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第1話

 クール(笑)・オブ・貧困層。下駄箱の中にそんな落書きが見えた。あとは、土かぶりの室内シューズ。


────毎日この繰り返し。


 私はこれをいじめだとは思わないけれど、意地悪だなとは思う。犯人は分からない。大人数かもしれないし、数人組かもしれないし、一人かもしれない。


 一人で毎日ここまでやっていたら、逆にすごいなとは思うけれど。まあ、この高校で私の無口な性格からの家庭崩壊事情は、少なくともクラス内ではかなりの噂が広がっているし、そこから尾びれがついたり勝手に泳ぎだしたり、だ。


 だからそのうちのからかいたい誰かなんだろうけれど、正直今はそれどころじゃない。


 私はシューズを外まで戻って逆さにし、中の土をドバドバと捨てた。更にシューズの爪先を叩いて完全にとはいかないまでも残った砂を落とす。


 私は昔から達観癖があり、それは大きくどうしようもない問題によく発生が見られる。けれど、私はこういった小さなじめっとした問題に限り、達観ではなく苛つきを覚えるのだ。


 でもまぁ、なんというか、地味にこういうベタな事をされると、漫画やアニメで見慣れているから、今回も意外と落ち着いていられる。あくまで私はだけれど。


「うわっ、今日は土じゃん! あちらさんもネタ切れかな? 水が含んでないのが救いだねー」


 と、傍観する台詞を吐く男の子の声が聞こえる。一瞬お前が犯人かと睨みつけそうになるが、その声の主はクラスメイトにして学級委員長の口枷業火君だった。


「口枷君、見てるくらいなら学級委員長として秘密裏に犯人探しとかにでも暗躍してほしいものなんだけど……」


 ついそんな助けてよみたいな台詞を吐いてしまう。この流れは、大体いつもやっている。


「前も言ったけど、犯人は僕の知り合いで、とっても手がつけにくい相手なんだよ。僕ができるのは、柚木森さんとその犯人を二人きりにさせない事くらいなものでね」


「そういえばそうだったね。そんな事より、今日は席替えだね。高柳(たかやなぎ)先生は今年もくじ引きにするつもりなのかな」


 私は無理矢理話題を変える。口枷君にとってもそれが都合が良いだろうし。


「嫌なの? 僕はくじ引きの方が後腐れなくて好きだけどなぁ」


「くじ引きしたって最後には周り見て席変えたりするでしょ。だったら最初から仲良し同士で集まって、私が一人席とった方が嬉しいんだけど」


「あはっ、それはそうか、柚木森さんらしいや」


 私は無言になる。そして、少し長めの空白時間ができてから、口枷君はこんな事を言う。


「なんかさ……なんか、ごめん」


 その言葉を聞いて、ムッとしてしまう。私はその類いの謝罪が嫌いだ。謝りたい事があるのなら、はっきりどこが悪かったのかも付け加えるべきだ。それができないのなら、敵とみなす。私は軽く嫌悪を示した。


「……何が?」


 しかし私の抵抗は口に出すもひ弱く。その苛つきの籠った言葉が彼の心の奥に届く事はなかった。


 そこで、口枷君との僅かな朝の時間は終わる。口枷君が背中を見せて去っていく様子を、私は不機嫌に見つめていた。


────勘違いしないでよね口枷君。私、貴方を友達として、ましてや味方として認識した事なんて、一度もないんだから。


 なんて、強がりだった。



◆◆◆◆◆



 六時間目の席替えは担任の教師────高柳(したり)の思惑通りくじ引きになると思っていた。しかしクラス内で嫌な生徒から反感を買った。


 弓道部の皆鴨柚月(みながも ゆづき)君だ。彼は高柳先生と相性があまり良くない様に思える。しかし彼は問題行動を起こす粗暴な生徒ではない。むしろ優等生の部類に入る。皆鴨君はなんというか、嫌いな人間には相手が上だろうと下だろうと、お構い無しにあら探しをして、その欠点や欠落を多少の暴論で自分の意見を押し通す。今だってそうだ。


「先生、くじ引きだとまた後から文句を並べて席をこっそり変える奴や、自分より弱い生徒が隣だからと目が見えないそうです等とうそぶく輩も出ますよね? それじゃあ最初から変えられない事を前提としたやり方で決めるべきでしょう」


