第14話
私は決して一階には立ち寄らなかった。一階は恐山君がよく薙刀部にいたり、何故か保健室でありとあらゆる女子生徒を看病していたりする。たまに男子生徒もいるとか。この前一年女子の行列を見たが、恐山君の看病が流行っているらしい。
そんな事はどうでもいいんだ。恐らくガブリエルは保健室に恐山君をおびきだしているにちがいない。保健室は裏じゃ恐山君のテリトリーみたいなものだから。
「はっ、はっ、はぁっ」
「廊下を走るな」
またか……ここは四階のはず。そしてその台詞を放ったのは、包帯ぐるぐる巻きの男こと深船さんではなく、私が轟沙汰バカルテットで苦手意識を二番目に持っていたやけに色っぽい和服姿の人――――揺器黎冥さんだった。
「って、習わなかったの?」
「! 揺器さん! あの、正直貴方を信頼している訳ではないのですが、むしろ疑心しているのですが」
「落ち着いて。あと苗字で呼ばないで」
「れ、黎冥さん……」
私は大人しく名前を呼んだ。口枷君は下の名前で呼ばれるのを嫌うけど、この人は苗字で呼ばれるのが地雷なんだ……! 男子も男子で面倒だ。
「柚木森さんよく走れるね。僕も柚木森さんのおかげで体が軽いけど、これじゃあ金棒持てないよ」
「は……」
何だろう、何かをまた思い出してしまいそう。
「柚木森さん、お腹とか重くないの?」
「はは……」
思い出したくない。
「元に戻った時の事を考えて、その華奢な体の中のものは、お互い安静にしてようよ」
思い出したくない……!
「まさか首から下の臓器を交換されるとはね」
【自主規制につき回想不可能な描写】
「殺してください」
「え?」
「私もう、生きていたくありません」
「お兄さんだって生きてたかぁないよ。でも、柚木森さんにはまだやるべき事があるんじゃないの?」
「今ちょっと考えられません……」
崩れ落ちる私を、黎冥さんは見ているだけだった。夕焼け色に輝くベルンシュタインの瞳を、下ろすだけだった。こんな時、口枷君だったら、背を合わせて立たせてくれるんだろうな。
「うーん。じゃあ、お望み通り殺してあげようか?」
「?」
「それか、ガブリエルを倒してから殺してあげようか?」
「!?」
「君は思いつきの自殺志願者みたいな発言で、僕に手を汚させる様に言ったよね。無責任。僕でなくとも嫌われて当然。だから、ここで僕に優しく殺されるか、ガブリエル討伐してから殺されるか、好きな方選んでよ」
そんな、祠壊した話みたいな……。
「えっ、ガブリエル、倒せるんですか?」
「やってみなきゃ分からないよねー。可能性はないこともないよねー。だって僕等一応戦士だしさ」
「…………なら、もう少し休みたいです」
「そっか。そうだね。じゃあ他の仲間を集めよーう」
「だから休みたいですって」
「黎冥ちゃんに本物の休みはないのだー! んで、この瓶詰高校のどこかで記憶改変されている、もしくはその途中の茶々柱油芽と乙坂純夜ペアを探しに行くぞーう! あ、かるてちゃんもか」
「かる、て……? かるてさんって方は轟沙汰の生徒ですか?」
「うふふっ、忘れてて草。つーか何積み上げて来たの? なんて嘘です。そうだね、かるてさんは僕のイマジナリーフレンドで、そもそもいないんだった!」
「あ、深船さんならかなり前に廊下で会いましたけど」
「知ってるー。修羅はこの状況楽しんでるみたいだし、ほっとこー。じゃ、茶道部から行くか。この高校、茶道部ある? なかったらコスプレ研究部でもいいんだけれど」
「コスプレ研究部とかいう逸脱的な部活動は存在しませんが、はい。茶道部なら瓶詰にもあります、案内します。行きましょうか……」
私は内臓の事をなるべく考えない様にして、このゆらゆらした感じの黎冥さんと茶道部へと向かったのだった。勿論、そこでもただ遭遇するだけではなかった。
◆◆◆◆◆
「たのもー」
「し、失礼します」
と、楽しそうに言う黎冥さん。当たり前に私はちっとも楽しくなんてなかった。
「はて」
と、典型的清楚な人にありがちな籠った声を出す茶髪おかっぱ和服美男子は、確か茶々柱油芽さん。先程黎冥さんが二番目に苦手だと述べたが、私は茶々柱油芽さん、この人が一番苦手だ。
「その声は黎冥さん……そしてその貧乏的な声質は柚木森叶さん……?」
せめてクールな声だねと笑ってほしかった!
