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第18話 (皆鴨視点)

 それから俺は物凄い力で拳で殴ってくるヒュータから、盾でとにかく身を守った。


「何だ! 後ろの腕は飾りかよっ」


 するとその言葉に反応し、まだ序盤なのに、隠していたかの様に背中を向けて後ろの手で殴り続けた。


 この程度の挑発に乗るとか、まさにヒュータって感じだ。でも良かった。状況は何もよくないが、言葉は届いているみたいだ。


 すると拳技に飽きたのか物足りなかったのか、ヒュータは再び四足歩行になって、俺の足にタックルした。


 転んだ俺から離れ、足技で俺を蹴り殺そうとしてきた。実際喰らった。


「がはっ! がはっ! うっ!」


 そして俺は盾を恐山のおでこめがけて、三角定規を盾から放った。どういう訳か昔から、脳内と盾がダイヤルの様にリンクしており、盾の周りに刺さった定規達を、好きな位置に回す事が可能なのだ。大きさも、用途も、便利に変えられる。ヴィンテージアクセサリーで一番厄介な天使がガブリエルなら、一番厄介な武器を所有するのは俺だろう。


「ぎちぎちぎちぎち」


 ヒュータは再び歯を食い縛り、三角定規をおでこから抜いた。血が出ても気にせず。


 俺はその隙に後ずさる様に立ち上がり、ヒュータから距離を取った。


「げほっ、けほっ……」


「ッスゥーーーーーー」


「今度は何だ?」


「あおーーーーーーーーーーん!!」


 こいつは犬か!


 すると地面から、白いパース線の入った巨大な無数の手が出没し俺を掴もうとしてきた。


「何でもアリだな!」


 そして俺は踏みつけている地面が盛り上がると同時に、急いで地面を踏み、その力で高く飛んだ。


 なんだ、この謎のガブリエル世界でも身体能力は健在か。まあ、ヴィンテージアクセサリーを武器に変えられるんだから、それくらいできなくては困る。


 それに合わせて、ヒュータも高く飛ぶ。


 俺とは比べものにならないくらいの高さで、眼光を見せつけて。


 そしていつの間にか俺の目の前まで来ており、俺はその今にも飛び出す足を盾で守ろうとした────だが、守れたが、あまりの強力な脚力で、俺を地面に蹴飛ばした。


────俺は白い床に、線の入った床に漫画でよくある爆発音みたいな音をたてて、めり込んだ。


「うきゃっ! きゃっ! きゃっ!」


 手を叩いて低空飛行ながらにもジャンプするヒュータ。


「お前は……猿か……!」


 俺はくたびれてなどいない。そう、これは少年漫画のバトルシーンでもなければ、感動的な再開でもない。ただひとついえるのなら、これは良い機会という話だ。


「!」


 まだ生きている俺に、ヒュータは黄金の瞳を光らせ、拳を鳴らす。俺はめり込んだ壁からメキメキと体を動かし、盾をヒュータに向ける。


「ヒュータ!」


「がぅうぅううぅ……!」


 がなる狂犬。


「聞け! 聞かないなら無理矢理聞かせるまでだ! 俺はお前を知らな過ぎたし、知らなくても成立していたのかもしれない。けど! 俺はお前の、友達だから! だから────」


「ウざ、イ……」


「――――お前の事、俺に聞かせてみろよ! どーせ大したこと悩んでないんだろ! どーせそういうDVDの視聴方法の入手しか頭にないんだもんな!」


「────殺ス!!」


 そこから俺はヒュータにボコボコにされた。それで分かったが、ヒュータは俺を殺す気はギリギリないらしい。急所を狙ってきたりはするが、内臓はまっぴらな事にならないし、打撲傷が殆どだ。


 俺も今のヒュータにやられっぱなしで死ぬのは御免だから、必死で抵抗を試みた。


 交差する盾とヒュータの拳。俺は押され気味。

 その体だと小回り利かなそうだなとか考える頃には、素早く逆立ちし、足技で俺を吹き飛ばした。


 散々殴って、散々弄んで痛めつけた後、ヒュータは少し落ち着いた。落ち着いたというか、途中から一切の抵抗を拒否した俺を押し倒し、ふるふる震えていた。俺はヒュータの下で、全然平気になれる様に呼吸を整えた。


