第24話 (中間三人称視点)
『おはっぴろげー! 柚木森さーん!』
「おはよう、口枷君」
おはっぴろげが何なのかはともかく、あれから一週間半経ち、もう8月上旬。ついに口枷君と約束のデートの日である。
『今起きた?』
「うん、でも駅まで間に合うから安心して」
『いいよ焦んなくて! それより恐山君がめっちゃ背が伸びててさぁ! 柚月追い越しちゃった!』
「恐山君、成長期終わってなかったんだ、あれで」
『僕もびっくりだよ。柚月からはただ強烈なミソジニーを感じるだけで、成長のせの字も感じない』
「ミソジニー感じるんだ……」
『じゃあ僕そろそろ駅着くから! じゃね!』
「えっ!? ちょ」
そこで電話が切れた。
約束時間まで残り一時間以上。口枷君……? ちと早すぎやしませんか? 私は朝ごはんを抜き、急いで支度をした。
ここ最近の口枷君は、頻繁に連絡をくれる。何もない日も、だ。決して嫌な訳ではない。連絡内容としては、宿題がどれくらい終わってるか、分からない問題はないか、外出予定はあるのか、ご飯食べてるか、他愛もない話、等。
口枷君と私の関係性は、傍から見たらかなり重いものなのかもしれない。けど、私は相手が口枷君だからか、嫌な気持ちにはならない。なれない。
……きっと付き合うって、こういう事なのかな。
間違ってるよーと微かに脳裏に声が聞こえてきた様な気もするが、まあいいだろう。さて。
「行ってきます」
私は予定よりだいぶ早く外へ出て、駅へ向かった。
◆◆◆◆◆
「…………」
豊洲野禅歌は柚木森叶のベッドの下にいた。叶が出かけてから、ベッドから出て、体をはたき、軍帽を被る。
「いやー、油芽様もどぎついなあ。柚木森叶の弱点を探してこいだなんて、家に少なくとも二日は滞在しろだなんて。俺が忍者の免許を持ってたからいいものの……」
忍者の免許、というものが実在するのかそもそもなんなのか、というか事実なのかはともかくとして、立派なストーキング行為である事には変わりない。
しかし、それを自覚して尚、油芽の命令に忠実な禅歌は、どうしようもなく豊洲野の血筋だ。
豊洲野家は代々軍人の家系だが、軍人うんぬん関係なく、その血筋の一つに『頼まれたら断れない』というものがある。禅歌はその血筋のせいで、禅歌の家族に頼まれ、他より健全でありながらも、油芽のお付きになる為に轟沙汰高校に入学し、三年間同じクラスで過ごしている。
禅歌は昔からヒップホップを嗜んでおり、中学はダンスサークルに入っていた。油芽はそれを知っており、私の残虐な復讐のせいで豊洲野は夢を絶ったと語っている。当の本人である禅歌は、まあぼちぼち気長に生きましょーと思っている。
(さて、柚木森叶。口枷業火とのやり取りを除いて一言はおろか、独り言すら発しませんでしたねー。さて、と)
禅歌はひととおり部屋の物を確認し、一寸の狂いなく元に戻したあと、リビングへ行った。勿論手袋は着用している。
(う──わ)
禅歌はキッチンのシンクに溜まった、空のカップラーメンの数々を見てしまい、慌てて冷蔵庫を開けた。
部屋の冷蔵庫にはジュースとかスイーツとか、そんなものしか入ってなかった。
(頼むよーここは)
下もついでに開ける。
そこには麦茶、ラップに包まれた皿の上のきゅうり、ほんの少しの食材くらいしか入っていなかった。
(んー)
冷蔵庫を優しく閉め、周りを見渡す。散乱している未開封のカップラーメンやゴミは、ここ最近で溜まったものだと思われる。それに反してそこまで空気が悪くないのと、まだ匂いが充満していないあたり、ここ最近まではちゃんとしていたのだろうと憶測する。手袋を外しキッチン端に置く禅歌。
