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第31話 (三人称視点)

「あはっ階層クリア余裕だね! そのホース助かるよ!」


「ぐぅうぅう!」


 ぐうぐううるさい純夜は、どういう訳か椅子に座らされ、ホースで椅子と巴ごと拘束され、巴が椅子に座り縛られた純夜を背負って走る形になっていた。


「水がなくなったら言って? すぐ補充できっから!」


 と、片手に大きなペットボトル。衛星上清潔かは不明。


「重くないんですか!? 僕を椅子ごと背負って、片手に二リットルのペットボトルなんか持っちゃって」


「重いよ! 重いけど、これが一番早いから!」


「貴方も大概化物染みてる!」


「そうかもね!」


 巴はとあるエレベーターを見つけ止まる。


「ひぃっ! 何かありましたか!? 後ろに動いたり止まったりするの滅茶不安なんですよ!?」


「今降ろす」


 巴によりホースから解き放たれ、椅子から立ち上がる純夜は、軽く腕を回すストレッチをしながら振り向く。


「エレベーター……? ひょっとしてこれ、一気に最深部まで行けちゃうんじゃ……」


「よく見て。どこに辿り着くかは運次第でございますだって。二階二パーセント。十階五パーセント。百階十二パーセント。その他上階以降のフロア七十パーセント。現実世界九十パーセント」


 エレベーターの脇の正方形の額縁に、どの階層に辿り着く可能性があるのか、綺麗な丸文字で記されていた。


「こんなのガチャですらない。確実にこのゲームから離脱されるかスタート地点より上に戻されるかの二択だ」


「でもこういうの見ると友達の影響で賭けに出たくなるなあ。もし私達が二パーセントを、もしくは五パーセントを引き出したら熱くない?」


「他を引き当てたら大火傷じゃ済まないでしょうに。とにかく、僕は離脱する気はありませんので、行くなら草薙さん、貴方一人で行ってください」


 背を向ける純夜に巴はこう呼びかける。


「おーい。あたしの願いは『戦士と異形のいない世の中』だぞ? つまり世界平和。そしたら轟沙汰は廃校になる。いいのかい? テンポ良く刑務所に送られて」


 純夜はピタリ、と止まって振り返り、その表情は三白眼ならではの怒りとも憎しみとも捉えられる表情だった。


「そんな願いをもしかしたら叶えられるかもしれない貴方が、私よりずっと先に生まれていたらよかったのに。そして────僕を勘違いしないでほしかった」


「?」


「僕はエレベーターは使いません。僕の願いは『綺麗なだけの世界に暮らすこと』なので、申し訳ないですが共闘はここまでです。長くも短くもない時間でしたが、楽しかったです。ありがとうございました」


「…………」


 巴は純夜の背中を見送って、エレベーターで暫く考える。チョーカーからホログラムを出し、叶達が何階にいるのか確認する。


「何でかるてと豊洲野さんが一緒にいるんだ?」



◆◆◆◆◆



 討論室フロア────高柳滴と皆鴨柚月滞在中。


「さて、座ったのはいいですが、なんだかデジタル時計がストップウォッチの如く動きだしましたね。討論しろという事でしょうか」


「ただ話し合ってればいいんじゃないですか? それでもし時間制限が来たら、俺か高柳先生、もしくは両方のどちらかがリタイア扱いになったりして」


「なら……どうして皆鴨君は、私を嫌うのか、話し合いませんか」


「勿論いいですよ、ていうか、話し合うまでもありません。これを機に、全て言わせていただきます」


 柚月は眼鏡を上にクイッと上げて、真面目な顔つきで話す。


「俺、意外と熱血男気質だから言いますけど……」


 柚月は肘をついて言う。


「なんだか高柳先生のクラスは、というか高柳先生は、新しいクラスでお互い知りつつ頑張ろうっていうより、前のクラスの延長戦、もしくは誰かとの延長戦で、ハナから新しいクラスの事なんてどうだっていいんじゃないか、うわべだけでいいんじゃないかっていうのを以前から常々感じています」


 俺の教師いびりが悲痛なら、高柳先生の愛のない反面教師ぶりは完全無欠です、と。


「────高柳先生、一体何の、誰を、忘れられないんですか? いつまで、教師ごっこするんですか?」


「っ…………」


 それは高柳にとって痛い一言だった。そして唇を噛んでから、ある少女の名前を出した。


「────幽立華子」


 すこし間を置いてから言ったその名前は、柚月にとっては全く無関係で見ず知らずの名前だった。


「この女の子が、私が教師を志したキッカケの、延長戦になる故の、全てが詰まった生徒の名前です」


「…………」


「いじめられてたんです。華子ちゃんは。でも人前で怒ったり泣いたりしない普通に強くて脆い子供だったんです。それでいて私と友達だった。一番仲良かったんです。私がいじめっ子を成敗した時も、華子ちゃん、何も言わなかったんです」