「……。……。……ヒュータ、何があったか知らないが、一から教えてくれよ、お前の事」


「が、ガブリエル……」


「そっちじゃない。恐山ヒュータ。お前の人生についてだ」


「!?」


「散々お互いのそういう部分に見向きしてこなかったんだ。こういう時くらい、喋ろうぜ」


「しゃ、喋る……?」


「まずは俺からな。……知ってると思うが三人家族で、びっくりするほどなにもない……と、言えば嘘になる。父親譲りの自己中な性質やバリキャリで全うに相手してくれなかった母さんへの苛つきは多かれ少なかれある。でも、あの二人のおかげな所もたくさんあって、正直その感謝を伝えるのは大人になってからになるかもだが、二年生という将来を考えるには遅いくらいな年齢でさ迷ってる俺を、決して突き放さずそこにいていいと認めてくれる。そんな家族だ」


「……、…………っ」


「そんな反応をすると思った。でも、そんな風に泣くとは思わなかったな」


「俺の、俺の事も言っていい?」


「確認なんて今更過ぎるとか言わせんな。言ってくれよ」


 ヒュータはいつの間にか正気の瞳をしており、呼吸を整える事すらせず、涙を流してぽろぽろ言った。


「俺は……俺の家族はね、屑なんだ。どうしようもないくらいひん曲がっちゃって、誰がどう手をつけても助からない大馬鹿者の集まりなんだ……! 病院に行ったのは、行く迄に至らされたのは母さんだけで、諸悪の根源共は全く持って自分が悪だと認めない! 振り返らないんだ!」


 やっと、ヒュータの話が聞けた。やはり難解そうなパズルを所持していて、今の俺では到底どうにもできなさそうなものばかり。


「母さんはうつ病なんだけど、最近少しずつ話してくれて、それだけで少なくとも二人は良くなってるはずなのに、俺は毎日どうしようもできない怒りを溜め込んで、発散させる場所がない。父さんに口答えするのはおかしくなるからやめた。祖父母はそもそも時代が違う上におかしくなるからやめた。口ではこんな風に言っているけど、俺だって将来ああなっちまうかもしれない! それが怖くて! ──何もかも腹立たしい!」


 何故だか頭の握手ヘイローや千手観音の様な腕が薄々と浄化の如く消えていくのが分かる。それでも気を取られず、俺はヒュータの顔を見ていた。


「────柚木森さんみたいに強くなりたい。草薙さんみたいに綺麗になりたい。空知火みたいに何かに専念してみたい。黄食みたいな想像力がほしい。口枷みたいに羽ばたいて、柚月みたいに頭がキレたら、かっこつけられたら! いいのに、いいのになあ!」


 全部。吐き出してくれた。


 全部、大切な台詞だった。


 だから、頭を撫でるでもなく、涙を共有するでもなく、こう言った。


「俺、正直言ってこんなナリだけど、ヒュータと口枷より馬鹿だから分からんけどさぁ……」


「……?」


「俺って母さんが弁護士だろ? もし、もしヒュータの母さんが復讐じみた事、もしくは訴えたい事があるんなら、うちの母さん頼るのもアリかもって思ってさ。もう遅いかもだが、何かしら父親を訴えるってのも考えなかった訳じゃないんだよ。あとはー……俺の父さんが精神科医で、話聞いてるとそっちの人達は行こうとすらしないかもだけど、父さんに相談して、人脈づてになんとかならないこともない」


「……っ。……で、でも迷惑じゃ」


「だから、今更。これくらいなんだよって事」


「…………分からない。どうするのが正解か」


「今答えを出すべき事じゃないし、全然いつでもいいから連絡してくれ。俺も話、してみるからさ」


「っ……。……」


 ヒュータは目を瞑り、口を震わす。そして開けた瞳は黄金の瞳ではなく、いつもの茶色の瞳だった。


「ありがとう」


「んー別に。俺もありがとうな」


「柚月」


「何だ?」


「思ったんだけどさ、心って液体なんだよな。やっぱり」


「……! その論争は俺でオチがついたと思っていたが、まあ、確かに、そうなのかもしれないな」


 今のヒュータは溢れていて、今の俺は満たされている。うん、液体だな。水でもいい。


 かるては蜂蜜かもしれないし、柚木森さんはあの自販機のつぶつぶザクロかもしれないし、草薙さんは炭酸飲料かもしれないし、空知火はガソリンかもしれない。俺は分からない。口枷も。なあ、ヒュータ、お前は何だ?


