第23話 (後半三人称視点)
あれから魚の頭部を文字通りかっ捌いて、さらにその中身の異形の元凶……の首を切断し、羊坂さんに異形提出をし終えたのだった。勿論何事もなかったかの様に現実世界に戻り、かるてのみ完食し、そのままお会計をして各自家に帰ったのだった。
帰りの電車は、皆寝ていた。明日は筋肉痛でもっと疲れるだろうな。そんな事を考え、部屋で鞄につけたくらげが目印のキーホルダーを触っては、うとうとしていた。
……私も夏休みおわったら、本格的に将来の事考えないと。三年になってうろちょろ考えて、就職指導の先生に適当な所に追いやられたら嫌だし。
眠……今日は夜ご飯もいいや。導さんも最近特に帰ってくる様子ないし、寝よう……。
私はベッドにもぐり、滅多に洗っていないからか懐かしい香りと共に、眠りに落ちた。
◆◆◆◆◆
「叶!」
ん……何……誰?
「私だよ! ミカエルだよっ!」
「えっ……?」
目が覚めたのかと思い咄嗟に目をこすると、そこには橙色の髪の毛をサイドポニーにまとめた天使がいた。
「ミカエル……。そんな姿だったんだね。ここは夢?」
辺りは真っ黒で、私とミカエルがいる所だけ白くぼんやり滲んでいた。お互いの姿も認識できるくらいの明るさで。
「夢なの。……というか聞いて! 今の私達天使には、現実世界へ関与する力がないの」
「それは困ってないから、心配しなくていいよ」
「それだけじゃない。岩倉チェインが私達天使を支配していて、岩倉チェイン主催のデスゲーム会場のセッティングを手伝わされて、ううん、無理矢理やらされているんだよ!」
だから、ミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエルは現実世界に出てこないと。やはりまた岩倉さんなのか。
「分かった。ミカエル、私はこれからどうすればいい?」
ミカエルは私の手をぎゅっと包み、こう言った。
「────どうしようもできないから、ただ生きてほしいの。叶が異形狩りになったのは私のせいだけど、好き勝手やってる岩倉チェインなんかに、負けないでほしいの。だからデスゲームが始まっても──生きてほしい」
ミカエルは、私の手を握って優しく祈った。
「母なる大地の加護があらんことを」
ぽうっ、と優しくも暖かい桃色の光が私の胸にすっと入る。春風にでも当たった様だった。
「ごめんね叶、もう時間ないかも。もしかしたらデスゲームの最中会えるかも。会えなくても叶はやっていける事を知っているから、とにかくまたね」
「ミカエル」
「何?」
「私を戦士に選んでくれて、ありがとう」
「っ!」
ミカエルはその後どうしようかみたいな笑顔で、その場から光に包まれ消えてった。
ふわぁ。
私はもう少し、力を温存する為に、夢の中で寝るとしますか……。
◆◆◆◆◆
油芽は水族館の帰り、車椅子を押されるがまま愚痴を言っていた。
「しかし、柚木森叶。本当に癪に触る娘ですね……」
「柚木森叶って言うんですねー」
車椅子を押す彼は、肩までの黒髪の半分をハーフサイドお団子にしている軍服姿の青年────豊洲野禅歌。
「私を気遣っているつもりなのでしょうか? 腹立たしいです。お門違いにも程があります。豊洲野、特殊任務を命じます」
「はいなんなりとー。お、その前にもう着きましたね」
「……? 豊洲野、少し風が出てきましたが……ここは?」
車椅子を押される油芽はあれから家に帰るつもりだった。というかそれしか考えられなかった。
「海です」
その禅歌のたおやかな言葉に茶々柱は耳を疑った。
「はい?」
「海。油芽様、ここ最近全然息抜きできていないですし、眺めるだけでも、と思いまして」
勝手な事をされた油芽は怒るでもなく、泣くでもなく、ただ目を開けて海を眺めた。
にわかに見える透き通った青。エメラルドではなくとも、確かにそこには日本の綺麗な海があった。油芽にとってありがたいことにそこには人が全くおらず、少し休憩するには良さそうだと思った。自分ではなくお付き二人の。そこで油芽はまだ人を想う気持ちが残っていたのかと死にたくなるが、今は死んでる場合ではない。