 その意見には賛同の声が上がった。


「やっぱり最初から仲良し同士で組んで席は後から決めればいいよねーっ」

「そうすると奇数グループはどうなるんだよ」


 高柳先生が死んだ目で死んだ目の皆鴨君を見ないでこう答えた。


「口枷君、黒板に意見をまとめてもらっていいですか」


「あ、はい」


 口枷君は黒板前にぽつんと棒立ちしており、動物園の檻を見つめる上等生物の目から、あ、僕ですか、へへみたいな無害そうな笑顔に切り替わる。


 口枷君は黒板に言われた通りに箇条書きで意見のまとめを書く。と、いってもまともな意見が出た訳ではないので、殆どが口枷君の案だった。


「口枷、その『女子優先くじ引き』ってなんだよ」

「適当書いてんじゃねぇぞ! クソッタレがよ!」


 口枷君は嫌われている。ちょっと前向きに。


「あはは、いや、まだ6月だし、席替えなんて後期もあるでしょー……ってのは冗談で、例えばの話。さっき言ってたみたいに、男女共に先にグループを作る。それは勿論、二人組でね。これに関しては奇数の人達には頑張ってもらうしかない。で、うちのクラス男子の圧が強い傾向にあるから、たまには女子優遇させてあげたいから、二人組であらかじめ用意してあるボックスからくじを引いて、数が若い組から好きな席に、前後でも隣同士でもいいから名前を記入ーみたいな?」


 口枷君は高柳先生が用意した方ではなく、教壇の下から自作したであろうボックスを教壇に置いた。


「柚月、何か意見あったりする?」


 と、皆鴨君に確認を取る。皆鴨君は眼鏡をクイッと上にあげ直した。


「特には。今更女子の顔色を伺う気にもなれないし、後から煩くならなければいいんじゃないか。あと、前半チームの男女と後半チームの男女みたいに席選びは女子ばかりがはびこったりしない方がいいかもな。なんとなく」


「だ、そうです。他に意見のある人…………も、いない様ですので、早速二人組決めちゃいますか」


 高柳先生がストップウォッチのボタンをピッと押す。あの冷酷な教師に慈悲はないと悟ったクラスメイト達は、一斉に椅子から立ち上がり動き出す。


 私は席を立たない。正直、嫌な予感と不服な安堵の予感はしていた。生徒達を避けながら、口枷君が私の席まで歩きに来たのだ。目が合うとニッコリ微笑んだ。


「男女ペアは駄目じゃ……」


「僕は二人組としか言ってないよ。それにほら、男女ペアは僕以外にもいるし。ねえ、柚木森さん。僕と前後と隣、あるいは斜めだったらどっちがいい?」


「な、斜め……? そんなのアリなの?」


「うん」


 口枷君はそういうのもできる様に考えたと言わんばかりに笑いを含ませ頷く。


「でも隣同士の方がなにかといいか。柚木森さんもそうでしょ?」


「うん、構わないよ……」


「じゃあ決まりだっ」


 嬉しそうにする口枷君とその後は、雑談という名のこのクラスメイトの詳細情報等を軽く教えてもらった。口枷君もクラスに慣れて分かってきたのか、私に情報を伝える事によって傍観しやすくさせようとしてくれたのか、ともかくせめてクラス内では穏便に行きたい私としては、とてもありがたかった。


 その後約十分でタイマーは鳴り、その後も無事くじ引きで席替えを進行する事ができた二年A組。口枷君の読み通り下衆な男子二人組は女子が間に挟む事を期待したのか、隣同士でも前後でもなく変な位置に席を選んでいたが、見事皆鴨君と恐山(おそれやま)君という男子生徒に阻止されていた。


 ちなみに私と口枷君は窓際の後ろから二番目になった。一番後ろの一人席……厳密には机は二つあるけれど、一人はそもそも学校に来ていなくて、一人はもともといない。


 そして────放課後。


 多種多様なクラスメイトが動画を撮り始めたり音ゲーを始めるよりも前にと、一刻も早く教室から出た私は、自動販売機で放課後売り切れ続出の『つぶつぶザクロ』を買いにいかねばならなかった。


 つぶつぶザクロは一階の家庭科室前の自販機スペースにしかない。その為にやや急ぎ足で降りなければならない。毎日買っている訳ではないが、今日は金曜日な為に、2本くらい買い溜めたいのだ。


