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第17話 (皆鴨視点)

 俺は保健室へ向かっている。


 ヒュータことおそれんことヒュー君ことひゅーたろーことおそれざんこと恐山ヒュータの元へ。


────俺からしたらあいつは愛されている。


 薙刀部はヒュータ含み変なやつしかいないけど、恐山は愛されてたし、可愛がられてたし、なんだかんだ学校という箱庭を楽しめている。でも分からない事もたくさんあった。というか、その分からない事を知ろうとしなかった。発想が浮かばなかった。


 憎しみを抱く程に近くにいたのに、肝心なお互いの触れられたくない部分はお互いに触れないで、ただの幼なじみとして仲良くやってきた。つもり。少なくとも俺は。


 ……口枷は、名前の割に口が軽いから、そこんとこ気負わなくて済んだ。


 あいつはよく笑い、泣き、苦しみ、三人の中では一番分かりやすく、世界への半ば諦めとも捉えられる希望へ毎日満ちていた。あいつはきっとあいつなりに、絶望とうまくやってく方法を知っているんだろうな。


 でも、ヒュータはどうだ? 俺こと皆鴨柚月はどうだ?


────言わない。教えない。知ってもらいたくない。でも限界がきたら助けてほしい。


 まさにエゴイスト。


 ヒュータと俺は家族の事を全く話さない。口枷にも言った事がない。


 でも、一つ分かってて言わなかった節がある。


 俺は草薙さん程じゃないが、ヒュータと口枷に比べたら、いや、誰と比べたって、恵まれてる方の家庭だ。ただ元々俺が冷たい人間なだけで、気に入らないやつを説き伏せるのが大好きな愚物なだけで、スペック的にも環境的にも申し分ない。


 俺の父は医者で、母は弁護士。


 それだけ。あとはなにもいらなかった。


 勉強もそつなくこなしたし、弓道部だって楽しくやれている。ただ将来の夢を迷走しているだけで、あの二人に比べたら、あの二人を目の前にしたら、とてもじゃないが自分の話をする気にならない。


 おおっぴらに話してくれる、けどやっぱりどこか哲学にふけて、何か曇り空の表情を時折見せる口枷。


 何も話してくれないし、話すつもりもなさそうな、それでも楽しく俺らと学校で談笑してくれるヒュータ。


 そんな二人が、とてもじゃないが、憎かった。


 心のどこかで恨んでいたのかもしれない。


 それとは関係ないが何でヒュータは一番近しい俺に頼らなかったんだろうとも思ったし、口枷はどうして本心を隠しているのをバレてるのにあんな風に振る舞い続けられるんだろうとも思った。


 それでも、珍しく純粋にあの二人と友達でいたかったから、当たり前に内に隠して、深入りも避けたし衝突も避けた。


 衝突するのは人生談義くらいのものだった。


 そういえば以前、心が何でできているか話し合った事がある。


 ヒュータは『心は液体でできていて、器の形は人それぞれ』と言ってたし、口枷は『心はどんなモノにだってなれるし、心は人によって見た目が全く違うんじゃないかな』と相変わらず範囲を広げる様な事。言っていた。俺はというと……その時は『は? 心は脳だろ。少なくとも考えてるのは心臓じゃないし』とか、的外れな事を言っていた。そんな俺を二人は笑わなかったし、むしろ認めてくれた。


 そんなところとか、俺にとっての友達って、こういうものなんだなと実感できた。


 じゃあ結局何が言いたいのかというと、俺は今現時点において二人を知らない。知りたい。そう、知りたいのだ。その始めに、ヒュータ、お前と話し合う。ガブリエルをぶっ飛ばして、ヒュータを救う。


 こんな壊れた世界でも、触れなくて正解かもしれないお互いの心の内側を、まずは手始めに一緒に紐解こう。分かり合おう。傷口を舐め合おう。俺は舐めてもらう様ないたいけな傷はないけど、きっとこの世界で乗り越えられたなら、俺達最強の友達以上の何かになれるはずだ。


 なあ、柚木森さん、あんたもそう思ったんだろ?


 そう思って、俺達に、口枷に近づいたんだろ?


 そういうの、たまには悪くないね。


 いいのかもしれないね。


────俺は保健室の目の前で、一呼吸つく。


 この保健室に入って、何が行われているのか、はたまた何が終わっているのか、開いてみなくては分からない。


 ヒュータ、いるんだよな?


────ガラガラと横に扉を開く。


「っ!?」


 保健室と呼ぶには広すぎる、真っ白な空間。に、デジタル漫画家が主に愛用しているであろうパースや消失点、アイレベル等の線が引かれた空間。保健室の私物だった白いベッドやその他の机や道具は破壊され床に散乱しており、俺はとりあえず中へ入る。そして、入室と同時に扉が勝手にガチャン! と鍵の音をたてて閉まった。


 もう、後には引けないという訳だ。


 そして、その広い空間を眺めながら歩いていると、どこからかゴロゴロと音がして、足にごん、とぶつかる。ボール……サッカーボールでも流れてきたかと思いきや、それは──オレンジの髪の毛をした何者かの頭部だった。


「っ! …………」


 俺は頭部が勝手に転がってくるはずがないと、嫌な予感を抱きながら、ゆっくり転がってきた方へと視線を向ける。頭を上げて、目を見開いた。


 そこには、保健室のベッドの山の山頂に座る男がいた。楽立て膝のポーズをした、シャツ、学ランズボンまでは普通の、俺の知っているはずの青年……。


「ヒュータ……?」


 様子がおかしかった。目はいつにも増して黄色く光っていたし、頭には手と手をを繋ぐ輪っか……ヘイローなるものが浮かんでおり、背中から六本……いや八本か? とにかく無数の手が天使の羽の如く生えており、千手観音を連想させる。


「ヒュータ、俺だ! 皆鴨柚月だ!」


「…………」


「何があった? いや、何でもいい、話を……って感じじゃなさそうだな」


 ヒュータは怒りの眼差しを俺に向けて、立ち上がる。


「……ひゅっー、ひゅっー、ギチギチギチ」


 呼吸を荒げ、歯を食い縛る。


 俺はポケットから取り出したヴィンテージアクセサリーを、定規の刺さった盾の武器に変える。それは右腕にがっちり装着されていた。


「────がうっ!!」


 ヒュータはそれを見るや否や、俺の元へと四足歩行で飛び立った。その反動でベッドが崩れる。そして、ドシィィン、と大きな音と振動をたてて、着陸した。


「ああ、ヒュータ。やっと心の底からやりあえるな」


 そこに迷いなんてなかった。

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