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第3話 (前半のみ口枷視点)

「口枷! 戻ったぞ! 今行く!」


「恐山君! 来ちゃ駄目だ! 痛覚が柚月と共有している!」


 何故か戻ってきた恐山君にそう叫び、僕は白目を向いて涎を垂らし気絶している柚月を抱えて逃げていた。クソッ、なんで今回はこんなに上手くいかないんだ……! ……別に、いつも上手くいっている訳じゃないのだけれど。


「どういう事だ!」


「多分目を合わせてしまうと痛覚が共有されるみたいなんだ!」


「目を合わせなければいいんだろ!?」


「違……ちょ、恐山君!? ……!!」


 恐山君は走って校舎を飛び越え、壁を走り、薙刀風ビニール傘を後ろ姿の蛇の異形に向けて刺そうとした。


「今さっき僕が目を……!」


 目を合わせたから、という頃には遅く。ビニール傘は深く異形の後ろ首にめり込み、傷がつく。


 痛覚をまだ地味に共有していた僕は「がっっ! あ、ぁあ、あ……」と柚月ごと地面に倒れてしまう。僕は、気絶、して、しま……う。ああ、今日の異形は厄介だ…………。



◆◆◆◆◆



 過去を振り返ってみると、僕はあまり内向的ではなかったと思う。かといって外交的というのも違うと思う。小学生になった時から、何かおかしい事に気づいた。自分の個性が通用しなくなったんだ。早くも、人生の挫折を味わった。


『学校のボール何個まで使ってドッジできるかやってみようよ!』


 その方が楽しいと思った。運動神経に自信があったから。


『口枷君、いい加減どっちが好きなの?』


『僕、皆好きだから……』


 容姿には困らなかったけど、関係が変わるのが怖かった。守りたかったんだよね、自分を。


『もういいよ、行こう』


『なんか口枷君って勉強はできるけど自分がないよね』


 空っぽだと遠回しに言われた様な気がした。けれどそれは事実だった。


『口枷君の絵、独特で素敵ね、先生好きよ』


 空は灰色が好きだった。そこから光が差し込むのはもっと好きだった。多分、文武両道だったと思う。周りの目など気にせず成功や自身の絵の成長を喜んだ。


 小学校に上がった頃から、自分の破天荒さと自由っぷりに、そして周りへ特に気の使わない謙虚のない僕のスペックへの嫌気が差すクラスメイト達が、やがて大人しくなる僕を面白がる悪魔達が、全てを刺激してきた。


 廊下に飾られる絵の中から、僕の絵だけ飾られていなかった事。先生に聞いたら、誰かが誤って乾燥棚の絵を何枚か押し潰してしまったらしい。そこには雪下という告白してきたうちの一人の女子生徒の絵も含まれていた。


 その日はもうどうでもよく、家に帰った。家には多少言葉が荒いが見放さない母親と、素朴で無口だが面白い遊びを教えてくれる父親がいた。けれどその日から僕はなんだか頭に靄がかかっていたというか、積み重なったとは思わないけれど、元々うまく隠れていた空っぽと靄が、段々自分の表面にまで満ちてくる感覚があったのだ。


 次の日、なんとなく察していた事が起きた。クラスの間で乾燥棚を押し潰した犯人が何故か僕という筋書きで、それだけで存在を無視、あるいは雑に扱われる様になった。そういう掃き溜め扱いが原因だったんだと思う。自分の中のモヤモヤがイライラに変わったのは。


 無視されるくらいなら、雑に扱われるくらいなら、目立って目立って悪目立ちして、逆にクラスの皆を掃き溜めにしてやろうと思った。


 復讐だったのかな、あれ。


 僕はまずは優位に立ったつもりでへらへらしている雪下が許せなくて、図工の時間、新しく描いた絵を目の前で破ってやった。あの時のラブレターを破く様な感覚に、僕はしてやったぞという気持ちになった。


 というか、その後全員の絵を破るつもりだった。


 けれどその前に先生に見つかっちゃって、それからは、まあちょっと苦しくなっちゃって。


 つまるところ皆の言う通り僕はいわゆる予備軍で空っぽで破天荒なゴミ枷だったんだけれど、否定できないんだけれど、中学を境に、変わる事ができた。


 恐山君と柚月と同じ中学になれた事が大きく、何より父と母が離婚した事が大きかった。僕を引き受けると決めた母と共に、変わる事を決めた。そこは恐山君と柚月の住んでいる地域だったから、引っ越して正解だった。僕は表向きは謙虚で人間らしさのある普通の優等生として中学三年間を堪能した。


