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第16話

「口枷君、ごめん」


「何で?」


 私は昔から自分が嫌っていた謝り方を、この空気の中してしまった。そしてすぐに、弁解する。


「かるてを、思い出したの。まだ完全には覚えてないんだけど、黄食かるては、私の初めてできた女友達の一人で、この世界に巻き込まれる原因となった、私と同じ場所を共有していた。そのはずなの。だから、忘れてごめん」


 口枷君は真顔で、皆鴨君はじゃあ、と言う。


「黄食さんの運営していたサイトの名前は?」


「天使の濡れ場」


 私は即答する。


「そのサイトの運営主もといかるてのハンドルネームは?」


「天使教黙示録」


 私は即答する。


「かるての武器」


「フライパン。自在に大きさを変えられる」


 私は即答する。


「どうだ口枷、これで納得いくだろ」


 と、皆鴨君が口枷君の方を向く。口枷君は少し頬を染めて、拗ねる様に言った。


「分かってるよ、こんな執拗に責めなくたって、柚木森さんは友達を忘れたりしないって」


「口枷君……」


「ただ一つ言いたいのは。柚木森さんはもう忘れていたいだろうけど、謎の拷問を受けたメンバーがほぼ全員記憶がおしゃかになっていたから、柚木森さんが心配なのと裏腹に、自分の無力さに八つ当たりしてしまいたくなっちゃってたから、その、ごめん。すぐに助けてあげられなくて、苦しかったよね」


「ううん、大丈夫だよ。もう落ち着いたし」


 ただ黎冥さんと交換された内臓はこの世界から抜け出せば自動的に治るのだろうか。それが言い出せなかった。より口枷君を苦しめそうで、今は、なんとも。


「それより、これからどうしようか……」


「恐山君は、保健室にいるんだろうけど、カブリエルも絶対そこにいるはずだからね、戦力が必要だなぁ」


「そうだね」


「ちょ、ちょっと待ってくれるか?」


 皆鴨君が珍しく僅かに焦っている。


「「何?」」


「その、二人が何の変哲もなく会話が進む事に驚いてるんだが……ガブリエルと、というかヒュータが、何で保健室にいる前提なんだ? あいつ、保健室に通う様なヤツじゃないし、いつそんな認知が?」


 きょとん。知らないのか、皆鴨君。


「なんかね、今年の春あたり、恐山君が怪我した後輩女子を抱えて保健室まで連れてったんだけど……」


「う、うん……」


「その後の看病プレイが好評だったのか、男女問わず主に一年の行列ができる程保健室は混み合っていてね、今や保健室は恐山君のナワバリなのさ」


「ゾゾゾ……」


 その反応は友達として正しいよ、皆鴨君。まあ、恐山君もヒャッホーみたいな気持ちでやってる訳じゃないだろうしね。彼は優しいから。


「それもガブリエルの嫉妬に繋がったのかもね」


「そもそも、どうしてガブリエルは恐山君を気に入ってるんだろう?」


 そこで皆鴨君が引くのを止め、話してくれた。


「俺も詳しくは知らんが、面食いで他人に理解されないプライドのガブリエルにとっちゃ、ヒュータは天使みたいなものだったんだと思う。昔からヒュータは綺麗だったし、何より女性的な人格のヤツの扱いが異様に上手かった。本人に自覚があるかも知らんが、とにかく、そういうもんだ」


「成る程……」


「とにかく、轟沙汰は色んな意味で当てにならないから、メンバー達の様子見に行こっか」


「かるて、巴、空知火?」


「それが、草薙さんと空知火はいなかった。どういう訳か、ガブリエルの嫉妬の対象外にして、ヒュータの周辺にすらいなかったからか?」


「そうかも。だから柚木森さん。今は黄食さんが休んでる所へ行こう」


「家庭科室に行くのか……」


「でも多分、もう柚木森さんの想像する様な地獄絵図にはなってないはずだよ」


「ああ、それは口枷に賛同だな。何せあの家庭科室には、轟沙汰のクリーンボーイこと乙坂純夜がいるからな」


「どういう事……?」


「見れば分かるよ」


 と、ぽつり口枷君。


「俺達も乙坂に詳しい訳じゃ全くないが、有栖川先生の情報伝達により、なんとなく察しがついちまう」


 と、眼鏡を上げる皆鴨君。


 ま、まあ地獄絵図になっていないならいいんだけどさぁ。



◆◆◆◆◆



 そこは地獄絵図だった。


 血のり一つ残らない綺麗な家庭科室からはお腹が鳴る匂いがして、そこではカレーライスが振る舞われていた。いやいや拷問された部屋でよくカレーライス食べれるなぁ!? ……私もその席に座っているが。