「そんな気遣いいりません。というか何時間歩いたんですか?」
「ざっと二時間ですねー。伊能忠敬界隈ですねー」
「何ですかその得体の知れない界隈は」
「伊能忠敬にちなんでひたすら歩く界隈の事ですよ。轟沙汰は競歩大会もありますし、分かるでしょ?」
「その説明で分かりましたけど……」
禅歌は「ちょっと失礼します」と、スマホを取り出し、油芽を少しばかり不安にさせる。
「……鬱霧、帰りましょう」
「御意」
鬱切と呼ばれた男はこの三人の中で一番背丈が高く、端麗な顔によく似合う、青く細長い髪の毛をカチモリお団子と呼ばれる可愛らしいお団子にしていた。髪が長いからか、肝心の毛先が長く伸びていたが。
そして慌ててスマホのシャッターを切ろうとピントを合わせる禅歌。
「あー待ってください! ブレちゃいますー!」
「豊洲野、貴方は先程から何をっ……」
────パシャリ。
シャッター音が鳴ると同時に、鬱霧は片手でピースをした。
「ひやりん危ないよ、あーでもまあこれでいいかぁ」
ひやりん、と呼ばれた鬱霧ひややかは心なしか悲しそうに萎れていた。真顔だったが。禅歌が油芽の近くまで歩いてしゃがむと、油芽は禅歌のほっぺたをつねった。
「豊洲野っ……!」
「あいてててっ。……大丈夫ですよ、うちらだけの写真ですから。それとも、一つ下の女子高生達に怪訝にされて、そのまま手ぶらで帰るのが性に合うのです?」
「……豊洲野。貴方少し勘違いしていませんか?」
「はい? 何をですか?」
油芽は禅歌の頭を掴み、目を見開いた。
「私は怪訝にされたのではありません。先輩として、あの四人の邪魔をしない様に退散したのです」
(それって……)
ひややかはそれ以上の思考を中断した。
「大人ですから、ふふ……」
(油芽様それって子供のままだよー)
禅歌は言葉にしなかったが、子供だと思った。
手が震えていたからではない。
幼少の頃と何も変わっていなかったからだ。
禅歌は幼少期から油芽のお付きな訳ではないが、情報通なのと、かなりの人間通なのと、特に相手を一目見ただけで大抵どう育ったか分かってしまう特質があるのだった。
「豊洲野、もう少し近くで見てみたいです」
「おっ、了解しました。降りてみますかー」
「ところで豊洲野」
「はい」
「どうして見ているだけでしたのですか? 私が突き飛ばされる所を」
「あー……。俺は女の子に甘いんですよ」
「つまり、たまには痛い目見とけと、見放したのですね」
「見放してなんかないですよー。ほら、今だってこうしてお付きに立候補してますし」
「だから……逆に負い目を感じて立候補したのですね」
「もーう、油芽様は自分の世界に閉じ籠り過ぎて変な解釈しすぎなんですよ。ばーか」
「ばっ……ばか!? 私にばかですか!?」
「いつかは、本当の意味で油芽様と対等に並べる人間が、油芽様の目の前に現れるといいんですけどね……」
それは決して体の不自由を意味している訳ではなかった。その言葉を聞いて、油芽はそんな事わざわざ本人を目の前にして言う様な台詞じゃないと多少苛つくが、抑えた。ここで自分の癇癪を諦められたら、車椅子の手を離されてしまうかもしれなかったと、油芽は本気で思っていたからだ。
油芽は生徒会の中では黎冥と仲が良かった。けれどそれはあくまで黎冥に依存された関係だった。少なくとも油芽はそう感じていた。私に気に入られたら、寿命が伸びるとでもお思いなのだろうかと、少し不満を感じていた事は否めない。
けれど修羅には目をつけられたくないし、早く心中に成功してほしいし、純夜に至っては対等の地を踏みしめてるとすら思っていなかった。
ニール。ニールは分からない。
油芽は、というか生徒会メンバーは皆ニールにスカウトされて生徒会に昇段している。ニールは油芽の家柄と何かしらに希望を感じてスカウトに至った。それだけだ。
(豊洲野は、私と対等にいてくれない。いるはずがない。彼はきっと、この先気づいたら明るい道へひた走る、いつの間にか私の側からいなくなる方の人間だ)
海が綺麗だ。そう呟いたのは油芽で、禅歌は車椅子を押しながら、ひややかはただ波打ち際より外を歩いていた。




