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第21話

「シャチ!」


 かるてはシャチが目印のビーズキーホルダー。


「メンダコ」


 空知火はメンダコが目印のビーズキーホルダー。


「くらげ」


 私はくらげが目印のビーズキーホルダー。


「うーん……」


 まだ悩んでいる巴。


「オヌシ、何と何で悩んでいるのじゃ?」


 かるての急な博士口調に動じない巴は、指を指した。


「タツノオトシゴか、タコにしようと思うんだけど、どっちが何点差で可愛い?」


「めんどぉ……ねぇ、タコって可愛い?」


「私は可愛いと思う」


「タツノオトシゴも捨てがたいのよねぇ」


「じゃあ巴がタツオトがいいと思う人ー」


 タツノオトシゴをタツオトって略すな。そして全員が手を上げる。巴もかい。


「はい購入ー」


「でもタコもどっこいどっこいで可愛いよね!?」


「巴らしくていいと思うよ」


 お土産コーナーで先にキーホルダーを買った私達は、それぞれの鞄に着けた。うん、それぞれ個性が出ていて可愛らしいし、こういうのも悪くない。


「叶なんかもう一つ買ってたけど、何買ったの?」


 かるてに聞かれて、私は咄嗟に答える。


「お土産。口枷君にと思って」


「「「え?」」」


 きょとん、というよりかは、あ? みたいな声。どうしたんだろう、何かまずい事口走ったかな?


「あれ、言ってなかったっけ? 口枷君。私の彼氏って……言ってなかったっけ……? えへ」


「「「はぁぁあああ!?」」」


 全員目を見開いて大声を出す。あ、あれー言ったつもりになっていたんだけどなぁ。うっかりうっかり。てへぺろで済む様な子達じゃないけどね……。


「え!? どこらへんから!? つーかどこが!?」


「私達と出会う前からじゃないよね!?」


「そんなまさかねぇ!?」


 私は下手くそな笑みを浮かべ、その場の三人を青ざめさせる。


「こっ、こーーーーわっ! 見て! 鳥肌!」


「くそぅ! これが異形狩りの戦士のやる事かよ!」


「というか口枷から? 叶から?」


「どっちなんだろう、あれは……」


「「「曖昧なやつきたーー!!」」」


「く、口枷君! 多分、口枷君からです。おぼろげながら、口枷君」


「俳句かよ」


 かるてにそんな突っ込みされるとは。


「だから、プロポーズは私からしないとなんだよね」


「何がだからなの? 知らないよ、そこまでは」


「ごめん。もうこの話お昼辺りに総責めにしとこう。今はやめよう。タイムロス」


 空知火から軽くディスられた気がするけど、まあ、いいか。って、お昼にネッチリ質問攻めされるって事? ひ、ひぇー。


「じゃあ早速歩こうか」


「皆何見たい?」


「くらげー」


「叶ずっとそれだな! そらちーは?」


「僕はペンギンが見たい。何故なら愛くるしいから」


「じゃあぼちぼち行くか。ここからだとペンギンは外側だから……あっち!」


 巴の指揮によって私達は生きているといっても過言ではない。長女にして責任感の塊ともいえるそのリーダーシップは、まさしくアネゴ呼びしたくなるカリスマ性がある。実際ヴェル女の手芸部では手先の器用さとデザインセンスでモノを言わせてるカリスマらしい。将来はやっぱりデザイナーなのか。


 と、そんなこんなでペンギンコーナーにたどり着く私達。そう、癒されるうえに可愛いペンギンと、無機質ながら癒されるうえに可愛い空知火の二つの魂。


 出会うはずのなかった二つの可愛いが────今、出会ってしまう。


「そして、本来会うべきはずではなかった二つの魂が合流する事によって、新たな化学反応が今巻き起こる! 威嚇! 狂暴! だが可愛い! 勝つのはどっち!?」


「かるて、うるさくするとこうだぞ」


「や、やめろぉ!」


 かるては巴に変な技を決められていた。卍固めだろうか?


 よかった、私は口に出してなくて。私は空知火の前まで行って、何をしているのか気になって話しかけた。


「空知火。お目当てのペンギンはいた?」


 空知火は目の前の首を傾げるペンギンとぷくっーと頬を膨らませ変顔をしていた。何してるのかな?


