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逃げろ!  作者: 田中
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主人公 ヴェネット・リー・ウィルキンス

第一王子 エドマンド・ブラック・スコット

第二王子 ヴィヴィス・ブラック・スコット

ヒロイン ハナ・ジェーン・フー

友達 マリー


「コンコンコンコン」

ノックが4回。これはある人物と決めた合図である。


しかし、彼女は一瞬ドアを開けるのを躊躇う。ドアの外にいる人物に検討はついているが、訪ねてくる時間が約束の時間あまりにもとかけ離れているからだ。


戸惑っている間にさらに4回ノック。


一抹の不安を残しながらも、彼女は意を決してドアを開けた。


「マリー!!!」


大声と共に抱きつかれる。彼女はほっとし、背中に手を回す。杞憂だったようだ。


「ヴェネット…。あまりにも来るのが早すぎて一瞬お前かどうか疑ったよ。でも、その様子だとうまくいったようだな。」

「そうよ!これで、晴れて自由な身だわ!」

「…ああ、おめでとう。」


喜びを隠しきれないヴェネットに落ち着くように促し、マリーは彼女を椅子に座らせた。全てをやり切ったことで、多少ハイになっているのだろう。マリーは彼女を落ち着かせるために温かいハーブティーを作り、彼女に手渡す。


「ありがとう。」

「はいよ。…にしても、約束していた日時は明日だったはずだけど、えらく巻いたね。」


ヴェネットがハーブティーを口に運ぶ。


「ええ。できるだけ、早く離れたかったから。正直ここまでうまくいくと思っていなかったわ。私の予想では婚約破棄を告げられるのは卒業パーティの終盤だと思っていたのだけれど、序盤に彼らが婚約破棄を告げてくれたおかげで、ギリギリ今日、あなたの家に来れたの。国王陛下にお手を煩わせるわけには行かないと理由をつけて、あらかじめ呼んでいた馬車ですぐに家を離れることもできたのも良かったわ」


ハーブティーを一口飲み、ヴェネットは火がついたようことの経緯を話す。


「ほー、大分うまくいったんだな。しっかし、これで晴れて自由やのみだな」


机をはさみ、ヴェネットの前にマリーは乱暴に椅子に腰掛け、ニヤリと笑う。


「ええ、ええ!驚くほどうまくいったの!」


爛々と目を輝かせているヴェネットはまるで子供のようだった。


「…ほんと、良かったよ…」


そんなヴェネットを見てマリーは心底嬉しそうに微笑んだ。そのマリーの様子を見てヴェネットはこんな素敵な友人に出会えたことに神に感謝した。


マリーはヴェネットの唯一の友人である。以前、つまりはハナをいじめる前までは、彼女は自分には多くの友人がいると思っていた。しかし、彼女の悪業が広まってからは、彼女から離れていくものや逆に彼女と共にいじめに加担するもの、表では彼女のご機嫌をとりながら、裏では彼女の悪行を密告するものなどさまざまであり、もう友人と呼べるような関係ではなかった。

自分が巻いた種ではあるが、彼女はそんな周囲の人間関係に疲れ切っていた。その鬱憤を晴らすように、お忍びで城下町に訪れた時に彼女、マリーに出会ったのである。


マリーは今まであったことのない女性だった。貴族社会においては、女性は自分をどれだけ美しく魅せるかに重きを置いており、会話といえばもっぱら美容やドレス、宝石、化粧など外見に関することであった。そして、女が集まれば、示し合わせたかのようにマウントをとりたがる。ヴェネットは第一王子の婚約者という最大の武器を持っていたため、特にその戦争に巻き込まれることはなかったが、そのような話を聞いているだけでも、神経がすり減り、お茶会のたびに心労が増えていった。


しかし、マリーはそんなものに一ミリも興味がない。化粧は気持ちが悪いと嫌がり、ドレスは動きにくいと断り、指輪やネックレスなどのアクセサリーも邪魔だと何も付けていない。ただ、そんなもので着飾る必要がないくらい、マリーは非常に可愛らしい顔をしていた。童顔で、身長も低く、小柄であり、彼女をぜひ嫁にしたいと言う男性は多くいた。