 色々あったけれど、中学はなんとか頑張れた。イライラはなかったし、どちからというと(もや)の方が強かったけれど。けれど僕は挫けなかった。恐山君と柚月の、二人の頭は僕よりではないけれど良く、瓶詰高校を受けると聞いて、僕は二人に喜んで合わせた。強くやりたい事も叶えたい夢もなかったし、瓶詰は文化系に長けていると聞いて、また絵が描けるかもと、そこに合格し、三人で入学した。


 入学式の日、恐山君と柚月とはクラスが離れてしまったけれど、ある人と出会った。


────柚木森叶さん。


 学校で唯一制服が中学のであろう黒ブレザーの女子。うちの学校は男子は学ランで、女子は紺のブレザーが昔からの伝統だった。最初は目立ちたがりなのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。女子から聞いたが、彼女の家はかなり荒れているらしく、高校の制服を買うお金がないらしい。よく入学できたな、と思った。


 その日の放課後、教室に忘れ物をして戻ると、生徒達は廊下や他に追い出され、どうやら柚木森さんの家族で面談していたらしく、僕はとてもその怒鳴り声にびっくりした。明らかに若い派手髪の父親。らしき人。そしてヒステリックを起こす母親。らしき人。


 ベクトルは違えど僕は柚木森さんに自分と似た匂いを感じた。何より、地獄絵図に動じず腕組をして瞑想している柚木森さんを、少しかっこいいと思ってしまっていた。


 固まり顔を見合って苦笑し、これはやばいと廊下から逃げる生徒達。僕もさすがにこのまま堂々と入る訳にも、この場にいる訳にもいかず、瞑想する柚木森さんを凝視していた。


 すると柚木森さんは視線に気づいたのか目を開けて、僕を見る。僕は慌てて指を差す。柚木森さんは自分を指差す。僕はそのまま左へと指を動かし、それに習った様に動かす柚木森さんの仕草は面白かった。


 柚木森さんは僕の鞄に気付き、立ち上がった。


 あの時の柚木森さん、なんていうか、すごく仲良くしたいって感じの柚木森さんだった。


 あんな状況で、環境で、不謹慎だったけれど。


 柚木森さんはバックを僕に返してくれて、申し訳なさそうに謝った。謝らなくていいのに。謝るのはむしろ、僕の方なのに。でも僕が柚木森さんの立場だったら、きっと同じ様に先に謝っていただろう。


 そんな柚木森さんが翌日からありもしない噂でからかわれ、徐々に危険因子にされているのを見て、僕は最悪の事態になる前に、そしてこれをやはり不謹慎ながらチャンスと捉えて話しかけた。席替えで僕が前で後ろが柚木森さんの前後だったし。


『ねえ、柚木森さん、僕と友達になってよ。僕達きっと、最高の友達になれると思うんだけど』


 柚木森さんは熟れた林檎の様なボルドーの髪を風で揺らし、赤いイチゴの瞳をまん丸にしてから、クスッと笑った。


『いいね、それ。友達なろっか』


 歪な僕達は、言葉にする事でしか友達の作り方を知らない。


『よろしく、口枷君』


『えへっ、よろしくね、柚木森さん』


 その日から僕はちょっと前向きに周りから嫌われ、柚木森さんはその日からクラスの興味対象から外れていたのだった。


 高校一年の三学期から、柚木森さんが本格的にハブられたり、何より彼女の靴にほぼ毎日仕掛けがされるまでは、うまくやれていたんだ。



◆◆◆◆◆



 私は目が覚めると保健室に立っていた。

 どっと疲れた。死ぬ程喰らった。けど、一つだけ足りない頭で分かった事がある。


 やっぱり私は周りが見えていなくて分かっていない。見ようとすらしなかった事。そして口枷君は確かに私と似ている。ジャンルは違えど、同じ所でお互いに罪悪感を抱いて。視点は違えど、同じ所で傷ついて。つまり私と口枷君は似て非なる存在なのだ。シンメトリーに見せかけたアシンメトリーの様に。


 あと、やっぱり口枷君は、素直じゃない。


 ひねくれちゃっている。気づいてないだろうけど。


 悪いのは彼じゃないけど、そうさせた環境も憎むべきだけど、許せないけど、この世界を生きてく以上、ある程度戦わなくちゃならない。向き合い考え考察し、己を解放しなくてはならないはず。


 あの時屋上で言っていた台詞は、口枷君のおまじないみたいなものなのかな。自分で自分を殺したあの日から、口枷君はああなったのかな。


 ……よし、決めた。異形を倒したら、口枷君の仲間に入れてもらおっと。私も一緒に、無理矢理三人の間に入って、懇願して、下女でもいいから物理的にも戦力にならせてもらおう。


