龍と銀の瞳
その村の近くには、誰も近づかない山があった。山の頂には古代の龍が住んでいるという言い伝えがあり、村人たちはその話を恐れ、決して山へは足を踏み入れなかった。しかし、少女・アリスは違った。彼女は幼いころからその山の頂にある龍の存在に興味を抱き、いつかその龍と会いたいと心の中で誓っていた。
アリスは村の外れに住む孤児で、親がいないため、村人たちとの関わりも少なかった。その日も、村の広場でひとりぼっちで過ごしていた彼女は、ふと、山の方に視線を向けた。
「今日は行ってみよう。」
決心がついた。アリスは山に向かうことにした。危険が伴うと知りつつも、彼女の心はワクワクしていた。山道を進むにつれて、周囲は次第に静寂に包まれ、空気がひんやりと冷たくなった。
ついに、山頂に到達したアリスが目にしたのは、巨大で美しい蒼い龍だった。龍の鱗はまるで夜空に浮かぶ星のように輝いていて、長い尾が大地を撫でるように伸びていた。龍はその姿勢でじっとアリスを見つめていたが、攻撃的な気配は感じられなかった。
「……君は、どうしてここに?」
その声は、まるで雷鳴のように響いたが、アリスは恐れることなく答えた。
「あなたが龍だって聞いたから。怖いって言うけれど、私はあなたに会いたかった。」
龍はしばらく黙って彼女を見つめていたが、やがて静かに息を吐いた。
「私の名はアズラ。人間の子供がこんなにも早く私に会いに来るとは、思っていなかった。」
アリスはその名前に少し驚きながらも、穏やかな笑みを浮かべた。
「アズラ、あなたが本当に龍なんですね。すごく美しい。」
龍の瞳が一瞬、柔らかな光を帯びた。アズラは長い時を生きてきたが、人間との交流はほとんどなかった。だからこそ、アリスの純粋な言葉が心に響いた。
「ありがとう。でも、私はもう長い間孤独だった。」
アリスはその言葉に胸が痛んだ。彼女もまた孤独だったから。二人はしばらくの間、黙って座っていた。山の風が吹き抜け、空が色づいていく。
「一緒に過ごせる時間が少しでもあれば…」とアリスが呟くと、アズラは静かに首をかしげた。
「それは可能かもしれない。だが、私と君では、生きる時間があまりにも違いすぎる。」
アリスはその言葉を聞いて少し沈んだが、すぐに顔を上げて言った。
「それでも、今のこの瞬間が大切だと思うから。あなたと過ごせる時間を無駄にはしない。」
アズラは少しだけ微笑み、やがて言った。
「君のような心を持つ人間に出会えて、私は少しだけ幸せだ。」
そして二人は、その日を過ごすことにした。アリスが山で過ごした時間は、彼女の心に深く刻まれ、龍との絆が日に日に強くなっていった。彼女が帰るとき、アズラは最後にこう言った。
「また会いに来るがよい。君が来るたび、私は少しずつ心を開いていくから。」
それからも、アリスはしばしば山を訪れ、アズラとの時間を大切にした。二人の心は次第に寄り添い、愛が芽生え始めた。けれど、その愛が試練を迎えるのは、決して遠くない未来だった。
もちろんです!続きの物語をお届けしますね。
「蒼き龍と銀の瞳」続編
アリスとアズラの絆は深まっていった。彼女が村で過ごす日々と、山でアズラと過ごす時間は、どちらもかけがえのないものとなった。村人たちは、アリスが山に頻繁に出かけることに気づき、心配していたが、彼女は何も話すことなく、その理由を隠していた。
ある日のこと、アリスが山に向かう途中、ふと風が強く吹いた。遠くの空に不穏な雲が広がり、まるで何か大きな変化が訪れようとしているような気配を感じ取った。いつも通り山頂に到着した彼女が見たのは、いつものように静かなアズラの姿ではなかった。
龍の姿は、明らかに何かに圧されているようだった。アズラは体を小さく丸め、鱗がくすんでいる。アリスが駆け寄ると、アズラはかすかに顔を上げた。
「アズラ、どうしたの?何かあったの?」
アズラは少し苦しげに息を吐くと、ゆっくりと答えた。
「私は、古の呪いを受けている。私が人間と深い絆を結んでしまうと、呪いが解放され、私は永遠に消えてしまう。」
アリスはその言葉を聞いて凍りついた。呪い…それが、二人が共有する愛の邪魔をするのだと。
「そんな…どうして…?」
「私は長い間、孤独を抱えて生きてきた。その呪いを知っていたが、どうしても君に引き寄せられてしまった。」アズラは頭を垂れた。「君と過ごす時間は、私にとってはかけがえのない宝物だ。しかし、このままでは君を不幸にしてしまう。」
アリスはその言葉を受け止めることができなかった。涙が溢れ、アズラの大きな翅に触れることなく、彼の胸の前に立った。
「アズラ、私の気持ちは変わらない。あなたが消えてしまうなんて、絶対に嫌だ。」
アズラの瞳には、深い悲しみと切なさが浮かんでいた。
「君が私を選ぶことで、君の命までも危うくなるかもしれない。それでも、君は私を選ぶのか?」
アリスは迷いなく答えた。
「私はあなたを愛してる。あなたと過ごす時間が、私の全てだから。」
その言葉を聞いたアズラは、しばらく黙っていた。やがて、彼はゆっくりと立ち上がり、空に向かって深く吼えた。響き渡るその声は、山全体を揺るがし、彼の身体が光り始めた。
「アリス…君がそう言うのなら、私は呪いを破る方法を探す。」
彼の体が光り輝き、空間が歪んでいく。アズラは力を振り絞り、長い時をかけて封じられていた呪いを解こうとしていた。その過程は、命をかけた壮絶なものだった。
アリスは震えながらも、彼の側に立ち、決して彼を一人にしなかった。彼の痛みを分け合うように、手を伸ばして彼の鱗に触れる。
「私も、あなたと一緒にいるから。だから、諦めないで。」
アズラの体が光を放ち、周囲の空気が激しく揺れる中、アリスの瞳にも決意が宿っていた。彼の力が解放されるその瞬間、二人は何も恐れず、ただお互いの存在を信じていた。
時間が経ち、光が収束したとき、アズラは静かに倒れた。だが、彼の目はもう痛みと悲しみに満ちてはいなかった。代わりに、穏やかな優しさを湛えていた。
「アリス…私は、もう呪いに縛られることはない。君のおかげだ。」
アリスは涙をぬぐいながら微笑んだ。
「私たち、これからも一緒だね。」
アズラは優しくアリスを抱きしめ、空に向かって一言、呟いた。
「これからは、君と共に歩む未来を信じていこう。」
その後、アリスとアズラは共に山を降り、村に戻った。アリスは村人たちにアズラの存在を秘密にしつつも、二人の愛は日々を豊かに彩った。そして、アズラが再び龍としてではなく、人間とともに生きる存在として村で受け入れられる日が、きっと訪れると信じていた。