第35話 (三人称視点)
「あーなんか、上の階層に戻るのめちゃ体力使うし、なんか悪い事してる気分でなんか清々しいー」
かるてが禅歌の手を取りながら非常口の階段を急ぎ足で上っていく。二人はこの難解な脳内ダンジョンをただひたすら逆走していた。油芽のいる六百六十六階に行く為に。
「でも戻る時に関しては非常口使えるっぽいから、悪い事ではないんじゃないー? それにこういう科学的には証明できない仕掛けがあるあたり、脳内世界って感じー」
「ですねぇ。ところで……、茶々柱油芽さんってどんな人なんですか? 私会った事ないんですけど……」
かるては相手が先輩という立場である事に意識し始めたのか、敬語になる。対する禅歌は、あ、そうかとまるで知らなかったかの様に思いつき、かるてに説明を施した。
「まず油芽様はね、滅茶苦茶ナウい感じの茶道家の息子さん。一人息子って事になってるけど、実は弟さんいるらしいんだよねー。その子とは一緒に暮らしてないけど。んで、どんな人かって省略すると」
禅歌は虚ろな目になり、呟く。
「真っ直ぐひねくれちゃってる人、かな」
「ひねくれてるのに、真っ直ぐ?」
「そう、普通のひねくれさんなら頑張ってる人を冷笑したり、否定から入ったり、達観してますみたいなオーラがあるけどさ……。無いんだよね。そういうの。油芽様には。変わりに、どうしても救いたくなっちゃう様な真っ直ぐさと、過去のトラウマからそうならざるを得なかったひねくれっぷりが残ってる」
禅歌は階層を登る度に、足取りが重くなる。
「豊洲野さん……?」
「ごめんね、油芽様の話をしたら、ちょっと怖くなっちゃった」
「え……?」
「いや、なんつーか、油芽様のお付き歴はゆうて二年半くらいだし、何も知らないから、さ。俺が迎えに行ったくらいで、逆に煙たがられちゃうんじゃないかなぁって」
「ああ」
かるては当事者でもなく分かったかの様に納得した。
「ひやりん……鬱霧っていうもう一人のお付き。油芽様と幼馴染みってくらい昔からいる子もいるんだけどね。比べてるのかな。なんか俺でいいんかなあって」
「はあー」
「アレだよホラ、要約すると大切な友達ができたけどその人の一番じゃないからなんだかやるせない、みたいな」
「めんどっ! まあ分からなくもないですけどぉ。でも相手が豊洲野さんなら側にいてあげるだけでも全然違うんじゃないですかぁ?」
面倒臭いといわんばかりに目を細めるかるてに、禅歌はうーんと首を傾け、目を斜め上に向ける。
「あっ! ねぇ君の友達におっかない名前の男の子いなかった?」
急にハッとしてかるての手を握る。かるてはうわぁ、となりつつも応答する。
「あーはいはい、恐山ですかね? 恐山がどうかしました?」
「いやぁそれがね。恐山君って初めて見た時から思ってたんだけど、女性ウケ良さそうだなぁって」
「言われてみればその傾向はありますね。リアル男子の中では珍しいくらいには」
「このまま上がって、恐山君のいる階層に行って、彼にも同行してもらわない!?」
「うっ」
「う?」
かるては手を振り払った。
「うっわーー、女子かよ」
「だって怖いんだもん」
「よくそんなんでお付きが務まるナァ。あのねぇ……豊洲野さん!」
猫だましの様にパチン、と豊洲野の顔の前で手を叩くかるては、少し怒っている様な真面目な顔つきで。
「あなたが茶々柱さんと普段からどういう感じなのかは知りませんけど、でもここで恐山を召還するのは意味不明過ぎます! 第一、一人で身動きが取れない状況に、誰が来たって茶々柱さんは嬉しいんじゃあないですかねぇ!?」
「……かるてちゃんは分かってないよ。あの人が嬉しいって思うのは、自分が認められている時と、とある女の子の不幸だけ」
「…………さいですか。でもね豊洲野さん、見てくださいよ」
かるては腕を組ながらビシッと親指を突き立て、とある扉を示した。
────六百六十六階。海水浴フロア。
「ゔっ!」
「もう逃げ道はないんですよ。ほら、入った入った」
「ああ押さないで! ちゃんと分かってるから! というかかるてちゃんは中へ入ったら絶対絶対、油芽様に近づかない様にしてね!?」
かるてにぎゅうぎゅう押されながら入ったその空間は、死と星の匂いが漂う夜の海だった。
「わぁーなんか映画みたいですねぇ」
「油芽様…………。……。……っ!?」
禅歌が手を構えながら海に人がいないか探していると、探してる茶々柱油芽と、思いがけない一人が対峙しているのを見かける。
「あっ、恐山じゃーん」
「「っ!!」」
波打ち際で向き合う油芽とヒュータの二人が、かるての声に別々の感情で反応する。そして、かるてに気がいかない様にと慌てて油芽の元へと走る禅歌。
「油芽様ぁー!! 後れ馳せながら迎えに来ましたー!!」
「ッ……。遅いですよ豊洲野。いえ、機転を効かせた対応ですね、いい子です」
「へぁっ!?」
「あんたが豊洲野さんか。悪いがハッキリ言わせてもらう。あんたのご主人様は最悪で低俗な成金だ」
「ええっ! そうです!」
油芽の前ではおちゃらけてしまうのか、よく気づきましたねぇと笑う。