(油芽様ごめん。油芽様の事は黙っとくから、ちょっとだけ関与するよー)
そうして床に落ちていたエプロンを、禅歌はつけた。
◆◆◆◆◆
「口枷君っ……!」
私は犬の如く、走って口枷君の元へ駆けた。その駅は普通に広く、待ち合わせにはうってつけだった。口枷君は私に気づくとぱあっと花開く様に笑顔になり、手を上に上げた。
「柚木森さんっ!」
「ごめん、待ったよね」
口枷君は「全然? それより……くんくん」と、こちらも犬の様に鼻を効かせ私の匂いを嗅いだ。
「え、臭い? お風呂入ったよ」
「いや、なんか微かによもぎ餅の匂いが……?」
「ええっ、食べてないよ」
口枷君は首を傾げもぐもぐ口を頬張る仕草を見せた。
「行こ、早い方がなにかといいでしょ」
「そうだねっ。じゃあしゅっぱーつ」
そこから私と口枷君の電車旅が始まった。朝方の新幹線では口枷君にお土産を渡す事を思いだし、鞄を漁り、未開封のストラップを無事、渡せた。
「えー柚木森さん僕の事まで考えてくれてたの? 嬉しいなあ! うふっ、開けちゃおー」
「開けて開けて」
相変わらず口枷君のリアクションは大きくて助かる。
「えー何これ綺麗ー!」
「ふふ、ミノカサゴだよ」
それはクリア素材だがちゃんと本来の色で煌めいているミノカサゴの目印チャームだった。
「僕に似てると思った?」
「うーん、好きそうだとは思ったから、かな」
「うふふっ、大切にしちゃおー!」
チャームを頬に当てる口枷君は頬を赤くしてはにかんだ。
「是非是非」
「あっ、朝ごはん食べてない顔してるね?」
えっ?
「僕は少しでも食べてきたのにー。ズルい! 柚木森さんだけたらふく食べようたって、そうはいかないんだから!」
「いやいや、口枷君の分も食べるって」
「それが駄目なの! はいグミ」
「えぇ……」
「スタートは同じ所からがいい!」
全く、こういうところは子供っぽい。というか、ほとんど毎時子供っぽい口枷君。私は渡されたりんご味のグミ(味のチョイスも子供っぽい)をひとつまみ取り、食べた。
「…………ん、おいひい」
「リンゴ系好きなんだよねー! カレーにだってヨーグルトにだって合うしね!」
確かに。リンゴはマイルドかつ優しい味で、昔は私も好きだった。というか、赤い果実は大体好きだ。
「悪くないね」
「はいもう一個!」
ありがたく頂戴するが、まだ残ってますよみたいな顔と助走かよみたいな手つきを見て、腹の自衛の為に腕を組んで目を瞑った。
「!」
くっくっく。口枷君には悪いがこのまま到着まで寝かせてもらう────ん。
何か頭を、撫でられる感覚。
目を開けると、儚げに目を潤ませた口枷君が、私の頭を撫でていた。
「なっ、何で!?」
「だって、していいかなって」
いや全然いいけど読めなさすぎるでしょ……!
「んね、このまま寝ちゃう……?」
「んぐ……」
やべ、変な声出た。
「一緒に動画見たり、外見たり、話したり、しようよ」
「眠くなったら寝るよ」
口枷君は寂しそうな表情をみるみる晴れやかなものに変換させ、私をすこぶる単純化させてくれる。
「はっーい! ほい、イヤホン片耳着けて」
長旅だから、飽きない人でいいんだけどね。
私はイヤホンを片耳につけ、早起きした為にあくびをして、口枷君がスマホを横画面にして操作するのを見ていた。
「まずこれ、僕の好きな曲なんだ」
「あ、これなら私も知ってる」
そこからずっと口枷君のターンで、私は私で楽しかった。




