の名前だね、喧嘩してるんだっけ?」


 すると口枷君のブローチ、ウリエルさんが地味に動く。


『はい、私はそのつもりは全くないのですが、この姿になってから、まあ疎遠というか、この姿になる前も、少々、問題事は多かったのですが……』


『それを喧嘩と言うんだよっ、ウリエル!』


『ミカエル! ずっと会えなくて寂しい思いをさせたね。ごめんね、こんな姿になってしまって』


『それはこっちもだから……いいの』


「何やら話始めちゃってる所悪いけど、柚木森さんにここ、裏世界や異形の説明をしたいんだけどー……」

『それなら私からします……コホン』


 と、皆鴨君のブローチ、ラファエルさんから優しい声がする。ガブリエルさんは何も反応しない。


『そもそもこの裏世界は父なる神によって、第二の実験楽園として作られたのです。第二の天国ですよ。……不幸にも自殺した人間や、生まれるはずだった生命達の集う裏の楽園。その管理に私達四大天使が選ばれたのです』


 人生のやり直しは天国で的な……?


『ですが、計画は早くも失敗しました。そこに住んでいた魂達が暴走したのです。我々の管理不足で……。その魂達が我々の呼ぶ異形という存在と化し、現実世界とリンクし、現実世界での人類のトラウマや、魂達の救われなかった心の内や境遇が異形となって、この裏世界で不定期に現れるのです。普段は隠れているのですが』


 だから、あの時はロックフラワーの頭部から口枷君が出てきたのか……。


『我々は罰として父なる神によってヴィンテージアクセサリーに姿を変えられてしまいましたが、父なる神と対なる神のモア様によって『異形と立ち向かい浄化する戦士』を『導く』力をお与えになられたのです。それがこの三人でした……ミカエルは、戦士を見つけるのが随分遅れていましたね……それはともかく、えっと、貴方は……』


「柚木森です。柚木森叶」


『柚木森さん……。何かここまで質問等はありますか?』


 先生みたいな問いかけに、私は少し考えて、言った。


「父なる神とか対なる神とか、そちらの事情は正直よく分かりませんけど…………異形は、どうしたら完全にいなくなるんでしょうか」


 この質問をした時、男子三人はもうそんなの何回も聞いたという様な表情を浮かべていた。それで次来る台詞もなんとなく察せてしまった。


『残念ながら裏世界にあとどれ程の異形がいるのかは分かりません。ただ、異形の中にいる元凶……人間の形をした元凶の首を切り落とし、管理人に提出する事で、裏世界は少しずつ救済されるのです。昔はもっと酷い光景でしたから、三人が来てから、随分地球と似て非なる世界になりました……けど誤解しないでください。裏世界から異形を全て浄化したら、貴方達戦士は解放され、裏世界の記憶も削除させていただきます。だからどうか、あと少し我々と戦っていただきたい、ただ、傲慢にもそれだけなのです』


 その場が静まる。私もなんとなくは理解したつもりだし、なんなら何かしら長くなる話や複雑な部分は濁していると認識できたし、多分闇だらけの戦士活動なのだ。それに私は足を踏み入れた。


 分かってる、大丈夫。私はあれからまだちゃんと話せていない口枷君と話す、関わる事が目的なのだから。そちらに言いにくい事情があるのなら、こちらにだって諸事情はある。とりあえず今の所はお互い様々という事だ。