「────帰ろう。柚月」


 ヒュータはふと起き上がり、俺の腕を引っ張る。


「ああ、そうだな。でもどうやってこの裏世界かも怪しい謎世界から帰るのか、検討はついてるのか?」


「うん。ガブリエルが俺を完全な異形にする前にガブリエルを刈った。そして、どういう訳か柚月と話している最中、あの頭のヘイローやら背中の手やらが消えたみたいだ」


「じゃあ多分、この世界は裏世界みたいにいつでも帰れるのか?」


「ガブリエルを刈ったんだぞ……? 自分の守護天使を。言ったはいいが、柚月も大概だよ」


「ここに来た時謎の頭部があって、察した。もともといない方がいいだろ、あの天使なんて。ヴィンテージアクセサリーが使えなくなったのは残念だったな。これからどう戦うか」


「いや、それが……」


 するとヒュータはベッドの残骸の方へ行き、何やらベッドの隙間をゴソゴソ漁る。


「?」


「────ほら」


 じゃじゃん、と、ヴィンテージアクセサリーではないが、ヒュータがいつも使用している薙刀風ビニール傘(不恰好な留め方なのは相変わらず)がそこにはあった。ヒュータはそれを持って走ってくる。


「なんか、こう……」


 こう……と言い終えるとビニール傘は光を放って消えた。


「!」


「そしてこう」


 そしてまた、光を放ってビニール傘が出現。


「! 天使がいなくても使えるのか!?」


「そうみたいだ。というか、轟沙汰の連中も、黄食や草薙さんも、皆こうやってたと思う。だから、天使がいるのは俺、柚月、口枷、柚木森さんの四人だけで、異形をおびきよせてるとか、天使達が言ってた責任やら罰やらも合ってはいるんだろうけど、何か、あるよな……」


「あるな。つーか最近、天使のやつら全然喋らねぇよな。ラファエルもぴくりともしないぜ」


「もともと俺達は天使なんて信頼してないけど、岩倉チェインの介入も何かしらあるんだろうけど、とにかく、とにかく今は帰る! ガブリエルの頭部探すぞ!」


 考えるのに疲れたのか、ヒュータはガブリエルの頭部を探し始めた。俺も疲れた。柚木森さん達はもっと疲れただろうな。さて、俺も探すか。


「どーん」


「「!?」」


 勢いよく保健室の扉が飛んだ。否。ある者によって、遠くまで蹴飛ばされた。


「ガブリエルのやつ、少しだけイイ思いさせてやろうかと交渉したのに、役に立たなかったナァ……。あ、これこれ」


 と、落ちていた橙色の髪色をした頭部────ガブリエルを片手でわしづかみにする。


「安心しなよ。異形提出しなくても今回の世界ではもうじき何もなかった事になるからさ。天使の異形なんて僕が提出しとくよ。あ、加えて安心して? 君達の会話や記憶はなくならないから。修正されるのは交換された内臓やこの世界そのものさ」


「は……?」


「誰だ?」


「ボクかい? 名乗りたくなるが今は名乗れないなぁ」


 と、ポリポリ赤い帽子ごしに頭をかくエスニック風のファッションを身に纏った美少女。


「うーん。そんな見つめられると照れちゃうから言うよ。夏休みまでにチョーカー失くすなよ、ボクちゃん達」


「「!」」


 それで全て一致した。そうだ、この女!


────岩倉チェイン!!


 俺達に夏休み最終日デスゲームをさせようとしている倫理も道徳の欠片もない不登校詩人野郎!


「じゃあ、またね」


「「待て──」」


 その頃には遅いと分かっていた。世界がぱらぱら何ピクセルずつか消えてって、俺達は眠る様にさらさらの砂になっていったんだ。


 大丈夫。俺達の日常は、これくらいで終わらないから。

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