「豊洲野、この恐山ヒュータさんとかいう方、負け犬にしてゴミ溜め以下の価値観の人間なんですよ」
「あー、男尊女卑の男と、女性崇拝の男。会うはずのない二人が運悪く出会ってしまったという訳ですか」
状況を整理し、さりげなく油芽とヒュータの間に入る。
「にしても、聞き捨てなりませんねぇ。私と須原の間に入ろうとしたくだりは」
「えっ、恐山君、彼女の事知っているの?」
「知っているというか、割りと有名だよ。瓶詰高校で事件起こしてから、入院沙汰になったっていう」
「ああ、朱乃ちゃん瓶詰高校だったっけ」
と、後から禅歌が納得する。
「一年の頃から様子がおかしかったけど、二年にあがる前に、人が変わった様に学級崩壊に至る事件を起こして、その後自分で自分の目を潰して、精神病棟に入院してるらしい」
「…………」
急に笑わなくなる油芽に、豊洲野は知らなかったのだと察する。
「茶々柱さんと話してりゃ原因は明らかにあんたなのに、お見舞いに行ったりして更に苦痛な暴言を浴びせてるそうじゃないか」
「待って待って! 油芽様の歪んだ恋情のキショさには共感してあげられるけれど、油芽様は暴言なんて浴びせてない! 俺も一緒に行くけれど、油芽様は暴言なんて一言足りとも浴びせてないんだから!」
「豊洲野」
「確かに油芽様はお見舞いに行って余計に朱乃ちゃんを追い詰めてる節あるけど、でも暴言なんて嫌いな人にしか吐かないんだよ! 見栄っ張りのひねくれマシンガンなだけだから! そうだよね油芽さマッ!?」
油芽はがしっと禅歌の頬を両手で掴み、無理矢理顔をこちらへと近づける。
「豊洲野」
「は、はい。何でしょうか……」
今になってペラペラ喋り過ぎた事に気づいた禅歌。
油芽は「ふふっ」と高い声で笑う。
「頭、少し低くしてください?」
「こう、ですかね……」
禅歌は背をかがめるのではなく、油芽の指導する様に押し付ける手の重力に習う様に、おじぎの姿勢をした。
「そう。……聞き分けの良い子ですね」
「…………」
「よく、ここまで来てくださりましたね」
油芽は片手で禅歌の髪を優しく梳いた。
「豊洲野が来てくれると、信じていました」
禅歌は唇を微かに震わせ、目を閉じる。
両手でわしゃわしゃと髪を撫でる油芽にされるがままで、かるてとヒュータは何を見せられてるんだと思いつつも、静かに見守った。
「もう、寂しい思いはさせないでくださいね」
手をゆっくり離す油芽。
禅歌は顔を上げて、ぐしゃぐしゃの髪の毛のまま笑った。
「────はい!」
「本当に、良い返事ですこと。そして──今から巻き返そうとも思いませんが、戻る元気もありません。ここで二人仲良く自爆してしまおうか」
破滅の予感を匂わせ禅歌の首のチョーカーを撫でるのを見たかるては、禅歌にカードの催促をした。
「あっ! ちょい待ちー! 二人で自爆Endも乙かもしれませんけど、豊洲野さん、カードくれるって約束しませんでしたっけー?」
「ああ、これね。もう必要ないからあげるよ。かるてちゃんが持ってるカードもかるてちゃんが持っててよ」
と、軍服の胸ポケットから、リタイア用のカードを出して渡した。
「分かってないのは豊洲野さんの方でしたねぇ」
ニヤニヤ笑うかるてに、禅歌は照れるでも腹が立つでもなく、ただただ頷いて微笑んだ。
「そういう風に、思う事にするよ」
「…………」
かるてはその台詞を聞いてやっと分かった。禅歌もまた、厄介な性格なのだと。
だが、今はそれがどうしてか胸が踊るくらいに面白かった。
「恐山、私はこのカードを使ってリタイアするけど、恐山はどうする? 今から下目指すの? 私別に、恐山にこのカード渡してもいいんだけど」
「いい。目指すよ。追い付きたい相手が三人いるんだ」
「あっそ。まあ、脳に支障が及ばない程度に追い付きなよ。……普通こういうのって、身内じゃなくて敵に闘志が燃え上がるモンなんだけどね」
「何か言ったか?」
「んーや。戯れ言だよーん」
かるては分厚い素材のカードのスイッチをカチリとオンにして、ホログラムの様に消えていく。自分でリタイアするよりも安全で、精神衛生にも良さそうな退場方式。この脳内世界ではレアだろう。
「黄食。俺ね、かるても好きだし、皆も好きだよ」
「はぁっーー……」
大きく嫌そうに、あるいは照れ隠しの様にため息をつくかるて。
ヒュータは続けて、こう言った。
「この戦いが終わったら、皆で打ち上げパーティーを開きたい。受話器フロアで口枷からそう伝言を授かったんだ。これを機に、皆で仲良く夏休みを終えようってね」
かるては首をすくめながら、頭を斜めに傾けた。
「────会場の飾り付けして待ってるよん」
かるてはパチン、と消えた。
それを聞いていた禅歌は「いいですね、パーティー。俺達も飾り付け手伝わないとだ」と油芽の首のチョーカーに人差し指で触る。
続けて油芽もニヒルな笑みと共に「生憎ですがまだ私、何も納得していませんし、何もしたくありません」と、禅歌の首のチョーカーにそっと触る。
二人は同時に固いスイッチを押して、首を飛ばしてリタイアした。
恐山はそれを見届けて、覚悟を決めて下へと走って行った。




