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第36話

 目が覚めると、冷たい学ランが私の体に被さってあった。口枷君が勝手にやって勝手にどこかへ行ってしまったのだろう。


 ブレザーのポケットから手鏡を出して顔を見ると、酷い。顔と首とシャツが血塗れだし、何より乾燥してるから取れない。


 口枷君、分かるよ。分かってる。


 言いたい事も、ぶつけたい事も。


 でも私はこうやって長らくの間生きてしまったし、それでも別に苦し過ぎてゲロっちゃう事なんてなかった。なんか、平気なんだよ。


 だから大丈夫とは言えないし言わないけど、口枷君だけの想いが簡単に通るだなんて、思わないでよね。


 私は立ち上がり、フラフラしながらも下の階層へと歩く事にした。口枷君に、ちゃんと答えなきゃ。


『ゆーぎもーりサン』


「──!」


 私のチョーカーから雑音と共に声がした。それは、今朝(正直今が何時なのかとか分からない)ニールさんのチョーカーからした声と同じ、岩倉チェインさんの声だった。


『随分可哀想な施しを受けたじゃないか。重く同情するよ。彼氏がメンヘラ気質だと大変だね?』


「岩倉さん、貴方に聞きたい事が、山程ある」


『構わないよ。一個だけならね。僕は口が固いんだ』


「けほっ」


 下へ降りつつも、咳が出る。それでも構わず階段を降りて、階層を攻略しながら、降りていった。


 異形を倒したり、パズルゲームの様な事を試みたり、色々だ。満身創痍になりながら、私は山程聞きたい事の中から一つだけ聞きたい事を選んだ。


「岩倉さん、貴方はどうして学校に来なくなったの?」


『……長い事フロアを攻略しながら考えた質問がそれか。全く、偽善者アピールが痛々しいよ』


「勘違いしないでよね、別に、登校拒否の同級生に歩み寄って同情かけようって話じゃないからさ」


 私はボロボロの成りで、準備運動をしながらそう言った。


『…………登校しなくなったのは、普通に学校が嫌いだったからだよ。あいや、学校は好きだな。人間が嫌いなんだ。ボク。家には暴力的な父がいて、いても家の方が幸せで、長い事兄の帰還を待っている。まるで、その方がずっと効率的に幸せになれるかの様に』


「……ポロポロ話してくれてありがとう。まるでずっと話し相手が欲しかったみたいに。思ってたより貴方の事知れそうで嬉しいよ。それじゃあ、そっち行くから」


『ああ、ずっと待っていたさ。君のお友達と共に』


 そこで音声がプツンと途切れる。


 私は目の前の一階と印された札のある豪華絢爛な扉を触る。両腕で、前開にして前へ足を踏み入れる。


 そこには、恐山君、皆鴨君、ニールさん、乙坂さん、そして口枷君と岩倉さんがいた。


「お待たせ」


 皆も皆でボロボロだったが、血塗れの私が一番酷い見た目らしく、皆目を丸くしていた。口枷君以外。


「柚木森さん……あの」


「口枷君、別に怒ってないと言えば嘘になるけど、今ここで痴話喧嘩晒すつもりないよ。ただ、今はやるべき事やろう」


 多分今の会話の片鱗のどこかを辿って、他の皆は口枷業火がこんな風にしたのか、おっかねぇー。と思ってる可能性は否めない。


 メガホンを持った岩倉さんは、この真っ白な空間で集まった生き残りメンバー達をどうするのだろう。


 願いが叶えられるのは、一人だけだし。


 まさかここからが本番だ、殺し合えだなんて言わないでよね?