マリーが15歳の時にマリーの両親はお見合いをセッティングした。マリーはその時強く反発した。紹介された男性と結婚したくなかったからではない。結婚というもの自体が彼女にとっては嫌悪するものだったのだ。彼女にとって結婚とは自由の剥奪であり、自由を心底愛していた彼女にとっては、結婚することは彼女のアイデンティティを否定されるようなものだった。彼女はその際に、両親と大喧嘩をし、それ以降親とは絶縁し、現在18歳に至るまで1人で生きて、自由を謳歌している。


そんな彼女と話していると、自由とは程遠いがんじがらめの世界にいるヴェネット自身も自由になれた気がした。マリーはヴェネットの話に意見することはあれど、むやみやたらに否定することはなかった。ヴェネットはマリーの前では何も着飾らず、第一王子の婚約者であるヴェネットではなく、ただのヴェネットでいれる気がした。本当は彼女と出会った時、ヴェネットは彼女を利用しようと考えていた。人間関係に疲れ、お忍びで城下町に訪れたと言ったが、それは半分嘘である。半分は彼女が無事に平民落ちをしたときに、彼女を匿い、城下町の常識を教えてくれる人物を探していたのだ。


ヴェネットはこれまでずっと貴族社会に身を置いてきた。そのため、貴族間でのルールやマナーは完全に理解している。しかし、それは貴族社会でしか通用しない。貴族間では貴族のルールがあるように、平民間でも同様に平民のルールがあるのだ。そこまでかけ離れていないと思うが、ヴェネットはマリーと話すまで、一家に必ず5人以上は使用人がいると思っていたし、入浴や着替えも必ず使用人が手伝ってくれると思っていた。まあ、端的に言えば世間知らずなのである。


今後平民として生きていくのならば、平民のルールは知っておいておいた方がいい。それにもし、平民のルールを知らなければ、悪目立ってしまい、たちまち平民落ちした人物がいると噂になり、ヴィヴィスからも見つかりやすくなるだろう。


また、金銭面の不安もあった。彼女は妃教育の一つとして、様々な事業の運営にも携わっていた。そのためこれまで自分自身の力でお金を稼いだ経験がないわけではなく、蓄えもある。むしろ、エドマンドとともにさまざまな事業を展開し、大きな収益を上げたこともある。しかし、それは彼女が貴族であり、しかも第一王子の婚約者であったためである。強い権力によって人を集めることは容易であった。しかし、今は何の肩書きもないただの平民のヴェネットである。しかも、何の罪もない学園の一般生徒をいじめた悪女ともっぱらの噂の。

今の彼女には何の力もなく、人を集めることなどできないだろう。そうなると彼女は雇用主として働くのではなく、雇用者として働かなくてはいけない。

雇用者として働いたことのないため、まずはどうやって職を見つければいいのかすらわからないのだ。蓄えがあるにしても、いつかは尽きてしまう。しかもこの時代女性は家庭を守るべき存在であり、マリーのように女性1人で生計を立てているのは非常に稀である。それが余計にヴェネットの不安を煽っていた。


このことからヴェネットはマリーにことの経緯や全ての計画を伝え、マリーの協力をお願いした。マリーは何も言わずにひとつ返事で協力することわ約束してくれた。自由を愛しているマリーにとって、不自由なヴェネットを助けることは当然に近いことだったのだろう。


なんの得もなく、むしろ自分の身が危険に晒される危険性もあるのに、協力してくれたマリーに対して、ヴェネットは深く感謝していた。彼女は何も言わないが、いつか恩を返さなくてはいけない。そのいつかが無事に来ることをヴェネットは心の中で祈った。



「とりあえず、今日はそれ飲んだら寝な。はやくここから離れたいだろうが、得策じゃないだろ。明日に備えて、寝て体力温存してたほうがいい」


「そうね。」


時刻は現在20時。なんだか、急に疲れを覚える。寝るには早い時間だが、今日はいろいろなことが起こった。そして、彼女は今日までずっと不安と恐怖を抱えてきた。そのためか、急に眠気に支配される。


「頑張りすぎて、疲れていることにも気付いてないんだろ。明日ゆっくり話は聞くから、おやすみ」


マリーに促されるままベッドに横たわる。もう目を開けていることも辛い。いつのまにやら目を閉じていて、意識を手放す。


約半年ぶりの安眠だった。







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