「ぷはっ」


 変顔をやめた。


「僕のお目当てはあそこに仁王立ちしているヒゲペンギン。勿論エンペラーも大好きだが、あれは兄さんとの思い出のペンギンなんだ。あそこにいるちょっと不細工なヒゲペンギンなんて、兄さんの変顔そっくり、ぷふふっ」


 空知火が楽しそうで何より。しかし、あの儚げ美青年が変顔するのなんて想像もできない。


「僕ね、昔よく兄さんが水族館に連れてってくれたんだ。だからってのもあるけど、やっぱり小さい頃楽しかった場所は、いつだって来たくなるでしょ? 叶はそういうのない?」


「んー」


 空知火の思い出の場所の一つが水族館。それに比べ私はなにげに水族館自体、今日が初なのである。思い出の場所と言われて思い浮かぶのは、王道だが昔住んでた近所の公園だとか、そんなところだ。


「公園」


「僕は子供の為に作られた場所が大好きだ。叶のそれは共感に値する」


「どうも」


 空知火の言葉一つ一つは、何だか重みがあって、想像すらできない背景がある事を想起させる。昨日は廃墟に住んでたとか聞いちゃったし……。この子は普段私達の前では明るく、誰よりも自分らしく、らしくない所を見た事がない。


 空知火は、幼い頃からどんな世界を生きてきたんだろう。そんな事を考える。


「────柚木森さん……ですか?」


「!」


 考える暇もなく、その清楚なよく通る声の主を聞いてまさかと思い振り返ると、そこには車椅子に座った茶々柱油芽さんがいた。


 茶々柱油芽────轟沙汰高校三年生。


 何で……、何でここに? 車椅子? 悪いのは目だけじゃなかったっけ? そして後ろの二人は誰……?


「稗田さんもいらっしゃるようですね……」


 そっか、空知火もアンチサイト運営中は轟沙汰の生徒となんらかの接触はあったっぽいし。認知されているのは当然か。


「轟沙汰にも……夏休みがあるんですね」


 私がそう言うと、茶々柱さんは糸目で笑うでもなく、蔑むでもなく、ただただ茶髪の髪の毛を触り、その手を降ろしただけだった。


「ええ、ありますとも。少なくとも私は。あの四人の中では一番マシな優等生ぶりですからね。きっと残りの三人は寮にいるか、校内でしごかれているのでしょうけれど」


「…………」


 空知火の空気が変わる。まるで、私を守るかの様に前に出て。


「油芽、お前何でここにいる?」


「いてはいけませんか? 一応私も夏休み期間ですし……」


「いちゃいけなくはないが、できる事なら見ないフリしてほしかったよ。ああ、目がお釈迦になってるんだっけ?」


 それは目の不自由な茶々柱さんにとっては喧嘩と捉えられちゃうんじゃ……。空知火、いくらなんでもそれは言い過ぎだよ。


「いえ、現在は完全に見えない訳ではないんです。岩倉さんに作っていただいた義眼がありますから。それに、お付きのサポートにも恵まれておりますし」


 車椅子を持つ青年。茶々柱さんの隣に立つ青年。私はその二人へ視線が誘導的に動く。どちらも長髪で、どちらも凛としたそれぞれ個性のある真顔だった。


 そして、轟沙汰の生徒は皆良くも悪くも大人びているが。どちらも成人男性と言われても疑えない背の高さと骨格だった。


「私、弱ったい精神ですのに、そんなに見つめられてしまうと傷ついてしまいます」


「……あの、茶々柱さん、足、怪我したんですか?」


「はい?」


「叶……」


 茶々柱さんは「嗚呼、はいはい」と微笑み、目を見開いた。その緑色の瞳は、新緑を連想させる。一年の頃口枷君と糸目の開眼はアリかナシかで話し合った事があるが、結局私達はどちらもアリ、となったのを思い出す。しかしこれは、目を開き過ぎていて、逆に怖い。