 私が一階へ行く途中、中央廊下の方から、口枷君、皆鴨君、恐山君という、奇妙な組み合わせの三人組が歩いているのを目撃する。三人共学ランとはいえ、それぞれ個性がある見た目をしているので、すぐに分かった。


 口枷君は黒髪黒眼の正統派美青年だし、皆鴨君は後輩女子から人気のある、インテリ眼鏡だし、恐山君は、茶髪中分けで一言では難しい髪型をしているし、彼らの共通点は、クラスメイトで、男の子で……それだけなはず。私が知らないだけで仲良し組なだけなのかもしれないが。


 意外だな、なんて目で追ってしまっていたから、いつも人通りの多い廊下や階段がやけにひとっけひとついない事にこの時の私はまだ気づいていなかった。


 真っ赤な自動販売機が並んでいる一階のスペースに辿り着くと、私は周りに人がいない事を確認し、一番奥の自動販売機に駆けつける。


「! ……あった、つぶつぶザクロ」


 私が百円玉と五十円玉を一枚ずつ入れて、つぶつぶザクロのボタンを押す。ガコンと心地よい音と同時に、上の方から凄まじい轟音がした。誰か問題行動を起こしたとかではなく、それ以上の破壊音。若干の揺れもあった。私はふと上を見上げると、特に瓦礫が落ちてくるとかはなかった為に、なんだろ、とそれだけの考えしかなく、つぶつぶザクロのペットボトルをカバンに閉まった。


 そして、一階の下駄箱で靴を履き替えようとした時、珍しくローファーに細工がされてない事に気づく。外へ出ると、私は異変に気づかされる。


「何……、あれ……」


 抽象するなら、大きな蛇。の、様なもの。


 白くて赤と青の血管みたいな模様が気持ち悪い。目は七、八個くらいあり、そういうぬいぐるみあったなあなんて連想するが、かなり気持ち悪い。無数の目はギョロギョロと何かを探して、校舎に体を打ち付けながら徘徊する。体を打ち付ける音だったのか。


 私は混乱のあまり校舎の中に戻り、職員室へ向かう。職員室に行ってどうする? 高柳先生がどうにかしてくれるの? 出来るの? そもそも。つーか何あのコブラみたいな気持ち悪い蛇。世界は本日を持って終了しちゃうの? というか何で生徒は誰もいないの? おかしい、おかしい、おかしい────。


「!」


 職員室は外に繋がる方の中央廊下と同じ場所にある。やはり職員室にも誰もおらず、人の気配を感じて外廊下へ出てみると、そこには先程見かけた奇妙な三人組の姿があった。


「あ……皆……蛇が────」


 青年達は武器を突如として出現させた。


「は……?」


 皆鴨君は盾の周りに透明な三角定規や分度器、物差しが刺さった腕用の大きめな盾武器。


 恐山君は槍の様な不恰好なビニール傘。


 口枷君は────万年包丁。


 三人とも、何を所持して、何をして、何を成そうとしているの…………?


「……で、……だから。…………! って柚木森さん!?」


 三人で喋っていた所、私の視線に気づいた口枷君はまるで初めて見せる驚き顔で、こちらへ駆けてきた。


「何、で、こんな所にいるの!? え、いつから!? 怪我とかしてない!?」


 こんな所って……学校だけど。


「いや、怪我は平気なんだけど、何、その包丁。何、あの怪物」


「ごめん。今は説明している暇はないんだ。だから隠れてて。んーでも柚木森さんを一人にする訳には行かないし……」


 頭をひねる口枷君。包丁危ないから置いてほしい。


「ひょっとして口枷君……達は、あの怪物と戦う為にその包丁とかがあるの……?」


「そうなんだ。でも今はごめ────」


「おい口枷! こっち来たぞ! 早く────」


 破壊音と共に皆鴨君の叫びは途中で消えた。否、巨大蛇は物凄いスピードで外廊下を皆鴨君ごと頭で頭突き飛ばした。恐山君は上手くかわせていたのか、いつの間にかこちら側へ来ていた。


「口枷は異形と戦って。俺が柚木森さんを安全な場所へ避難させるから」


「……分かったけど、彼女何も分かってないから、優しくしたげてね」


 そして口枷君は外へ飛び込む。恐山君は一瞬私を睨んで目を閉じて「ついて来て」と、一言言って走り出した。


 何がどうなってんだと、私は目をぐるぐるさせながら走り出した。

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