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第20話

「ここ、元は父さんの部屋だったんだけど、僕がもらったんだ。……基本的に部屋で描いて、完成したのがここに置かれてる。あ、あのさ」


「うん、大丈夫だよ」


 私は口枷家にお邪魔して、母の口枷烈火さんに挨拶を済ませ、正直歓迎されないかと思ったが、普通に快く受け入れてもらい、しかし特に詳しくは詮索されず、口枷君のアトリエ部屋に入ったのだった。


「笑わないでよ……?」


「うん」


 アトリエ部屋には幼い日の口枷君が作った工作物や絵が飾られていた。それだけでもう十分口枷君の芸術性は計り知れるが、私に見せたいという大きなキャンバスは、ヴェールに隠されていて、少し埃を被っている。


 そして、ヴェールをめくった。


「……」


────私はその場で言葉を失い、目を奪われた。


 大きなキャンバスに描かれていたのは、回転木馬だった。ただの遊園地に佇むメリーゴーランドの絵ではない。


 馬は固定されているのではなく、恐らく口枷君オリジナル案の浮遊した馬。それでも糸みたいなもので繋がれてはいる。動きの繊細な表現力は文句なしで、いやほんとにどうやって描いてるのか尋ねたいくらいのもので、モチーフの背景も煌びやかで独創的で、口枷君の頭の中を覗いているみたいな感覚だった。


 本当に、表現ってすごいんだな。


 少なくとも、私は口枷贔屓ありにみても、目が涙で潤ってしまった。


「え!? 柚木森さん!? 別に僕そこまでのレスポンスは求めてなかったっていうか予想してなかったっていうか……いいよ分かんないでも!」


「いや、まあ実際私に芸術とかは分からないんだけど、こりゃ……美術部入ったら一周回ってハブられるね」


「一周回ってハブられる!?」


「にしても……口枷君すごいんだね、こんなに描けるなら、迷う事なんて……ああ、私に背中を押してほしいんだったけ?」


 私がそんな事をついに言葉に出すと、口枷君は汗を垂らして、にへら、と頷く。


「ちなみに何でよ。らしくないね」


「なんか、体育祭期間の時ずっと周りに頼られっぱなしで、その反動で美術部に入る口実ですら甘えたくなったっていうか……なんだろ、違うかも……あ、あのー……」


「うん」


「人の絵を破った僕が、美術部に入っていいって、柚木森さんに、いいくるめられたい。認めてもらいたい、んだ」


「……口枷君」


「はい」


 斜め下を向いて照れる口枷君を、私はぶっ飛ばした。


「いでぇ!? 何すんのさ!」


「さすがに見失いすぎ。まあいいよ、キッカケくらい作るもの。彼女だもの。口枷君。美術部に入りなよ。人の絵を破ったのは確かに誤りだったけど、それより口枷君はもっと前に酷い仕打ちにされてたんでしょ?」


「は、はい」


 結局甘やかしてしまう。


「だから、この拳で口枷君の絵に関する粛清を終わらせました」


「はぁ」 


 口枷君は頬を撫でて正座する。


「そして、口枷君が美術部に入ったらさ、私にたくさん絵を見せてね。たくさん話を聞かせてね。たくさんたくさん、積み上げていこう?」


 今度は私が、手を差しのべた。


 そして口枷君は恐る恐る手をとろうとした。そんなに怖がんなくても、もう暴力的な事しないっての。


「明日、入部届貰ってくる。本格的に入る頃には、夏休みに入っちゃいそうだけど」


 手を掴み、口枷君はほぼ自分の力で立ち上がる。


「もし、展示とかされたら、見に来てね」


 口枷君は少し笑った。


「勿論!」


 私も希望を信じて笑った。



◆◆◆◆◆



 夏休み数日目。宿題はほぼ終わっていないが、つけられる部分の手は大いにつけたつもりだ。


 そして今日、映画館へと電車を使い、街のシネマ付近にて待ち合わせをしている最中だった。待ち合わせ場所には私一人。時間は過ぎてすらいないからいいものの、待つ時間って緊張して苦手だ。


 見る映画は北倉作品の最新作――――『解剖美学ジギタリス』だ。正直女子高生が集まって見る様な映画ではない。かるてと空知火のチョイス。これまたノマカプと血みどろワールドな映画らしい。だが今回はアニメ映画なので、サヨナキドリよりはマシらしい。


「あっー! かにゃえー!」


「よっーす」


「叶よっすよっす」


 と、かるて、空知火、巴が歩いてくる。


「えっ、三人とも何で一緒に? なんだかさみしい……」


「あーそれがさぁ、かるてはともかく、空知火は廃墟暮らしだったみたいだから、しばらくうちで保護してるの。協力してくれそうな皆鴨にも連絡してるんだけどね」


「廃墟暮らしぃ!?」


 巴のそのワードに驚かざるを得ない。何、あの廃墟は舞台装置的な一環ではなく、本当に住んでたんだ!? まあ確かにあれ程の量のパソコンわざわざ廃墟に置くのは大変か。いや、そこが問題なのではなく。


