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第29話 (三人称視点)

 叶は特に何もない水族館フロアを降りて、次のフロアも何もなく、次の、また次のフロアも順調に降りていったのだった。現在叶がいるのはプラネタリウムフロア。


(誰も何もいない……岩倉さんの設計ミス? それとも……)


 それとも、もう既に誰かがフロアを通過しており、所謂クリア済みのフロアには異形や問題は発生しないのではないか、とまでは考えられた。


(変なカードも見つけたし……裏の説明を見ればなんとなく分かるけど、本当に使えるのかな、これ)


 カードをポケットにしまい、暫く歩いた先に、軍服のおかっぱ男がいた。


「見つけましたよ、柚木森叶」


「────?」


 まるで何が起きてるのか理解できない叶の顔を見て、開眼している怒り眉の表情を見せる。


「奇遇ですね、茶々柱さん」


「仕組んだ奇遇でございます」


「ですよね。だって私がチョーカーを使って見た時点では、茶々柱さんは既に一位、八十階にいたんですから」


 チョーカーを触る叶。扇子を口に当てる油芽。


「────勝負しまへんか? 柚木森はん」


 その口調は挑発ではなく、抱えている怒りをどうにかしなくてはいけない様な誘い文句だった。


「勝負、ですか」


「ルールは簡単どす。うちはこの通り扇子が武器でして、攻撃には不向きどす。どすさかい今回の競技として、言葉で戦えたらなあ思いまして」


「モッツァレラチーズゲームとか……ですかね。まさかリポグラムとか言いませんよね。私言葉遊び苦手なので……」


 油芽は誰がお前の様な下賤の民なんぞとモッツァレラチーズゲームなんかをするかという腹立たしさと、普段してるの? という純粋な疑問を浮かべるが、話を続ける。


「そいますやろなぁ。そやさかい今回はしりとり遊びを用意して参りまったんや」


 どんどん京都風に、ある意味荒くなる口調が気になりつつも受け入れ、叶はしりとり? と遅くなり反応する。


「その名は、ちゅうか。二文字しりとりどすわな。お尻の二文字を取って言葉とし、尚且つ相手に対する思う事を言うてく、ちゅうルールどす。『ん』がついても負けやあらしまへんが、お尻から二文字目に『ん』がついたら負けちゅう事にしまひょか」


 二文字しりとり。尚且つ相手に対して思う事。


「先攻と後攻どちらがええ?」


 ついに敬語ですらなくなる油芽に対して、特に何も思わない叶だが、少し考えて「じゃあ先攻がいいです」と言った。


「ほな『しりとり』の『とり』からどうぞ」


 叶は自分が先攻であろうと後攻であろうと、向けられる言葉の種類は決まって酷いものだろうと察し、傷つく前に傷つける、というよりかは、自分のダメージを少なくする為に、純粋に思った事を言った。


「鳥みたいな人」


「人殺し一家」


 その油芽の言葉は叶を絶望させるが、いやあんたこそ、と思い切り替える。というか何でそんな言葉が出たのだと、いつどこでその類いの情報を仕入れたと頭を早速回転させ、結果豊洲野禅歌が頭に浮かんだ。


(あの不法侵入者、どこまで家の事調べて……! えぇっと、一家だからこの場合は『つか』だから……)


「使い枯らし」


「らしくもない」


「ないのはあなたの心」


「転がり人生」


「精神的にどういう虐待をしたの」


「楽しく」


「しくしく泣いてたあの子を私は知っている」


「いるのであれば居場所を教えなさい」


「賽の目が分からない」


「内臓が受動的に腐敗している」


「居る場所あらず」


「ラズベリーの瞳」


「富に恵まれただけ」


「抱ける男が多そう」


「そういう貴方は青い尻」


「尻軽」


「軽い男」


「ところでこのルール飽きてきません? 考えついたのは私ですが、決着の見込みがありませんし……」


「今お尻から二文字目『ん』って言ったね。茶々柱さん。貴方の負けだよ」


「いえ……勝ち負け等断じてどうでもよく。初戦これ、私の時間稼ぎですし」


 そんなまさか、と思うより速く、叶の体は一瞬にして鎖が巻かれ縛られていた。


「!?」


「岩倉さんの隠し要素というやつです。鎖の時限式カードを使わせていただきました。踏んでますよ」


「!」


 叶は地面を見ると、確かにローファーで何かのカードを踏んでいるのが分かる。


「私が、何をしたっていうんですか……!」


「丸々同じ台詞を吐く下女達を、私は沢山見てきました。本当に、そうなのかもしれません。ですけれど、私の()()はもう壊れて止まらないのです」


「自覚があるならまだ踏み止まれる!」


「止まって後悔したくはありませんので」


 そう言って油芽は胸ポケットから何かのケースを出した。そこには針が何本も収納されていた。


「貴方は下女よりも厄介だ。私をいたわる言葉を吐いたり吐こうとしたり踏み止まったり、知らず知らずに上から目線でモノを言ってくださる……。ある種の尊厳の踏みつけですよ……全く、なんて腹立たしい。ああ──これも今日で終わりです」


