第33話 (三人称視点)
業火の中では二つの事で頭がいっぱいだった。
叶と次会ったら、謝りたいという事。
もう一つは、叶と次会って、またうまく接する事ができなかったら、本当に終わりになるかもしれないという事。
それが一番怖かった。それが一番駄目だと分かるのにそうなってしまう予感が強かった。
「最悪だ……。僕も、何もかも……」
業火の中には二つの魂がいる。冷静かつ楽観的で、世界を綺麗だと唄える明るい自分。もう一人は被害者意識強めの絶望に敏感で周りを敵だと思う自分。
あの自分の首を刈った日以来、出てくる事など滅多にない後者の自分が、まるでそれがお前の本性なのだと牙を剥き始めている。
『────それでも世界は美しい!』
あの時、業火は本当にそう思っていた。
けど、叶と本格的に絡む様になってから、そう思えなくなっていく感覚があった。
(ごめんなさい、違うんです。柚木森さんのせいじゃないんです。柚木森さんは、本当に悪くなくて)
それは何故だったんだろうと考えると、たまたま叶が戦士になってから、事件や人間関係が大きく動き出して、こんなゲームに巻き込まれているから、だと業火はまた死にたくなる。
『じゃあ死んじゃえよ』
「え……?」
そこは精神撹乱フロアだという事を、業火は知らなかった。
『死んで償えよ』
「僕……?」
そこにはもう一人の口枷業火がいた。その口枷業火は業火が落とした万年包丁を業火に渡した。
『言っちゃいなよ、柚木森叶が憎いって』
業火は包丁を振り払う。からん、と落ちるのがよく響いた。
「そんな訳ない」
『自分が馬鹿みたく思えてくるんだろう? 自分がちっぽけな人間だって分からされるのが苦痛なんだろう? 死にたくなるんだろう? 柚木森叶のせいで』
「────違う!!」
『誰もお前を必要としていない。それなのに柚木森叶は現れた。でもキッカケはいつだって僕達からだ僕達口枷業火から』
「何が言いたい……?」
『終わらせたら、きっと楽になれるって事さ。物事には必ず終わりが来る。どんな形であれ、どんな状況であれ、だ。だから……終らせちゃおうよ』
と、言ったのは口枷業火であるが、包丁を再び手に取り業火にぎゅっと託す様に渡したのは、もう一人の口枷業火だった。
「……っはぁ……! っはぁ! っはぁ………っはぁ!」
『ねえ、いい加減幸せになろう?』
うつむく業火には、何やら良くない炎が灯った。
気がつくとそこには大量の口枷業火がいて、業火は近くにいた業火に向けて包丁を構える。人に包丁を構えるポーズなど普通は存在しないが、業火の場合はあった。
「────あああああああ!!」
業火は近くにいた口枷業火を包丁で刺した。
「確かに僕は幸せじゃないね」
そう耳元で呟いて、業火は包丁を勢いよく抜いた。
口枷業火は倒れる。
その後の業火は狂った様に大量の口枷業火を包丁で葬り続けた。腹を刺すのが疲れたら首を狙い、首を狙うのが疲れたら今度は四肢を、四肢の次はまた腹を……。
────それでも業火は泣きそうになりながら笑っていた。返り血を大量に浴びて、気持ち悪くも気持ち良さそうに。
「────あはっ、あははっ、あはははっ、あはははははっ!」
業火は全員の首を刈ってやろうと、猟奇的な声で笑い、その場の口枷業火の首を切断するまで痛ぶる事にした。
「うぅっ! ああぁっ! っああ!」
精神的にも体力的にも疲れていく体を業火は認めず、ただただ狩りに専念した。一人の少女がそれを止めようと歩き始めている事も知らずに。
「っふふ……ふふ……あははははは!」
「口枷君」
「!」
階段の上から見下ろす叶が、そこにはいた。
だが、口枷にとっては今はどうでもよく、ただ笑うしかないという表情で「やあ柚木森さん」と笑い、ただ笑った。
「やめようよ、こんな事」
階段から降りる叶から逃げる様に、業火は後退りする。
「何さ、僕のする事にいちいちヤジいれないでくれるかい? 鬱陶しいよ」
「口枷君。逃げないで」
「来ないで、君を傷つけちゃう」
「このゲームでなら、いいよ」
業火と叶は向き合って、叶は業火に近づき、包丁を向ける業火の包丁を両手で握った。
「な、何がしたいの?」
叶はあまりの強さに手から血が出ており、そのままその包丁を自分に近づける。
「やめろって!」
業火は叶を突き飛ばす。二度も。
一度目は包丁から離れさせる為に、二度目は床に倒れさせる為に。
業火はそのまま落ちた包丁を手に取り、仰向けになった叶に馬乗りして包丁を首に当てるが、一切目を離さない叶に苛立ち、顔の横……カーペットの床に刺した。
「ねえ、柚木森さん。僕殺したよ。一人残らず僕を殺したよ。今まで刈ってきた異形よりかは少ないかもしれないし、案外多いかもしれない。ねえ、僕どう見える?」
「…………」
「でも僕人殺しなんかじゃないよ。ここはそういうフロアだし、異形狩りだって立派な戦士のお仕事だよ」
「…………何も言ってな────」
業火は片手で叶の顔を掴み、もう片方の手で自分の顔の大量の返り血を手で拭き取って、叶の顔に塗ったくった。そして鼻をつけた。
「一生一緒にいてくれる?」
「く────」
何かを言おうとした血まみれの叶の口を塞ぎ、今度は手を重ねる。今の業火は業火であって本当の業火ではないが、本心ともいえる。
しかし、正気の沙汰の業火ではなかった。
「ねえ、何も言わないで、何も考えないで、何も与えようとしないで」
やがて業火は重ねた手をなぞる様に首につけ、両手で叶の首を締めた。
「っ! っ……! っ…………」
最初は抵抗していた叶だが、何かまた勝手に達観したのか、抵抗を無気力に緩め動きを止めた。
ぎゅううぅ、と締まる首を、業火は真っ黒な瞳で見ていた。血も流れていたし、汗も垂れてぐちゃぐちゃだった。それは叶もだが。
……やがて、叶は目を瞑った。
「…………」
業火は目に光など宿していなかった。
「…………ごめんなさい」
そう呟いた業火は、学ランの上を脱いで、叶に布団でもかける様に被せた。
「後の事は、最深部は、僕が攻略するから」
そう言って、業火は下の階層へと降りていった。
フラフラな足取りで、まるで暴れ狂った代償が今やっと全身に回ったみたいだった。