「はい、理解できました。理解するしかありませんからね。そんな事より、異形の元凶の首を提出、とか言っていたけど、それってこの中の誰かがもう提出してたりする?」


「ああ、それなら俺が回収して来た」


 と、ここで恐山君が後ろにあった段ボールを前へ持ってきた。この人、凄いんだけど、凄く怖い。


「ったく、三人担ぎあげて保健室で看病して、更に異形を運んでくるのはかなりきつかったぜ。今回ばかりは感謝してほしいよ」


「ありがとう! でも君が顔に被せたタオルびちょびちょだったからね!」


「それは私も」


「やめてやれ、ヒュータは昔から雑巾の類いを絞るのが下手なんだ。雨の日の傘見れば分かるだろ」


「でも! 恐山君学習しないじゃん! この前だって」


『ストッーープ、です』


 と、口枷君の所有するウリエルさん。


『貴方達が言い争ってどうするんですか。ずっと裏世界にいたらまた異形が現れるかもしれませんし、早い所異形を提出し、元の世界へ帰りましょう』


「えーっと、戦士として覚醒した柚木森さんはこれから僕達の仲間って事になると思うけどー……柚木森さんは」


「大丈夫だよ」


 即答した。即答したかった。


「私は三人に、口枷君に関わる気満々だから。勘違いしないでよね。お遊び気分で言ってるのではなくて、ここで逃げるのも違うし、何より私が三人の戦力になりたいだけなんだからね」


 我ながら素直にいかないのはちょっと訳がある。やはり口枷君と二人きりでなくては話せないあれこれもあるし、今ここで私が記憶世界へ入った事をバラすとより厄介になるからだ。


「…………?」


「…………あー、じゃあヒュータと俺で異形を提出してくるから、悪いが口枷と柚木森さんは先に帰っててくれ。積もる話もあるだろうし」


 何か悟られたのか、でも気遣ってくれるあたり、皆鴨君はただの教師いびり野郎ではないのだろう。


 皆鴨君は段ボールを持っている恐山君の首に腕を回し、そのままどこかへと雑談しながら去っていった。


 それからウリエルさんとミカエルは全く喋らなかった。私と口枷君保健室から外へ出て、人通りの少なそうな場所へ辿りついた。


「口枷君」


「何、かな」


「私、見たんだ。ミカエルの力で、口枷君のほんの一部の過去や気持ちを覗いたの。私正直口枷君をあなどってたの。でも実際はもっと難しくて口枷君は勿論三人はすごく大変で、私の悩みなんてほんとちっぽけで────」


「ごめんなさい」


「……!」


 最初は目を見開いていた口枷君は深く頭を下げて、謝った。


「気絶してからだけど、柚木森さんが近くにいる様な感覚はあったから、そのミカエルの力は信じるし、別にデリケートな部分に勝手に入られたとかおもわない。けどそれ以前に、僕は一年の三学期から、柚木森さんを半ば拒絶……冷たく接する様になっていた。最低な傍観者気取ってね。だからこんな僕の過去を覗いたくらいで、僕の事可哀想だとか思わなくていいし、気にする必要なんてない」


「気にするよ」


「いいんだ。僕は今はただ、柚木森さんに謝りたい、なんなら、また前みたいに話せばいいなって、思ってしまっている」


「…………」


「僕は怖かった。柚木森さんと深く関わる事で、またあんな風になるんじゃないかって、また滅茶苦茶に終わるんじゃないかって。こんなの言い訳だよね。だってSOSにすら気づけなかったんだから。でも本当にそうだったから。ねえ、柚木森さん」


 口枷君は顔を上げた。


「もう見て見ぬフリはしない。だから、また僕と友達になってくれないかな。今度はさ、柚木森さんと、一緒に教室で話したり、したいな……」


 私は大きな誤解をしていたみたいだ。彼は私に比べたら、圧倒的に素直で良い子だった。確かに口枷君の拒絶によってえぐられた傷はあったが、こんなにも涙袋を赤らめて、震えながらでも言ってくれる彼を、誰が拒絶するのか。私にはできない。しない。したくない。だってまた、口枷君と話したいんですもの。


「口枷君、仲直りしよう」


「……!」


「私確かに寂しかったけどさ、私も、口枷君にひどい態度とっちゃてたかもしれないから……」


「ううん、そんなことないよ!」


「じゃあ、仲直りの握手しようよ」


「うん……! する」


 私は左手を手を差し出す。口枷君は鼻をすすって、少し震えた右手を差し出す。


 私と口枷君の手は、握手をして、お互いそれを見て、お互いの顔を見合った。


「口枷君、これからまたどうかよろしくね」


 私は小さく微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくね、柚木森さん」


 口枷君は目を潤わせ、笑った。


 こうして私達は、異形と立ち向かい浄化する戦士として、そして何より友達として、またゼロからスタートするのであった。この時は友情だった。多分これからもそんな気がする。たとえ大人になっても、今日の日は決して忘れない。そんな金曜日。

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