 叶は嫌な予感でいっぱいになる。


「大丈夫ですよ、現実の目がなくなる訳じゃありませんし」


「や、やめ」


「脳にダメージがいく事を考えると、大変そうですが……」


 叶の音を立てながら足のカードをどうにか離そうとするが、足も縛られている為にうまくいかず、やがて油芽に片方の顔を支えられ、もう片方の手に持つ針達が目に近づく。心底恐ろしい笑顔で。もう遅いかと思ったその瞬間────彼が現れた。


「────やめろ!!」


「!?」


「っ! 口枷君!?」


「やめろ……」


 万年包丁を突き出す業火は、どこかやつれた表情をしており、目に僅かな光を宿し、油芽と叶の方へ歩いてくる。


「それ以上近づくと……、……っ!!」


 茶々柱の周りには、轟沙汰と同じ軍服を着た仮面の生徒達が四名程が肘を立てて後ろで手を組む休めの姿勢で立っていた。


「遅いよNPCさん達。いや、君達も岩倉側の何かなのかね、知らないけどさ。早くそいつを連れ去ってよ」


 叶は二人の軍服生徒もといNPCによって鎖から解放される。カードは一度使えば使い捨てなのか、パラパラ焼けたかの様に消え去った。


「どういう事ですッ……!」


「おいおい、分からないのかい? この世界だって無秩序じゃない。対戦を申し込んで、それに破れたら大人しくペナルティを喰らう。それすらも破った君だ。一回休みを喰らっても仕方ないんじゃないの? 全く、いい気味だよ」


「ッ……!」


「君の真の敗因は、負けどころか相手を認めなかった素直さに欠けるその根本的な性格にある」


 業火は「行こう、柚木森さん」ではなく「来て」と強引に叶の手を引っ張った。叶は少し驚き、そのまま先へ歩く。油芽はそのままNPC達により静かに上の階へと連行された。


 二人はプラネタリウムフロアを降りて、長い廊下に生える草原の上を歩いていた。


「口枷君、助けてくれてありがとう……。でも、口枷君、もっと下の階層のスタートだったよね?」


「……うん。視聴覚室フロアにいたよ」


「何でわざわざ上の階層に……? 目的は最下層だよね?」


「だって、視聴覚室で全部見れたし」


「! 皆の様子が? でもどうして」


「どうしてって、それが彼氏の役目でしょ」


「……」


 叶は違和感を感じ、立ち止まる。


「何してんの、早く行こう」


「ねえ、視聴覚室で……何を見たの」


「…………」


 業火は黙る。


「黙らないで!」


「もう全部見ちゃったんだ! ────柚木森さんの過去を……!」


「え」


「」


「柚木森さん、何で黙ってたの。いや言うわけないよね、あんな事。でも僕には言ったって良かったじゃないか!! 僕が背もたれになれたかもしれないじゃないか!! 僕の何がそんなに頼りないの!?」


「待、待って、待ってよ口枷君。私気にしてないよ。何も根に持ってなんかないよ。むしろ現実を受け入れてるくらいだもの」


「受け入れてる? それで? 悟りを開いたつもりになってクールに振る舞う事で、自分は絶望と仲良くできていますって?」


「は、はぁ!?」


「どうしてそんなに平気に振る舞えるのか分からないよ……どうしてそんなに甘えてくれないの……もし、もしこれからトラウマが浮き彫りになったら、柚木森さんは僕を頼ってくれる?」


「それは…………今は言えない」


「じゃあ、なんで付き合ってくれたの?」


「そんなの、口枷君が好きだからに決まってるよ」


「じゃあどうして、僕の過去を覗いた柚木森さんは、あの時僕に内容は言わなくても不幸な境遇があったという事実を共有してくれなかったの」


 叶は業火の手を握り、こう答えた。


「……傷を舐め合う様な関係で、親しくなりたくなかったからだよ」


 業火は叶の手を振り払った。


「柚木森さん、ここでお別れにしよう」


「……? ……えっと、別行動するって事だよね?」


「────そう捉えるのもアリなんじゃない?」


「へ……」


「じゃあ、僕はもう行くから。今はなるべく会わない様にしよう。僕もあんまり、余裕ないから。これ以上は、本当に傷つけちゃう。分かるでしょ? 僕ってそういう人間なんだって」


「嫌だ……」


 業火は座り込む叶に背を向けて、先を歩いた。


 叶はただただ涙を流して、ポケットからカードを出した。


『好きな階層へテレポートできるカード』


 叶は、今は、使いたくないと思った。

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