「はい、柚木森叶です……」
「ご用件は?」
「そ、それは」
「油芽、僕達一持休戦してるんだよね。修羅は単独行動してるからいいとして、このガブリエルとやらの世界から抜け出すにはさ、協力プレイが一番効率良いんじゃないかーって」
そこまで話し合ってないけどね。けれど庇う様に話し始めてくれたのは大変助かったので、心の中で感謝しておこう。
「残念ながら私、お二方の仲間になる事は不可能です」
「だってさー。どうするー?」
「……でも、轟沙汰の戦士って、強いんですよね?」
「そうなのー? 油芽ー?」
「少なくとも、私を除いた三人は強いでしょうね。何せ轟沙汰四天王ですから」
それ貴方も入ってるんじゃ……。
「と、いいますかお二人さん、立ち話もなんですし、座って話しませんか? 私気分が悪くてお茶で心を落ち着けていたのです」
確かに立つのはやっとだ。そして、茶々柱さんがお茶を持つ手は、微かに震えていたのだった。例え背後を卑怯に狙ってきた相手だからといって、夏休み最終日の敵だからといって、私はこういう人に寄り添える人になりたい。そういう人でありたい。
視点も考えも同じだったのか、私と黎冥さんは茶々柱さんを挟む様に両脇に座った。
「ふふ……得体の知れない世界なのはいつもですが、裏世界でもないというのもまた、恐怖ですね……」
それが確信となった。茶々柱さんは、やはり失明している。失明でなくとも、目に関する病があるのだろう。
「柚木森さん、すみません……」
「いえ、大丈夫ですから。私も、怖いのは同じですから」
「────すみません、失せてもらえますか?」
「へ」
「私の失明に気づいたご様子ですが、障害に寄り添って優しい世界とでも言いたげなご様子ですが、生憎私は下女と下男以外の人間に世話を焼かれたくないのですよ。分かりませんか? 嫌いなんですよ、女子風情が」
やはり、苦手だ。
「誤解を生まない為にも、実を言わせていただきますと────」
まだ何か言われるのか。
「私の失明の原因は、とある女子にあたるのです。幼い頃に針で両目を貫かれたのです。その後の下女達の私へ対する扱いも酷いものでした。だから怯えてるのです。怖くて怖くてたまらないのです。分かっていただけますか? 柚木森さん。貴方を傷つけない為にも、私が精神に異常をきたさない為にも、ここから立ち去ってくれませんか?」
それは残酷な話だった。正直後半はでたらめに聞こえた。でも、伏し目がちで何も言わない黎冥さんを見て察するからに、事実なのだろう。
女性恐怖になるのも無理はない。
私は一持休戦の一服休憩のどちらをも願ってやまなかったが、諦めて茶道部を後にしようと、立ち上がる。
「ごめんなさい、茶々柱さん。私の声も聞きたくなんてないだろうけれど、謝罪だけさせて。確かに私は障害なんてこれっぽっちも理解できていない偽善者だった。背景も知らずに善人ぶって、本当にごめ────」
「────謝らなくていいよ、柚木森さん」
「っ!! っ!?」
私は驚愕した。そこにいるはずのない私が何よりも求めている安寧の声がしたからだ。一瞬幻聴かと思ったが、止めた謝罪を黎冥さんと茶々柱さんが煽ってこなかったのもある。
「轟沙汰の生徒に、絶対に謝っちゃ駄目だよ」
口枷君。そして、入り口からは口枷君だけじゃなく、皆鴨君も登場した。
「口枷君、皆鴨君。何でここに……!? あの口枷君は幻影だったんじゃ……」
「そう、柚木森さんがこのガブリエルの悪趣味な世界で会った口枷業火は僕の姿を型どった幻影に過ぎない。けど、ちょっとガブリエルの嫉妬の力が強すぎたのか、戦士全員が迷い混んじゃったみたい。僕の知らなかった以外な戦士もいて、無所属組の事なんだけどね、驚いたよ」
「何が何だかって顔してるな、柚木森さん。運良く俺達はガブリエルの嫉妬の対象じゃあなかったから、この校内を練り歩いて偽物の俺達を壊してきた。拷問を受けてる連中も適当に救助して安全な場所で無所属組に預けている。いつ再生するかは知らないけどな。今俺達が記憶を取り戻しているだけで万々歳って事で、ここへ来た」
「すみません、話は理解しましたが、何やら勝手に話が進んでいる事が理解できないのです。柚木森さん、続きをどうぞ」
「……居場所が分かったのはね」
茶々柱さんをスルーする私と口枷君。口枷はそう言って、どすん、と座りお茶を一口飲む。皆鴨君も座る。
「轟沙汰高校の教育指導の教師こと無所属組の一人────有栖川仙樹先生に聞いたからさ、何ならあの人、口軽すぎて全員の個人情報まで暴露してくれたよ。まるで、生徒なんて全員どうだっていいみたいにね」
