こーちゃんと、南瓜のケーキ
学校へ行けないわたしと、ときどき顔にあざをつくるこーちゃんのお話。
わたしたちは変われる?
ひなた短編文学賞参加作品。
南瓜の煮付け、別の料理にできる?
私の質問に、こーちゃんは「できるよ」と言った。
ホットケーキミックス、あるじゃん? それに潰した南瓜を入れて混ぜればいいんだよ。卵と牛乳を入れてさ、風味づけに溶かしバターとシナモンをちょっとふる。あとは型に入れて焼くだけ。
「ね、簡単、ミヤにもできるよ」
こーちゃんは料理が上手だった。丸顔のこーちゃんが笑うと、おひさまみたいで大好きだった。
古いけど居心地のいいアパートの狭いキッチンは、学校へ行かない私と、ときどき仕事を休むこーちゃん、二人の居場所だった。
「でもミヤのママも我が儘だね、食べ飽きたからどうにかしろ、なんてさ」
「また食べたいって言うから作ったのにね」
こーちゃんはママの友達で、近所に住んでいた。学校へ行かない私は、片親で忙しいママに代わって家事をして毎日過ごしていた。料理を教えてくれたのは、こーちゃんだった。
「勉強してる?」
「……してるよぉ」
言いよどむ私の顔をちょっとの間見つめた。
「なら、よし!」
目の回りにアザをつくったこーちゃんは、にっと歯を見せて笑うと、マグカップを私に差し出す。たっぷり注がれたココアをすすりながら、ケーキが焼けるのを待つ間、おしゃべりやトランプをする。
目の回りが青や赤になると、こーちゃんは仕事を休む。
ママが時々、電話で怒鳴っていた。
こーの優しさにつけこんでる奴となんか、さっさと手を切れ、とか何とか……。
皆がみんな、ママみたいにパパを殴り倒して家を飛び出せる人ばかりじゃない。
私はこーちゃんの彼氏と会うことはなかったけど、写真は部屋のあちこちに飾られていた。おとなしそうで、とても人を殴るようには見えなかった。
「ミヤは春からどうする?」
あと半年もしないで私は中学を卒業する。したいことより、自分に出来ることなんて何も無いように思えた。
「髪、切りたいな」
美容院にすら行けない私の髪は伸び放題になっていた。
「いいね、ミヤは短いのもきっと似合うよ」
こーちゃんは私の頭をなでた。
甘い香りが部屋に流れて、オーブンが出来上がりのアラームを鳴らした。
南瓜は元が醤油で煮付けたとは信じられないくらい、普通に美味しいケーキになった。
「変われるよ、南瓜ですらこんなに変身できるんだから」
出来立てのケーキを食べて、こーちゃんがつぶやいた。
雪が降った朝、こーちゃんの部屋は空っぽになった。彼氏の写真は部屋の隅に捨ててあった。
こーちゃんは踏み出したんだ。
私は髪を切って登校した。遠巻きに私を冷やかす声が聞こえたけど無視した。
丸まっていた背中を伸ばす、私は変わるんだ。