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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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デザインの打ち合わせ

案内された部屋に額装されたヴィヴィアンに贈ったハンカチがあるのを見て動揺する。

つまりここは家族の居間だ。

完全に私的な空間ということになる。

クラウディアが来ていいのだろうか?


「ふふ、素敵でしょう?」


クラウディアが額装したハンカチを見ているのに気づいたヴィヴィアンが笑顔で訊く。


「そうね。さすがヴィヴィアンね」


額縁から文字の種類から配置まですべてが刺繍を際立たせ、調和させている。

見事というほかない。

これも全てヴィヴィアンのセンスが優れているからだ。


「……何故褒めるのがわたくしなのよ」


クラウディアはきょとんとする。


「え、ヴィヴィアンのセンスが素晴らしいからだけど」

「……クラウディア、そういうところよ?」

「何が?」

「ヴィヴィアンはクラウディア嬢の刺繍が素晴らしいと言いたいんだよ」


クラウディアは目を瞬かせて、首を傾げた。

だってこの額縁を選んだのもそこに詩の一片を入れることを考えたのも、文の位置や書体を考えたのも全部ヴィヴィアンだ。

だから素晴らしいのはヴィヴィアンのセンスだ。


「ふふ、クラウディアさんは相変わらずね」


侯爵夫人の言葉にもやはりクラウディアは首を傾げた。

それにも楽しそうに微笑むと侯爵夫人は言った。


「わたくしはクラウディアさんの刺繍の腕とセンス、ヴィヴィアンの全体をまとめたセンス、両方ともが素晴らしいと思うわ」

「ああ、そうだね。さすが母上です」

「ありがとうございます、お母様」

「ありがとうございます」


双方を立てる手腕はさすが侯爵夫人だ。


「さあ、話すなら座ってからにしましょう」


侯爵夫人に促されてそれぞれソファに座った。

全員が座ったところでお茶とお菓子が饗される。

お茶を一口飲んでから侯爵夫人はクラウディアに微笑みかけた。


「先程のご家族の刺繍も素晴らしかったわ」

「ありがとうございます」

「ああいうのも素敵ですよね、お母様」


ヴィヴィアンが笑顔で言う。


「そうね。ヴィヴィアンはああいうものを飾りたいの?」


侯爵夫人に訊かれるとヴィヴィアンは考え込んだ。


「さすがに飾るとなると、ちょっと……」

「そうよね」


落ち着かないのかもしれない。

この部屋には肖像画の類いもない。

となると、風景画のようなもののほうがいいのかもしれない。

そんなことを考えつつ、クラウディアは訊いた。


「どのようなものがいいか、ご希望はありますか?」


侯爵夫人が頬に手を当てる。


「いろいろと考えてはみたのよ?」

「はい」

「紋章とかでは違うでしょう?」

「確かにこちらには合いませんね」


アーネストが頷く。


「落ち着きませんものね。ここには心安らぐもののほうがいいですわ」


ヴィヴィアンも同意する。


「そうね。見ていて温かい気持ちになるようなものがいいわね」


そうするとやはり風景画のようなものがいいのだろうか?

それとも可愛らしい動物のようなものがいいのだろうか?


思考を巡らせながら話を聞く。

ぽつりと侯爵夫人が言った。


「何か参考になるものがあればいいのだけれど」


これはクラウディアの失態だ。

何か参考になるものを持ってくればよかった。

スケッチしたものとか、実際に刺繍したものとか。


これは方向性だけ聞いて別日に参考になりそうなものを持って再訪したほうがいいかもしれない。


それを提案しようとした時、すっとキティが寄ってきて囁くように呼びかけられた。


「お嬢様」


そっとキティがスケッチブックを渡してくれる。


「そうだったわ。ありがとう、キティ」


すっと頭を下げてキティが壁際に下がっていく。

クラウディアはアーネストにそのスケッチブックを差し出した。


「お約束していたスケッチ解禁日の時の絵です」


ぱっとアーネストの表情が輝く。

そんなふうな表情は珍しいのではないだろうか?