「前は仕方がなかったんだ。兄さんがいなくなって、僕も本格的に育てられた環境から逃げざるを得なかった。だから巴と皆鴨が交互に匿ってくれるのは、ありがたいよ」


「空知火お兄さんいるの?」


「いるいる。超絶かっこいいんだ。写真見る?」


「「見たーい!」」


 食いつくかるてと私。


「はい」


 スマホには空知火の面影が残る細身で儚げな青年。空知火がまんまるお目めなのに対し、お兄さんはタレ目がちで、黄土色の目と髪色をしており、白いシャツが爽やかだった。


「なんていうか稗田家って細くてスタイルいいよな……恵まれてんな……」


「モデル系だね、どっちかっていうと」


「お前ら品定めすんなよ……」


「稗田蟷螂。僕の六つ上のお兄ちゃんなのだ」


「「年の差ー!」」


「おいあんたら、そろそろ映画の発券行くよー」


 巴ママ(親しみを込めて)に言われるがまま、私達は元気にはーいと手を上げて、シネマの中へ入っていった。


 全員分の発券が終わると、私達はご飯どうしようかという話になった。


「映画館のホットドッグは絶対に食べてほしい!」


 熱が凄まじいかるて。


「一人で食ってろ! あたしコーラだけでいい」


 あまり食べない雰囲気の巴。


「ポップコーンは塩だよね、やっぱり」


 と、ほっぺに手を当てる空知火。


「私は朝ごはん食べてないからヨーゼリア行きたい」


 趣旨を理解していない私。


「ヨーゼリアで食べられるクオリティの品々は映画館でも食べられるの!」


「じゃあそこまでいうならかるてのホットドッグ食べてみるよ」


「おーいいねぇ! じゃあ私はチーズピザ食べる」


「は!? おすすめしといてピザ食べるの!?」


 こいつ信じられねぇ!


「叶、こいつは振り回すだけ振り回して後は好き放題やるヤツなのさ。食べたいもの食べな」


「い、いいよホットドッグ食べるから」


「空知火どうする? 開演まで時間あるけど」


「いい。僕は開演ギリギリに頼むから」


「あっそらちーじゃあ私とキャラメルとシェアしようよ!」


 何でもアリ。


「…………」


 考える空知火。三秒程首を傾けている。さすがの空知火もかるての横暴には耳を傾けないか? そして出した答えは……。


「いいよ!」


 めっちゃかわいい。



◆◆◆◆◆



「どうだった?」


 映画を見終えて、そう言葉を切り出したのはかるて。まあ事前知識のない北倉作品を食らうと、多少混乱はするものの、かなり楽しめた方だ。


「解剖美学ジキタリス、悪くないね」


「まあ多少難解な所もあったけど、成る程ねー。空知火とかるてはこういうの好きなのかぁ」


 私と巴は下手に原作履修済みの二人に感想を素直に言えるわけもなく、ただ個人的に良かったところはどこを選んでもニッチになってしまうのが北倉作品なので、濁した。


「僕、毒入りラーメンのシーンと博士が勝手にヒーローを魔改造して披露するシーンが好きだった!」


 尊厳の欠片もねぇ……。分からなくもないけど。


「めっちゃ分かる! 私はヒロインが【自主規制】してたり【自主規制に続く自主規制】とかもえぐやばかったのー!」


「さあ、叶、あっちいこっか」


「そうだね。巴は隣のモールが行きつけなんだっけ?」


 かるての鬼デカ爆弾発言に私と巴はオホホホホ……と、優雅に他人のフリをするのだった。


「ねぇお二人さん!?」


「逃げろ!」


「ふふっ」


「あはっ、待ってよー!」


 その時の私達はまるでチョーカーの事なんて忘れたみたいで、とにかく大型ショッピングモールではしゃいだ。空知火と私は巴に服を買ってもらった。申し訳ない。かるては相変わらずフィギュアショップやカプセルトイコーナーを楽しんでいた。カプセルトイは私達もかなり楽しんだが……。


 日も暮れて暗くなる前にと駅に着いた頃、私達はある約束事をした。


「あのさ、来週の水族館さ、皆でお揃いのキーホルダー買いたい……なって」


 空知火が手を合わせて、もどもど喋る。もともと水族館は空知火の提案だ。私達は即承諾の意を示す。


「いいね、それ」


「絶対買おうよ」


「ほんじゃ決まりっ! 楽しみだねっ」


「……うんっ」


 この時は、あの人に会うなんて思いもしなかった。

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