「君達の活躍を見ていたが、なかなかやるじゃないか。即リタイアしたメンバーや引き分けリタイアした二人組もいたが、ここまで来るのに相当の精神を使わせてしまったみたいだね」


 だから、何が言いたいんだろう。イライラする。


「最終決着は、何がいいだろうか」


 決めてないんかーい。


「あっ、それなら俺に提案がある」


 と、手を上げたのは恐山君。ポケットからカードを出した。


「黄食からさりげなく奪ってきたカードなんだけど、好きなバトル項目と報酬を設定できるってやつ。これになるべく安全なの提案してかないか?」


「フム、それなら僕ら轟沙汰からは報酬に全員の脳内の安全の保証を求める。勿論、リタイアしてった人間にも、だ」


 ニールさんは片目を閉じて顎を触る。それに続いて乙坂さんが半笑いしながら同意する。


「なんかワガママですけど、そうですね。それが一番ですね。どうせ一人になるんですし対戦の方法は瓶詰の方々にお任せしますよ」


 皆鴨君がポケットからスマホを取り出す。


「六人でできるゲーム……ボドゲなら沢山あるが、地味だな」


「最後くらい良い気持ちで戦いたいよね」


「口枷、なんかあるんじゃないのか?」


 私達は楽観的主義者の口枷君に委ねる様に、微笑みかけた。


「えっ、僕!? んー、じゃ、じゃあ僭越ながら」


 コホン、と咳払いをする素振りをして、笑顔で答えた。


「────安心安全バトルロワイヤル!!」


 まるで、夏休みにかるて経由で皆で読み回した漫画に影響でもされたかの様に、口枷と私達四人は笑った。唖然とするも、すぐに準備運動をする轟沙汰の素直な二人にも、助けられた。ちなみにその漫画のタイトルは『エニグマ交響曲』という誰も死なないバトル漫画。


 登場人物にはお守り石と呼ばれる心臓の代わりの石があって、武器や攻撃がお守り石に当たった、砕けた時点で失格となる。その漫画内では異能学園バトルロワイヤル漫画として成り立っている。


「ふん、生憎その漫画は轟沙汰の図書館でも人気でな。ルールは我々も分かっている。ただ、念の為にそのカードの要項に全員の体力強化バフを頼むのだ」


「いいよ! それじゃあ、恐山君、カードに記入してね!」


「ああ──書けたぞ、それじゃあ岩倉サン、離れて好きにくつろいでてよ」


 少しして恐山君がそう答える。恐山君がカードを設定したらすぐ、私達の体のどこかしらに、お守り石らしき宝石がブローチの如く飾られている。


「それじゃあ! 対戦よろしくねぇー!!」


 口枷君はそう言ってジャンプした。


 全員が武器を召還し、構える。初めてさんの武器は当たり前ながら見てしまうが、どうやらニールさんはレイピアで、乙坂さんはホースらしい。ホースでどう戦うんだろうか。


「──戦闘開始」


「!」


 岩倉さんがそう合図すると同時に、何やら苛ついた顔でタイマー設定をした様子。どうやら計算違いの展開に嫌気が差したらしい。


「純夜! 私が先陣を!」


「はい!」


 おいおい、そっちはそっちで共闘展開かよ、なんて驚く頃には、恐山君と皆鴨君が立ち向かった。恐山君はニールさんを薙刀風ビニール傘で、皆鴨君は乙坂さんのホースから出る水を定規盾で防ぎつつ。真面目に攻撃を交わしていた。


「柚木森さん」


「!」


 いけない、一応敵対しているのだった、と一瞬思って振り返ると、そんな必要がないんだと分からされる笑顔で、答えてくれた。


「僕達も混ざろう」


「い、いいの!?」


「いいでしょ! こんな茶番劇なんてさ! それとさ……」


 口枷君は私のおでこをコツンとグーで優しく叩き、矛盾している言葉を言った。


「酷い事して、本当にごめんね」


「いいよ、気にしてない」


「それと──たまには、甘えてね」


 そんな、今まで見せた事のない包容の眼差しと、光に照らされたかの様な道しるべを私に作って。


 そうだね、口枷君がそう言ってくれるのなら、甘えてみるのもいいのかもしれないね。私はこれから、少しの不安とドキドキを抱えて、貴方を背もたれにしてみる事にするよ。


「……肝に銘じます」


 そして私と口枷君は全身を使って華麗に戦う四人に横入りした


「なっ! 見て分からんのか!」


「邪魔だ口枷!」


 私達二人はそれぞれ怒られてしまうが、それぞれ手当たり次第目の前にいた人に戦闘体制になる。踊る様に戦う私達は、岩倉さんにどう写っていたのか、少し疎外感を感じさせてしまってないか、また考えてしまう。