「それじゃあ皆様ー、手を合わせてー、いただきまーす!」


 かるての掛け声にそれぞれバラバラにいただきます、といい終えて、カレーライスに手をつけたのはかるてのみだった。


「黄食さんと僕らはともかく、柚木森さんは無理せずにね」


「いや、食べるよ……」


 家庭科で班の様に座っていたのは、私、口枷君、皆鴨君、かるて、乙坂さん、そして高柳先生……。


「改めて、驚きました。いえ、軽蔑しました。まさか貴方までもが戦士だったとは。貴方は異形よりも生徒達に目を向ける職業では?」


 皆鴨君は高柳先生が戦士だと知りより一層攻撃的になっていた。


 それを言ったら、先程名前があがっていた轟沙汰の有栖川先生とやらも同じなのだが……。私もそれなりに驚いたが、皆鴨君は何故か高柳先生へつっかかるし、担任教師だからといって、むしろ担任教師だからこそむやみに攻撃しない方がお互いの為な気もするけど……。あと担任教師を貴方って呼ぶのもかなりやばい。


「……生身の生徒に目を向けるだけじゃ分からない事もあります。現に、恐山君がこんな事になっていますからね」


「今回に関しては高柳先生の入る余地などないのではありませんか? ヒュータの問題は、俺達が解決する。高柳先生がやるべき事は非現実的な世界での生徒救済ではなく、現実にはびこおる生徒達の問題に寄り添う事だ」


 紛れもない正論。これには高柳先生も黙る。


「まあまあ皆鴨君。折角カレーが暖かいんだから、食べようよ。それとも皆鴨君は、カレーより担任教師への辛口発言の方が満たされるのかな?」


「……」


 皆鴨君はスプーンを手に取った。


「乙坂君を除いた皆さん。この一件が終わるかはともかくとして、無事元の世界へ帰れたら、話があります」


「先生、それって、お説教?」


「いえ、何故そうなるのですか。ただ私は、皆さんのヴィンテージアクセサリーを回収したいだけです」


「何故ですか? 回収なんて、なんの意味が?」


「分かりませんか? こんな事、大人にやらせておけばいいんです。子供が病みながらやる事ではないって事ですよ。間違ってるから、です」


 口枷君と皆鴨君にとっては、何を今更、という感じなのだろうな。健やかな青春を送るには、私達が出会うのは遅すぎた。その台詞も、口枷君達には響かない。そもそもこの会話に同じ未成年の乙坂さんが加えられていないのは、嫌でも見当がつく。


「柚木森さん」


 口枷君は何かを察知し、小声で私に声をかける。


「何?」


「恐山君のことだけど、皆鴨君一人に任せてあげてもいいよね?」


「えっ、いいよっていうか、できるの……?」


 最後に見た最初の皆鴨君は、不意打ちを喰らい気絶している姿だった。しかし、私の不安と心配を打ち消すかの様に、皆鴨君は食べ終わったカレーライスに手を合わせて、ナプキンで口を拭き立ち上がる。


「あれから共に戦ってないとはいえ、随分舐められたものだな」


「ご、ごめん」


 私が謝ると、すかさず高柳先生が言う。


「皆鴨君、どこへ行くつもりですか?」


「決まってるじゃあないですか。友達の所に行くんですよ」


「……今回は、今回のみは目を瞑りますが、気をつけてくださいね」


「気をつける? 何を?」


「異形から自分の命を、です。」


「……高柳先生。この戦いが終わったら是非ご教授くださいよ」


 皆鴨君は怒りを携えて、言った。


「異形に成るに至る報われない命と、僕達の日常、どっちがマシなのかを。あるいは、そのどちらもふるいにかけたら、一体何人の真の被害者が残るのかを」


 私には分からなかった。皆鴨君が言いたい事も、高柳先生との関係も。


 ただきっとここからは皆鴨君という一人の子供でも大人でもない曖昧な青年のターンであって、大人も私達も、出る必要がない。それだけは確かに分かった。

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