「家に帰宅したのち辞める予定の下女に突き落とされまして。折れている訳ではないのですが、一応。大袈裟ですかね? ふふっ、怖いですね、この世界というものは」


 また、怖いだのと、そんな事を言う。


 この人は、やっぱり、なんか、可哀想だ。


 でも分かる。この人を救いたくても、救える人は多分、いや確実に私じゃないという事。


「豊洲野、鬱霧、帰りましょう。気分を悪くしました」


 豊洲野と呼ばれた男は車椅子を動かし、鬱霧と呼ばれた男は二人の横を絶妙な感覚で歩いてった。


 そして、当たり前だがやはり見られていた。いなくなった頃、こちら側へとかるてと巴がやって来た。


「二人共大丈夫だった? 今のって……」


「うん、轟沙汰の生徒達。茶々柱油芽と、そのお付きだよ。お付きに任命されたのがあの二人って事は、どうしようもなくあの二人も戦士として巻き込まれたんだろうね、勿論チョーカーもあるはずだ」


「そういえば、岩倉さんに義眼を作ってもらったとか言ってたけど、轟沙汰はそんなに簡単に岩倉さんと会えるの?」


「会えるだろうね」


 空知火は即答した。そして、知っている事を要約したのか、少しはしょりながら話してくれた。


「僕が知っている限り、岩倉は轟沙汰を贔屓している。多分、岩倉にとって同情するしかない境遇の人間が多いからだと思う。岩倉は僕からしてそういう人間だ。轟沙汰もそれを利用していると思う。轟沙汰の生徒は轟沙汰の生徒で、死にたくないからさ」


「そもそも轟沙汰高校、普通のスパルタ学校じゃなかったの?」


 と、かるて。私だって最初はそう思っていた。でも、どうやらそれは表向き、いや……表面を勝手に見定めた私達のイメージというだけだったのだ。


「────強いて言うなら軍人学校だよ」


「!」


 空知火はやはりこの中で一番轟沙汰に詳しい。


「それこそ表向きはね。その実態は立派な軍人を志す人間と、どうしようもなく行き場のない非行少年達が人生を賭けて通う事が許される、そんな学校。ただし不特定多数は卒業後も未来が約束されているとは限らないケースもある。例えば、揺器黎明なんかがそうだ。あと深船修羅も。ギリギリ遅い未来があるのが乙坂純夜なもので、今では大人しい茶々柱油芽は手厚く扱われているよ」


「「「………………」」」


 それを聞いた私達は、轟沙汰の生徒達の戦士としての力の強さ以前に、複雑な気持ちになった。


 言ってしまえば、それって犯罪少年って事でしょう? 罪を犯した事のある人達が大半を占めてる学校って事でしょう?


 私達は日々ニュースやネット記事、新聞や番組なんかでそういった事件やヒストリーを見て知ってきたわけだけど。恐れてきたわけだけど。私達まだそんな人達と向き合う術を知らないよ。夏休み最終日に、嫌でも向き合う事になるかもしれないんでしょ? 関わるかもしれないんでしょ?


「叶」


「っ! ……何?」


 空知火が私のほっぺを優しくつまんだ。


「煮詰めすぎ。何を考えてるか知らないけど、叶の事だから、きっと先の事考えすぎちゃってるんでしょ?」


 ……おかしいな。


「うん……」


 日は浅い方なのに、もう空知火にこんなところまで見透かされている。


「この空気の中ご飯食べるってのもねぇ……」


 巴の意見に賛成の私だったが、かるてが腹の虫を心地よく鳴かせた頃、私達は目を丸くして笑った。


「黄食、ほんと黄食」


「だっ、だってぇ! てかそらちー名字呼び!?」


「ほんと黄食」


「叶まで!?」


「でー? 黄食さんは何食べたいの?」


「もう! 私が食べたいのは肉! 肉肉!」


「あー肉かぁ……」


 肉は口枷君とたらふく食べる予定があるからなぁ。まあ今日くらい、水族館メニューがどんなものか分からないけど、いいか。


「うん、肉でいいよ」


「いぇーい!」


「待ってかるて、叶の間が怪しい」


 と、巴さん!?


「食べるの? お肉。彼氏サンと、来月あたりかしら?」


 ひらに! ひらに!


「かしら?」


「はい……」


 白旗を上げた私はそのまま三人に掴まれながら道行く魚達を楽しみつつ、くらげも楽しみつつ、レストランへと連行されるのだった。


 ああ、これぞ夏休み……!

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