 流れゆくまま鎌を降って、行き着いた先に恐山君がいた。


 私達はふと目を丸くして、笑い合う。


「あんましついてないな」


「こっちだって!」


 恐山君は薙刀風ビニール傘を私の胸についたブレザーめがけて突き刺そうとする。私は寸前でさらりと交わして、恐山君の背中を取る。やっぱり、彼は前は塞がってるし、背中についてないとフェアじゃない。私は彼の背中のお守り石を鎌で刈った。そのお守り石は黄色い煌めきと共に砕け、恐山君が足から消えていく。


「柚木森さん、口枷を、口枷業火を頼むよ」


「え?」


「何でもない。ただ──ずっと前から好きだったよ、柚木森さん」


「!」


「また皆で待ってるから」


「……恐山君、ありがとう」


 恐山君は困った様な笑顔で退場した。


 それに続いて、あちらで何やら相討ちがあった模様。


「げっ!」


「あわっ……!」


 ターコイズ色のお守り石が水滴で当たったのか、壊される皆鴨君と、緑のお守り石に定規が突き刺さった乙坂さん。


「ニ、ニールさん……すみません。退場します」


「阿呆。そんなありきたりな退場あってたまるか」


「いやいや! 退場にケチつけられても!」


「また、むやみやたらにに夢物語を語ろうな」


「! ……そうですね、できる事なら、現実に」


 目を瞑り黙って退場する皆鴨君。


 疲れたぁーっと座り込み退場する乙坂さん。


「さあ、来たらどうだ瓶詰高校のお二人」


 私と口枷君、そしてニールさんは向かい合い、剣と包丁と鎌を交わした。


────結論から言うと、口枷君が万年包丁でレイピアを真っ二つにし、それでも真っ向から向かってくるニールさんと互角になりながらも、胸の白い宝石を散らす様に砕いた。


「知っていたよ、こうなる事、だが、恨み言も世迷言も、何一つないのだ」


「ニールさん、この戦いが終わったら、轟沙汰の皆さんも含めて、親睦会を開きたい。勿論、全員で」


 ニールさんは今まで見せなかった高貴とは真逆の、あどけない少女の様な笑顔でニッカリ笑って示した。


「──にっ!」


 そこで初めて私は彼が彼女である事に気づかされたのだった。なんて、それだけなんだけど。


 さあ、後は口枷君。容赦しないよ。


「────ストップ」


 と、言ったのは口枷君。椅子に座る岩倉さんと戦う準備をしていた私は意外な顔をする。


「僕はここで降りる」


「……いいの」


「最後に柚木森さんと残れたらそれで十分だったんだ。それに、僕と柚木森さんのどちらかが残っても、願う答えに差程違いはないからね」


「じゃあ、その」


「ん!」


 口枷君は両腕を伸ばし消えかけた足を見て、早く早くと腕を動かす。


 私は岩倉さんの様子を伺い、岩倉さんがどーぞと手で呆れながら動かしてくれるもんだから、もたれかける様に、飛び付く様に口枷君にハグをした。


 口枷君は私を抱き返して、少しの間、暖かい気持ちになった。


────知らなかったな。人に甘えるって、こんなに気持ち良いんだ。


 それは長く感じた。


 どの体温よりも貴重で夢見心地の、今まで知らなかった私だけの体温。


「柚木森さん────愛してるからね」


 注意する様に言う口枷君は、私の髪の毛を撫でながらぎゅっと額を当てて、消えてしまった。


 血塗れの私が残る。


 岩倉さんは椅子から立ち上がり、ストップウォッチを止めて捨てる様に床に落として、こちらへ歩いてくる。


「なかなか良い演目だったんじゃないかな。どうかな、今の感想は」


「感想って問われると答えなきゃって思うのが私ですが、なんでしょうね。今は切り替えたので、もう惚気る事ないです」


「そうかい」


 それじゃ……と、メガホンを渡される。


「願ってみなよ。このボクに。演目の終わりに一個デカいやつ、ぶっぱなしてみろよ」


 私は軽く短く深呼吸をして、こう言った。


「『この世界から天国がなくなります様に』」


「────あ?」


「これで終わりだよ。この演目も、この物語も」


「おい、なんのつもりだ?」


「天国がなければ、異形もいなくなるし、神様の居場所も、天使の存在も、戦う理由もなくなる。裏世界ではね」


「は? あ? え? いや、待ってくれよ柚木森さん。確かに天国がなければ結論として異形はいなくなる。でも! 仮に! そうだとしても! 死んだ魂は地獄行きになるぞ!? 何よりどうしてそう結論付けた! ボクの存在を無かった事にすれば、殺しでもすれば、根本的には完璧に解決できるんだぞ!?」