轟沙汰の二人は動揺しない。ただにこやかに、茶道部の茶室にただずんでいた。そして皆鴨君がこれをここで言えるのを待ってましたと言わんばかりに言う。それをカバーする様に口枷君も言う。
「三年D組揺器黎冥は極道の若頭だった。およそ感情というものが無機質で欠落しているのか、気に入らない舎弟は破門に追いやっては上手いこと金を荒稼ぎする事を考えていた。それは一人の妹の為にやっていたが、その妹に望まない子供ができた途端自らの手で葬る不可解な行動を取った。相手側の極道に大金で泣きつかれて。泣きたいのは妹の方なのに。その後轟沙汰へ追いやられ私兵として扱われているが、大概の面倒沙汰は金で解決してまともに授業に出ない不良生徒だ」
「揺器黎明は卒業後死刑が決定している。戦士になって叶えたい夢も、なんとなく想像できるよね」
「三年C組深船修羅は借金の絶えない家庭で、家族と共に作為された火事で一家心中するも一人だけ生き残ってしまった憐れな自殺志願者で、たくさんの死にたい人に寄り添って共に死ぬ試みをしたが何故か生き残ってしまう死ねない体のアンラッキーな死神だ」
「少なくとも三年C組には深船修羅一人しか残っていない。被害者といえば被害者だけど、戦士になって叶えたい願いが死ぬ事ではなく健康長寿なんて、どこで死に損なったんだろうね」
「二年A組乙坂純夜は中学の時にアルコール中毒が酷い父親に虐待を受けていた。ある日を境に酒瓶に致死量の洗剤を入れ死なせ、逃げる様に轟沙汰へ入学した。ニールの勧誘により。轟沙汰では熱心な方の生徒で、ありのままの実力で生徒会に入るも、殆どが雑務の下男扱いだ。掃除道具を常に所持しており、汚い者を綺麗にしない様に、汚い物を綺麗にする事に熱心な綱渡り生徒だ」
「消えないトラウマに比べたら、彼にとっては雑務も下男も大したことではないのかも。ただ、卒業後就職希望なのに対して、学校側は卒業後本当の刑務所に入れさせる事を目的としているみたい」
「三年E組茶々柱油芽は由緒正しき茶道家の一人息子で文武両道な被害者だった。失明してからは下女ばかりに身近の世話をさせては精神崩壊までに至る非道な無茶振りで復讐鬼と化した外道そのものだ」
「彼は酷い失明以来、男尊女卑をモットーとしてきた。今や彼に女性恐怖なんてない。あるのは憎しみ。叶えたい夢があるのは、男尊女卑の世界か、視力の回復か、そんな事はどうでもいいよね。だから柚木森さん、そんな人間に下げる頭はなくていいんだよ」
「ちなみに、三年A組生徒会長のニール・リンカーは普通のサラブレットで、普通の暴君で、たったそれだけだ」
二人の黒い瞳を見る限り、それは事実なのだろうと、私は沈黙し汗を垂らす。轟沙汰って、スパルタ高とは聞いていたけど、ひょっとして、私には到底理解できない様な人達が入学させられていて、到底理解できない様なカリキュラムと契約内容で、話を聞いていると何だか、一部を除いた期間限定更生施設、ただし卒業後は人によっては地獄行き、みたいな場所だったりするのだろうか……。
「行こう、柚木森さん。この人達とは共闘するに値しない」
「……うん、皆鴨君もういいよ、言わなくて。確かにこの人達への苦手意識は皆鴨君達の言うそれに基づいていたのかもしれないけど、やっぱり私は、できる事ならこの世界だけでいいから共闘はしたい」
「柚木森さん……あんたは馬鹿なのか?」
皆鴨君が目を細める。
「だって、少なくともここにいる茶々柱さんは、目が見えないんだよ。暗闇の世界で、まだ本当の優しさに触れられていないだけかもしれない。確かに許せない事だらけだけど、彼は唯一人を殺していない」
「柚木森さん」
「こうも考えられる。茶々柱さんの周りには────」
「柚木森さん!」
私は口枷君に両肩を捕まれ、ハッとなる。
「な、何……」
「柚木森さんには、助けるべき相手と、今現在優先すべき事柄を、間違えないでほしいんだ……分かってよ、黄食さんの事だって、忘れてるんじゃないよね……?」
「……黄食、さん」
「……! ……参ったな。柚木森さんには、友達を大切にしてほしかったのにな」
「口枷、あまり傷つけるな。多分拷問受けてたメンバーは全員記憶が曖昧だ。その話はガブリエルを倒してからにしよう」
「分かってるさ、そんなこと……。ちょっとショック受けただけさ。ほら、行くよ、柚木森さん」
「う、うん……」
私は拷問を受けてから大切な事を忘れてしまっている様だった。口枷君の事は覚えているのに。その子の事は思い出せない。ごめんなさい。時折私は、口枷君の隣にふさわしいか分からなくなる。こういう、口枷君をガッカリさせてしまった時が一番苦しい。
そして私達は、不穏な空気の轟沙汰の二人を置いて、不安な空気の三人としてその場から出た。