「ありがとう」


受け取ったアーネストが「見ても構わないかい?」と確認してきたので笑顔で頷く。


「お兄様、テーブルの上に置いてください。わたくしも見たいですわ」


確認するようにアーネストが見てきたのでクラウディアは頷いた。

アーネストがテーブルの上にスケッチブックを置いてゆっくりと開いた。


最初のほうは鉛筆や色鉛筆で描いた絵で後半は何枚か水彩絵の具を使って描いたものがある。

スケッチブック一冊すべて使いきっている。


一冊まるまるなのでそれなりの量がある。

三人はゆっくりと絵を見ている。

見終わるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


そっとクラウディアはお茶を飲んだ。

この味はラグリー領のお茶だ。

こういうさりげない気遣いがさすがは侯爵家だ。


ゆったりとお茶を飲みながら三人が絵を見終わるのを待つ。

最後の一枚まで見てスケッチブックが閉じられた。


「……もう絵でもいいような気がするわ」

「……本当ですね」


ヴィヴィアンまでうんうんと頷いている。

クラウディアはただ困惑する。


さすがにクラウディアの絵は飾るほどのものではない。

兄は自室に飾っているが、それは身内だからだ。


兄がほしいというのでもう覚えていないほど渡している。

それを季節や気分で部屋に飾る絵を替えている、らしい。


「クラウディアさん」

「はい」

「今日、デザインを決めなければならないかしら?」

「いいえ。急ぎでないのでしたら後日改めて伺います。参考になるような物をお持ちします。申し訳ありません。本来なら今日持ってくるべきでした」

「それで言うのならわたくしたちのほうがどのようなものが欲しいのかを決めておくべきだったわ」

「そうですわね、お母様。少し、浮かれていたようです」


何か浮かれるようなことがあったのだろうか?


「そうだね。私も浮かれていたよ」


アーネストも同じことを言う。


「二人とも浮かれすぎよ、と言いたいけれど、わたくしも浮かれていたわ」


侯爵夫人までもがそうらしい。

本当に何に浮かれていたのだろう?

そんな様子はなかったのだが。


しかし誰もクラウディアにその浮かれていた内容を教えてくれる気はなさそうだ。


「ごめんなさいね、クラウディア。わたくしたち、家族でデザインの話をしていなかったのよ」

「そうなの?」


てっきり話し合ってある程度の方向は決まっているものだと思っていた。


「ええ。うっかりしていたの。ごめんなさい」

「いいえ、大丈夫よ」


うっかりと言うのは誰にでもあることだ。


「次までにどのようなものがいいかきちんと話し合っておくわね」


侯爵夫人の言葉に頷く。


「わかりました。先にお知らせいただければそちらに合わせてデザイン画を何点か描いて持ってきます」

「それはその時に相談させてちょうだい」

「わかりました」


また侯爵夫人はぱらぱらとスケッチブックを(めく)る。

ヴィヴィアンとアーネストの視線もまたスケッチブックに向いていた。

そんなに楽しいのだろうか?


クラウディアは大人しくお茶を飲みながら待っていた。

不意に侯爵夫人がぱっと顔を上げてクラウディアを見た。


「そうだ。どうせなら領地の景色も欲しいわ。クラウディアさん、シーズンが終わったら是非うちの領地に来てくれないかしら?」


思いがけない誘いに反応が遅れた。


「あらいいわね。クラウディア、是非いらっしゃいよ」


ヴィヴィアンも乗り気だ。


「是非ロバートたちと共に招待しよう」


アーネストまでも乗り気で、最早断れる雰囲気でもない。


「ありがとうございます」


これは帰ったら兄に相談しよう。クラウディア一人では決められない。


「他のデザインについては後日に……何枚か頼むことになっても構わないかしら?」

「お時間をいただけるのでしたら構いません」

「ええ、それは構わないわ。ありがとう」

「お礼を言われるようなことではありませんわ。最善を尽くさせていただきます」

「気楽でいいわよ」

「そういうわけにはいきません」


依頼された以上、最善を尽くすのは当然だ。


「クラウディアは真面目ね」

「ヴィヴィアン、それは誇りを持っていると言うんだ」

「ああ、そうですね」

「気楽でいいだなんて、わたくしのほうが失礼だったわね」

「え、あ、いえ……」


いいほうに解釈されてクラウディアは戸惑う。


「クラウディア嬢の刺繍に対する姿勢は本当に素晴らしいものだと思うよ。だけど、無理だけはしないでほしい」


アーネストがクラウディアに真剣な顔で告げた。


「そうね。クラウディア、無理だけは駄目よ」

「ええ、無理だけはしないでちょうだい。うちはいくらでも待てるのだから」


ヴィヴィアンと侯爵夫人までもがアーネストに追随した。


「ありがとうございます」


いいものを作ろう。

クラウディアは改めて決意した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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