プロローグ
高校一年生の頃、私は口枷業火という、からからした様なみずみずしい様な人間と出会い、いつの間にか親しくなった。
要約すると、彼はポジティブ思考で詭弁を放つ変な男の子だった。
「柚木森さん、コーヒーとコーヒーゼリーは別物だって前に言っていたよね? 確かにそうかもしれない。コーヒーを飲めない人がコーヒーゼリーを食べれるなら、確かに別物だよね、でもこうも考えられる。コーヒー好きはコーヒーゼリーも好んで食べる傾向にあるのだから、コーヒーゼリーからは紛れもないコーヒーの味がするのだから、苦かれ甘かれ、同じ種族なんだよ、彼らは」
「さいですか」
「ちょっとぉ適当に流さないでー!」
またある時は花を綺麗と思う人間と思えない人間の話で談笑したり。
またある時は自殺志願者について話し合ったり。
それかな、それが最後の始まりだったのかな。
死の匂いのする類いの話の時、口枷君は口枷君じゃなくなる気がして、なんだか、不穏だった。からから空っぽなりにどこか思う所もあるらしく、考察談義を経て共に葛藤するのだけれど。
「僕はね、自殺は駄目だとは言わないよ。正直駄目派に近いけど。だってさ、どうしようもない環境にしか思えなくなっちゃった人間には、そういう星の下に生まれた人間には、びっくりするくらい救いがないんだもの。神様、見向きもしてあげないんだもの。世界で毎日誰かが傷つけられる。傷つける。傷を隠したり、晒したり、舐めあったり」
屋上で雨が止んだ灰色の空を見ながら、口枷君は語る。
「でも、それでもね、柚木森さん。僕は昔から思うんだ、笑うんだ、泣くんだ、綻ぶんだ」
その灰色の空は完全に灰色なのではなく、光が差し込んでいて、天使の通り道ができている。希望を予感させる様な空だった。
「人が死んだ。人が傷つけあった。どこかで交通事故が起きた。どこかでいじめがあった。どこかでストレスを爆発させた。どこかで泥を被った。どこかで、またどこかで、絶望が起きた。それでも……」
口枷君は、夏の生暖かな風に吹かれる。まるで、絶望と共に歩いて生きていたかの様に。
「────それでも世界は美しい!!」
そう、高らかに宣言した。
「……口枷君」
私は絶望を信じて笑わなかった。
「何、柚木森さん」
彼は希望を信じて笑った。
「教室、戻ろっか」
「うん!」
私はこの時口枷君を知らなすぎた。口枷君以外の人達の事も。何も。いつだって私は傍観者で、どこか達観しているつもりになっていた。そしてその高らかな台詞が耳にまとわりつく様になっていた。
けれど、三学期あたりから、口枷君のその台詞を聞かなくなり、口枷君と半分、いやかなり疎遠になったのだった。人間だものね。分からないね。嗚呼。