 話をする滴と、それを聞く柚月。まるで生徒と教師の立場が逆転した様な、不可思議な二人がそこにはいた。


「どうして誰にも言わなかったの? って聞くと、華子ちゃん、初めて分からないって泣きながら言ってたんです。つまるところ自分を本当に被害者だと気づけなかったんだと思います。今はそう解釈しています。次の日いじめっ子と私が謹慎処分になって、学校に再び通える事になった日の朝に、華子ちゃんは自殺してしまいました」


 ただ、淡々と。泣くでもなく、怒るでもなく、ただただ冷静に。


「どこから助けるべきだったのかと問われると、分かりません。いつから華子ちゃんに助け船を、踏み外さない道を作って出してあげられたかというと、考えても足りません」


「……」


「私はその日から人が変わった様に勉強し、唯一向いていた国語を主に勉強し、教師になりました。教師になって、いじめのない学校を作る事を目標に、血眼にしてクラスを監視していました」


 でも、駄目でした。と、ぽつり。


「結局いじめる側は本気でいじめられる側に原因があると思い込んでいるし、いじめる側の背景がどうであれ、なくならないものはなくならない、話の通じない化物同然のそれらを相手するのに絶望し過ぎて、呆気に取られ過ぎて、夢を諦めました。それだけです。私が反面教師なのも、皆鴨君が私を嫌う理由も、それらなのです」


 柚月は眼鏡を白く光らせ、そして「つまり」とぼやく。


「…………友達がいじめで自殺して悔しいから教師目指しました! けどこんな腐った世界でいじめをゼロにするのは不可能だったので諦めます! って事ですか!」


「…………」


「よくそんな面下げて教師が名乗れますね。軽蔑します。自分を客観視できていないのは貴方の方であって、今や貴方こそがいじめの起きる要因の一つとも言える」


「そうかもしれませんね……」


「別に諦めたのなら無論いじめをゼロにしろとまでは言いません。声を大にして言うべき世の中ですが。ただ絶望したまま教師の名札を背負わないでいただきたい。我々未来を心のどこかで信じてやまない生徒達の敵です貴方は。少なくとも教師である貴方が何かを諦めたとして、それが生徒に対してだとして、全員にその絶望の眼差しを向けないでいただきたい」


 滴は黙る。


「────未来の話をしましょう、高柳先生。まずは貴方が心から胸を張れるクラスを作る所から、そして話を聞いて貴方を少しでも応援したいと思った上から目線の僕と、夢のある話だけをしましょう」


 滴は唇を震わせ「そんな……」と呟く。


「……そんな調子の良い嘘に乗っからせて語らせていただきますと、私の願いは『いじめのない世の中になりますように』です。祈るだけです、結局。いじめがなければ誰も苦しまず、悲しまず、道を踏み外さず、自分の信じた未来を踏み止まる事なく歩めるはずなのですから」


「……そうですね」


「自殺は駄目です。絶対いけません。でもそれはよく逃げだとかズルいとか言われています。確かに、分からなくもありません。けど、いじめられてる側から言わせていただくと、生きている方もズルいし逃げていると思っています」


「…………」


「ただ安心してほしい事があります。私が知る限り、二年A組は一学期を除いていじめゼロです。柚木森さんと、恐山君は、和解できたのですかね」


「ああ、そうですね、あの二人なら言葉にせずとも勝手に和解していますよ。あの二人、なんか変だから」


「皆鴨君」


「はい」


「時間切れになる前に二人でリタイアしませんか」


「っ……!」


「二人で、現実世界に帰りませんか。こんな世界で願いを叶えたところで、どんな矛盾や危険性が起きるか分かったものじゃありませんし、私達が岩倉さんにできる反抗は、このゲームに参加しない事です。それはまるで岩倉さんを無視している様で心苦しいですが」


「……先生は」


 先生は岩倉チェインが岩倉やえという、二年A組の不登校である生徒本人なのである事実を知っているのかと聞こうとしたが、辞めた。代わりに、こんな台詞を吐いた。


「先生はこれから、どういうクラスにしていきたいですか?」


 滴は滴り顔じゃない緩い笑顔で、こう言った。


「全員がこのクラスで一年を終えられて良かったと思える、始まりを予感させる優しいクラスに」


 それって結局自分の為でしょ、とか、そういうのはもうやめた柚月。それと同時に鳴るタイマー音と共に、滴は首のスイッチを触る。


「皆鴨君はまだ帰りたくない理由がありそうなので、先生はお先に失礼します」


「やっぱりそうやってリタイアするんですね……脳に異常が生じるそうですけど……。お疲れ様です。また、学校で会いましょう」


「はい、また戦いましょう」


 滴は赤い平らなスイッチを押して、それと同時に首がポーンと飛んで体が倒れる。


「……」


 柚月は多少嫌な感覚になりながらも、新しく解放された扉を開き、下層へと降りてゆく。

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