 そして、いつしか本当の友達になろう。


『決意が決まったみたいだね。叶。それじゃあ早速だけれど……』


「うん。教えて、私に何が出来るのか」


『うん、まず、あの三人も私みたいなヴィンテージアクセサリーで武器を出すんだ。それは自分の中で心に残っているモノや記憶が武器となる。強い原動力になる。叶、想像して。貴方の記憶の中で最も心に残っているモノ。それは苦手なモノでも好きなモノでもいいよ』


「うん、やってみる」


 私はネックレスを両手の上に置いて、目を閉じて、頭をフル回転させて記憶のありかを探す。


 私はふとあの道具が思い浮かんだ。


 掃除の時間、いつだって私は雑巾係。高校に上がるまでは、当番表があったにも関わらず、だ。それはともかく、あの自在ホウキとかいう魅力的な掃除道具。


 使った事がない訳じゃないが、殆ど触った事がない。もしこの裏世界で許されるなら、それを使ってみたい。触ってみたい。けれど、そんなの武器になるの……?


 私は、それ一本で異形を倒せる? 後処理が出来る? いや、あのホウキ部分を活かせれば……。…………! そうだ! ん……?


「お、重い……」


『叶、目を開けて』


「ん……え…………」


『その鎌が叶の記憶から抽出し改造しできた武器。かなり頑丈だから、壊れる事は滅多にない』


 ヴィンテージネックレスだったそれは、死神の鎌を連想させる、自在ホウキのあの色ではなく真っ黒な色をした長い鎌になっていた。鎖がついている。


『さあ叶、外へ急いで!』


「分かってる!」


 私は保健室を飛び出て、外へ走った。この時私の頭の中には、クラシックの惑星組曲『木星』が流れていた。


 もう一つの外廊下へ出て、やはり変わった形の校舎だから、あの異形蛇はそう遠くへは行っていなかった。何やら人影が見えるが、あの足長は恐山君だろう。二人は何処へ? とにかく、走るのみだ。だが走ると距離がある。どうしたものか。


 私は記憶世界で見た幼い三人の身体能力を思い出す。もしかしたら今の私にも、備わっているんじゃないかと。


 私は勇気を持って足に力を入れ、助走をつけて走り──壁をつたって屋根を蹴って、更に屋上めがけて飛んだ。


「!? 柚木森さん……!?」


 屋上に煙を立て振動させ着陸した私は、確信する。

 この裏世界に置いて、私は死神たりうる存在だ。

 頭が高揚していて、上手く言えない。だから恐山君に、こう呟いた。


「恐山君、危ないからちょっとそこから離れてて」


「……!」


 恐山君はすんなり異形を傷つけるのを辞め、尻尾で吹き飛ばされるのを良い事に、軽々と地面へ着地した。


「!」


 異形がさっきから何かを探していると思ったら、あんな所で皆鴨君の下敷きになっている口枷君がいるじゃないか。私はまた助走をつける。今度は、シューズが落ちない様にと、爪先をコンコンと蹴ってから。


 私は鎌を構える。私の好きな詩を呟いて。


「────そうして私は、6月の死神となった」


 走る。走る。走る。そして柵を飛び越え、飛んだ。


「────ぐおらああああああああっ!!」


 その時無数の目を持つ赤い瞳の異形と、目が合っていた。私は、その全てを睨みつけていた。


────さあ、刈ってあげるよ。


 鎌は蛇の首をよく通り、スパン、と。あるいはスポーン、と。跳ねて空を飛んだ。


 私は地面にドスンと足をつけ着陸する。着いたのだ、決着が。さあ、後は中身を────。


「────っ、っか……!」


 私は急に首が熱を持ち、否、熱どころじゃない尋常な激痛が走り、恐らく不穏な顔をしながら、鎌を落とし膝から倒れた。まだ頑張れると思いながらも、顔を地面にぶつけて、主に首から走るとてつもない苦しみに溺れる。


 赤い血の雨が降った。


 異形の首からも、血が出るのだな。


 あの三人は……大丈夫だろうか。


 朦朧としてく意識の中、私は目を開けたまま気絶した。この時ばかりは、目に光なんて、宿してなかったと思う。


 私は闇に包まれる。

叶が戦士になるここまで読んでくださり誠にありがとうございます。引き続き異形標本の物語をお楽しみにしていただけると幸いです。

叶が床に倒れた後、異形の血の雨が降るシーンがありますが、異形の血はしばらくの間は蒸発しないので、さりげなく恐山君が薙刀風ビニール傘(武器のイメージ難しいですね…)を傘として差し、一人だけ雨をしのいでいたりします。

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