第25話
「柚木森さん、起きてー」
「は、はー?」
「何寝ぼけてんのさ。ほらっ」
私の癖のある髪の毛をバサッと手で跳ねさせた口枷君に多少の鬱陶しさを覚えながら、電車を降りた。
「口枷君今何時?」
「九時四十分。おめざにキスしとく?」
「困るよ、主導権を握られたデートでそういう提案」
「いや断ってくれていいから! 僕が強制的に迫ってるみたいじゃん!」
「実際今のは恋人でも怖かったよ」
「! ……ごめん」
「いいよ、気にしてない。私もごめんね」
すると口枷君はきょとんとして、頬をポリポリ掻く。
「電車で寝た事?」
「寝かせろ。それじゃなくて、あーもういいや。行こ行こ」
私は自分でも何を謝りたかったのか分からなくなり、早歩きで改札を出る。
「あー! 待ってよー」
改札を、駅を、そして通りを抜けると────そこは肉の祭典でした。
「じゃあ、食べつくそうね、柚木森さんっ」
「お腹は空かせてきたから、大丈夫」
「無理しないでね?」
二人でグッドポーズを取りながら、そんな会話をした。
「柚木森さん何肉が好き? 僕カルビ!」
「部位は分からないけど、ハンバーガーとかのミンチされた肉とか、あとカップラーメンの小さい肉とか、チャーシューとか好きかな」
「まるで肉を知らないって感じだね」
「まあ焼き肉屋さんに行った事がないし」
「えぇ!? そうなの!? じゃあ明日行こう!」
「肉に続いて肉になっちゃうよ」
体力もねぇ。
「何が問題なの? 肉に相次ぐ肉なんて世の常でしょ? それとも柚木森さん家ではお肉控えめ?」
うわーん中流階級のガキにいじめられるよー。
「あと、柚木森さん。今日は一応スイーツもあるから、肉休めしたい時は言ってね」
「う、うん」
肉休め……。面白い単語だ。
「さぁーて柚木森さん。最初はやっぱり?」
「ハンバーガー。この為にお腹空かせてきた」
「おっけー! じゃあ朝ごはんみたいな感覚で! れっつらごー!」
きっと肉通な口枷君はパティみたいな肉じゃなくてもっとビーフビーフした焼き肉とか上に卵が乗ってるやつとか食べたいんだろうけど、それはお昼にでも食べられるし、勿論食べる。けれど口枷君の私ファーストはなんだか助かるようで申し訳ない。
少し並んで無事肉厚チーズバーガーを手に入れたところで、座る場所を探していた。
「柚木森さんこっち空いてるー!」
「わ……ちゃんと座る場所が用意されてる」
「当たり前だよぉ。全員で立つのも品がないしね」
私と口枷君はテント屋根下の白いチェアに座り、いただきますと一言唱え、口いっぱいにハンバーガーを頬張った。
じゅわっ。と広がるパティの肉汁が尋常じゃなく、できたてなのもあってチーズがよくとろけ、トマトが新鮮で甘く、この海外感のあるバーガーこそ私が憧れていたハンバーガーそのものなのだった。
つまり、美味しいんだよ。
「んっー!」
「おいひ、おいひ」
私の反応の方が圧倒的に気持ち悪いが、語彙力を失うこの天才の味こそを噛み締めるのが今は精一杯だった。今はまだ一口目。これからどんどん大詰めだ。いざ、二口目。
「っー!」
「あはっ、ゆひもひはんおもひほい(あはっ柚木森さん面白い)」
こりゃたまらん! こりゃたまらん!
三口目、四口目ともちゃもちゃ進めていくと、とある人物に見られている事に気づく────。
「っ! っ!?」
斜め前に座るその人は以前水族館で会った事のある人だった。青髪をカチモリお団子にしており、今は私服(何故かアロハシャツ)だが、すぐ分かった。あの三人の中で一番背が高く真顔がデフォルトそうな、あの!
は!? この人……何でここに!?
場所を変えようと口枷君に言おうとしたけど、言えなかった。やはりフェスなだけあってどんどん人は増えてくるし、折角口枷君が見つけてくれた席だし、今更変える様な事したくない。
というか、本当に何で轟沙汰の生徒ってごろごろどこにでもいるんだろう。まるで、意図的につけられてるみたいだ。気持ち悪い。私は口枷君との時間に限らず、皆との時間を邪魔されたくない────けど、けどよくよく考えたら、水族館に至っては私も、茶々柱さんにとっての『邪魔』だったのかもしれない。
多分このカチモリお団子さんも、たまたま肉フェスに参加して、たまたまハンバーガーに舌づつみをうっているだけなのかもしれない。うん、きっとそうだ。
「────柚木森さん」
ふと、冷静な声の口枷君。轟沙汰の生徒に気づいた……? まさかね? 知ってるはずがない。面識がないのだから。
「────他の男の事考えてるでしょ」
「っ!」
そっちに勘が冴えてるのか! すごい! でもこわぁい!