 流暢に取り乱す岩倉さんの台詞のおかげで、私はまた達観する。


「じゃあ、もし元の世界に戻って何か変な事起きたらさ、私をこの階層に残した責任として、岩倉さんが一緒に戦ってよ。私達と一緒に」


「バッッ、そういう話の規模じゃなくて! いやでもそういう規模なのか!? とにかく、柚木森さん、ああああもう!!」


「そんなに取り乱すって事は、何か不都合でもあるの?」


「あるに決まってんだろがウスノロ!! こっちは神様本人と契約してんだぞ!?」


 それは初耳だった。だからなんでもありな立ち位置だったのか。


「ボクは裏世界の異形がいなくなったら、神様の一員になる予定だった。それも、天国のね!」


「じゃあそこに集中していれば良かったのに、私達をゲームに呼んだのは、何故?」


「っ、許せなかったんだよ……。こんなクソみたいな日常を強いられてるのは同じなのに、幸せそうで毎日笑う事に事欠かないお前らの事が!! ボクは嫌われ者でいい。悪役でいい。神様の操り人形でもだ!! でも、今生きてるこの大地で、自分だけ苦しむなんてもう嫌なんだよ!!」


 声を、振り絞って、顔をぐちゃぐちゃに歪めながらそう叫んだ。


 ありがとう、本当の事を言ってくれて。


「岩倉さん。帰ったら、うちにおいでよ」


「はぁっ……!?」


「うち狭いけど、生活に困る程じゃないから、家出しちゃいなよ。なんかほら、家出を放置すると保護者が裁かれるみたいな法律なかったっけ」


「は、はぁ!?」


「うちにいる間、皆で考えて、皆で岩倉を保護する。それで許してくれないかな。私達、少なくとも私は岩倉さんの事、嫌いじゃないんだ」


「世迷言を、恥ずかしげもなくべらべらとっ……!」


「とりあえず、寄っ掛かってみてほしい。騙されたと思って。皆、すごく信頼できるよ。勿論私も、力になる」


 岩倉さんの手を取る。


「柚木森叶……。ボクは嫌われ者だぞ? 兄に見捨てられた惨めな愚物だぞ?」


「だからどーした。じゃあ幸せになろうよ。人の事言えないけど、いい加減にさ」


「何を……」


 私は岩倉さんの泣きそうな、怒りも籠った顔を真っ直ぐ見て、確信し、抱き締めた。


「一緒に逃げよう」


「っ……! っ……結局こうだ。パワープレイもいいところだ! ありがとう! 感激したよ! 精々何が起こるか分からない世界に戻って、誰からも許されもしないボクは、柚木森さんの生活の半分を邪魔させてもらうよ!! ああ!! ごめんなさい!!」


 もう感情がパンクしていて無茶苦茶な台詞だった。


 それでも私は、嬉しかった。


 私達を頼る事を選んでくれた事も。素直さも。愚直さも。何もかも。


 そうだね。それでも世界は美しいのかもね。


「帰ろう、岩倉さん」


「……うん」


 私達は抱き締め合いながら、傷を舐め合う様に固まり、消えてった。脳内世界から。そして、天国のない、異形のいないかもしれない世界へと、馬鹿ばっかりだけど、場数を踏んで積み上げていく未来への祈りと不安を重ねて、元の世界へと帰るのだった。

※4月26日 後半改稿しました。改稿前の『しりとりダンスバトル』は、私の大好きな漫画『暗号学園のいろは』に影響を受けすぎていた為にできあがったものであって、今思うとアウトだよと思い、改稿した次第です。

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