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ケダモノの狩人  作者: 光合セイ
第1章 北西のグレートゲーム
1/3

1発 “狩人レルス”

 その森には静謐が満ちていた。


 風が吹くたびに揺れる樫の木々。


 静かな空間で小鳥が囀る。

 生き物達はその囀りを子守歌にし、

 木々の間から漏れる陽光を溢す。


 そして布団代わりにして眠りに着くのだ。


 森は生き物だ。

 かつて伝えられた言葉を、

 少女はふと思い出す。


 時には人に恵みを齎し、

 時には人に獰猛な牙を剥く。


 生物達と共存し、

 支え合う円環サークルを作っては、

 生物の繁栄のために力を貸す。


 自らのために動物を殺め、

 土へと還して栄養を喰らう。


 気が向いたら生き物を助け、

 気が向いたら生き物を殺める。


 気分屋で楽天家にして慈悲深く、

 冷徹で残酷であり無慈悲な存在。


 それが森なのだと。



 少女はザッザッと音を立て、しかし動物達に気づかれないように、少しずつ、静かに近づいていく。

 緊張した面持ちの少女は、銃身に左手をかざして、汗の滲んだ右手人差し指を引鉄に掛ける。


 狙いはもちろん大物だ。

 最初の狩りで大物を捕らえれば、後世に自慢出来るという物だろう。


 緊張のせいでプルプルと揺れる銃口を、今狙われているとも思っていない動物に向けて狙いを定める。


 そしてーー


 パァンッ!


 引き鉄を引いた。

 それまで歌っていた鳥もザワめき飛び立ち、眠っていた動物達も飛び起きて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 その混沌と化した場の中でただ一匹、ピクリとも動かないモノがいた。


「〜〜〜〜ッ! やった……!」


 少女は草むらから勢いよく浮き足だって飛び出す。


 彼女は初めての獲物に感激した。


 だからこそ、気づかなかった。

 だからこそ、対応出来なかった。


「ーーッ! ーーッッ!!」


 絶命したはずの動物が起き上がり、暴れ出した。


「ヒャアッ!?」


 少女は突然のことに驚いて、尻餅をつく。予想出来なかった反動は大きい。身体が自由に動かない。

 対して、理性を失い、ジタバタと地団駄を踏むように暴れ続ける動物に恐怖して、少女は後退することを試みるが……


「〜〜〜〜ッッ!!?」


 暴れているのは、

 目を血走らせ、

 唾液や脳漿のうしょう、血液をぶち撒けながら、

 その大きな角や太い脚を振るって嵐のような、大きな動物。


 当然、少女の小さな体は風で舞い上がる塵のように巻き込まれて吹き飛ばされてしまう。


「キャアッ!?」


 その声に、動物が気づいた。

 血走った目が、少女を向いた。


 絶体絶命。

 暴走状態の動物には一切の慈悲はなく、あらゆる物を破壊して回る。そこに倒れ伏す一つの生命があれば、良い餌食なのだろう。


 フシュウーーッ! と息巻いて、削られていく体力を気遣うように、動物は少しずつ少女に近づいていく。


 思えば先程逃げていった動物達は、何も自分からーー正確には自分が持つ銃から逃げていたわけではないのではと思う。

 動物は感覚に優れた生き物だ。野生に暮らす動物であれば尚更だ。


 この自分が撃ち抜いた動物が暴走状態になるのを感覚的に分かっていれば、逃げ出すのも道理だ。

 しかし人間には視嗅聴触味の五感しかないのだ。他の動物が持つような第六感のような物を持ち合わせていない。


 なればこそ逃げ遅れた少女は、獣に狙い定める狙撃手などではなく、獰猛な獣に襲われる哀れな仔羊となってしまうのだ。


「あ、あぁ……」


 少女は迫り来る恐怖に顔を歪める。

 腰を抜かし、舌は回らず、声を出すことが出来なくなってしまった彼女を助ける者はいない。

 彼女も声を出すことが出来ないから助けを呼ぶことも出来ない。

 しかし、目の前にいるのは彼女を殺そうとする一頭の()


 円環に従うのならば、少女は弱肉強食の理に従って息絶え土へと還る。



 控えめに言って、絶望しかない。



「ーーーー!」


 だからこそ、なのだろうか。

 この絶望感が漂う咆哮も、今は希望の光となり得るのだ。


 ーードパァンッ!


 何処からか響いた二発目の銃声。

 彼女は銃を持っておらず、持っていたとしても腕に力が入らずに撃つことはなかっただろう。



 だが、確かに発砲音は木霊した。


「ーーーーッッ!!」

「一発、命中」


 獣の首から血飛沫が上がる。


 何処からか飛来した銃弾が、

 獣の首を抉ったのだ。


 然して未だ、銃弾の雨音は止まない。


「ニ発……三発……」


 ーーパァンッ! ドパァンッ!


 右前脚に、

 左前脚に、

 飛来する銃弾は、悉く獣に被弾する。

 無惨にも前足を撃ち抜かれた獣は、次第に立つこともままならなくなっていき、力なく地面に突っ伏してしまった。


「終いだ」


 四発目で、ようやく獣は絶命した。

 発射場所のわからない不可視の攻撃。

 それはまさしく死神の鎌の如き冷徹さを持ち、

 しかし暴走した獣の命を、確実に絶たんとする慈悲のようでもあった。


「ふん」



 その簡素な二音と共に、

 少女は運命に出会った。



 迷彩服のフードを目深に被り、

 口から煙を蒸す黄銅色の銃を両手に携えた男は、

 フードの下から見える群青色の蒼い瞳を覗かせる。


 その矛の切っ先の如く鋭い眼差しで獣を貫き、次に少女を貫く。


「カリペーの暴走トランスか。面倒なものを呼び起こしたものだな」

「え……あ、あの……?」


 男は少女の困惑を無視して、ジロジロと少女の爪先から頭頂へと視線を動かす。


「……見たところ膝に擦り傷、腕に打撲といったところか。格好的に素人だな。今日が初か?」

「は、い、いえ! 昔、父に狩りに連れて行ってもらったことがあって……!」

「そうか」


 男の問いに少女は答える。男はそれを聞いて、さらに考え込む。


「……銃を構える姿勢が無駄にサマになっていたのは、そのせいか」


 男は獣を見下ろす。

 一人語りをするかのように呟かれた言葉には、何処か彼女を安心させるような人間味に満ちている。


 やがて男は立ち上がり、獣を担いで立ち去ろうと歩み出す。

 受けた恩は返さねばならない。だから彼女は、彼に問いかける。


「わ、わたしはファムです。あ、貴方は……?」

「…………」


 刹那の間。

 一瞬の逡巡の後にこう答える。


「レルス」


 男の槍頭のような鋭さを持った視線が、再び少女に突き刺さる。少女は怯むが、しかしすぐに立て直して問い返す。


「レルス……様、ですか?」

「ああ。……いや、サマと付けるな」


 レルスは言葉を吐き捨てる。

 男と少女の視線が交差する。

 ふん、と再びレルスは鼻を鳴らした。


「……家名はない。ただのレルスだ」


 そう名乗ったレルスは再び前を向いて歩き出す。


「付いて来い」



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