「ちなみに、何で……」
「僕はね、一年の時と違って、柚木森さんの一挙手一投足見過ごさないんだよ。目の動き、動向の開き、足、手、呼吸の仕方、全てを見抜いてるからね」
ふぅん。何だ。愛されてるじゃないか、私。
「口枷君。不安にさせてごめん。確かにちょっと考え事してたけど、口枷君の足元にも及ばない考え事だよ。だって私、口枷君の恋人だもん」
正面に座る口枷君は視線を左に動かして、ふ、と力を抜く様に微笑む。
「じゃあ柚木森さん。僕のテリヤキ、一口あげる」
「え」
何がじゃあなんだろう。
「いいよ、口枷君食べなよ」
「はい、あーん」
「もぐ」
このまま近づけられると口がテリヤキソースまみれになると察知し、私は自ら進んで、あくまで控えめな一口を端っこにお見舞いした。
「どーう?」
「……テリヤキも美味しい」
「でしょっ!」
でしょって、作ったのはお店の人なのに。口枷君のことだから、僕の好きな味は美味しいでしょって事なのかもしれないが。
「ん」
口枷君にバレない様に視線を斜めに動かすと、先程の轟沙汰の、茶々柱さんのお付きのカチモリお団子さんはいなくなっていた。
見せつけられたら、そりゃいなくなるか。
お互い気にしない。気にしてない。大抵の人間はそうやって生きている。世界はなんとか回っている。そして何より口枷君との時間を楽しく消費できている。今まさに。だから全然オッケーなのだ。
私達はお昼前に肉まんを食べて、お昼にステーキを堪能し、おやつにアイスを食べて、お昼のステーキが大きく、お腹いっぱいになって記念品のカプセルトイを回して肉フェスから立ち去った。
たくさん食べたね、とか。ハンバーガー美味しすぎた、とか。今度は蚤の市とかどう? とか。そんな事を話しながら駅へ向かった。
帰りの電車もやはり、口枷君はバッチリ起きていた。私は眠かったが、ひんやりした機内の中、口枷君の深刻そうな横顔を見ていた。何だろう、その顔は。
「口枷……君?」
「……」
どうしたんだろう。タレ目がちなのに対して真顔は怖い方だけど、こういう、考え事をしている顔を見るのは、なかなかない。
「……おやすみ」
「…………」
そう呟いて、私は目を瞑ってみた。
口枷君はしばらくしてから、本当にしばらくして、近くでこう呟いた。
「……柚木森さん。今日みたいに、異性に見られてたとして、僕はその人を許す事ができないと思う。でも、もし柚木森さんが、その類の人に言い寄られたとして、柚木森さんが僕より素敵だと感じるのなら、多分僕は、もう二度と人を愛せないと思う」
私の髪の毛を撫でる。
「忘れないでね……」
もし、私が自分が思うより軽薄な人間だったとして、口枷君の呟くそのまんまが起きたとして。
私はきっと、必ず口枷君の存在の尊さ、大切さに気づいて、自分を恨むだろう。
恨むどころか、自傷に至るだろう。
そもそもそんな事あるはずがないのだけれど、口枷君がそんなに不安がっているという事は、私の愛情が口枷君に劣っているという事だ。劣っているつもりは一切ないが、そう思わせてしまっているのは紛れもない私の敗北にして一生の恥。
私は目は瞑ったまま。こう話した。
「式はさ、口枷君は和装かドレス。どっちがいいと思う?」
「っー!?」
まさか起きてるなんて、思ってなかったなんて言わせない。
「私は口枷君と並んで歩ければ、格好なんてなんだっていいからさ」
「……柚木森さんは……白無垢さんが似合うと思います。意外と」
「意外と?」
私は目を開ける。
「分かった。ふつつか者ですが……ってのは早いね。えっと、白無垢ね。おっけい。えへ……」
自分から話を振っておいて、照れてしまうとは我ながら情けない醜態である。ああ、こういうのも、もう恥ずかしがらなくていいのか。
「僕達が旅行するのは金銭的にしばらく考えられなさそうだけど、いずれ」
「そうだね。……私、大学には行くつもりないけど、ちゃんと勉強して、就職先はイイ所目指すよ」
「僕も……」
「ん」
口枷君うとうとし始め、一気に力が抜けた様に、私の肩にもたれかかる。
安心して眠たくなったのかな?
でもこれって、とりま今限りの安心だよね、口枷君にとっては。私がもっと、頑張らなくちゃね。
私はそのまま、目的地まで起きていた。
ちゃんとお互いが背もたれになれる様に。
今はただ、口枷君の分も起きていたかったのだ。




